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第113話 もう、終わりにしたい 。

私を心配する慎一郎さんをはじめとするギャラリーに健気な笑顔を見せる。

警察官に連行されるかつて未来を夢見た婚約者。

私の心は満たされていた。


私は今まで本当に苦しんできた。

これだけ不幸なのだから、もっと周りは不幸になったら良い。

私を傷つける人間はみんな地獄に落ちて欲しい。


涙をポロポロと流し続ける私がそんな事を考えるとは気づきもしない育ちの良い人間。

その代表格が現在の私の婚約者城ヶ崎慎一郎。

私と同じ悩みを抱えて苦しんでいるように見えていた彼が贅沢な人間に思えてくる。


私が彼を拒否しても、彼と結婚し子供を産みたいという女はいくらでもいる。

ゲイをカミングアウトしようと、彼には太い実家という後ろ盾があるから。

何もない私を自分と同じというようにカテゴライズしないで欲しい。


こんな風に気に入らない人間を葬る場を作ることは私にはできない。

反面、城ヶ崎慎一郎は悩みを抱えつつも自分より下の人間を痛ぶり憂さを晴らせる人間。

私は客観的に見ても底辺だからそんな憂さ晴らしはできない。


「真希、今日はもう帰ろうか」

「そうですね」


私と慎一郎さんのやり取りを憧れのような表情で見る女たち。

本当に何にも分かってなくて、自分がもっと美しければ幸せが舞い降りると勘違いしている彼女たちが羨ましい。

私を見て、「自分よりブスでちんちくりんが御曹司に溺愛されている⋯⋯自分ならもっと!」と思っているのだろう。

問題がある同士だから一緒にいられて、常に葛藤があるのを隠している。

そんな事実は誰にも伝わらない。



♢♢♢


あれから、3ヶ月の時が経った。

私はしっかりと被害届を出し、原裕司は会社を解雇された上に前科がついた。

彼が全て私のせいだと言ったから、全て私のせいで台無しになった人生を用意してやった。


私は来月結婚する。

相手は城ヶ崎慎一郎。

城ヶ崎トラベルホールディングズの御曹司。


「バツイチで子供はいない。前の奥さんとは性格の不一致で離婚に至った」


というのは建前だ。

彼はバツイチで子供はいないが、10年以上付き合っている恋人がいる。

その恋人は同性だが体の関係もあり一生離れられないくらい魂で繋がりあってるらしい。

そんなバックグランドを理解して跡取りを産んでくれる女として私は名門城ヶ崎家に受け入れられていた。


元婚約者が犯罪者になるというトラブルがあっても目を瞑れるくらい、私の存在はこの家に望まれている。

後ろめたさを隠して体裁だけ繕った不思議な結婚。

私の両親がいないというのは普通だとマイナスポイントになるのに、城ヶ崎家にとってはプラスだった。


厄介な親戚もいない、跡取りを産むだけの嫁。

私はそんな立場の結婚を受け入れつつも、ずっと気持ち悪さが消えなかった。



城ヶ崎慎一郎は育ちも良く優しさを持った人間だと分かったが、唯一無二で一生愛し続けたい相手がいる。

私はしなくて良い想像をしていた。

彼と私の間に生まれる子の行く末だ。


ただ、城ヶ崎トラベルホールディングズという大きな権威の跡取りとして生まれる子。

未来は約束されているが、父親と母親は愛し合ってもいない。

父親は他に恋人がいるようだ。

自分はどうして生まれてきたのだろう⋯⋯。


考えるだけで吐き気をもよおす。

生きてきた意味を考えてしまうと苦しくなるのは自分がそうだった。

愛し合ってない両親、不倫している親、そんな元に生まれて来た自分のコピーを私はこれから作るのかもしれない。


外資の高級ホテルで今日は城ヶ崎慎一郎とクリスマスディナーをしていた。

ここのホテルの最上階のスイートルームで彼の恋人が待っている。

私はディナーだけして帰ることになっている。

私の彼のクリスマスディナーは彼と恋人が愛し合うためのカモフラージュだ。


こんな事がこれから一生続くのかと考えただけで吐き気がした。

多くの人の目がある彼がゲイである事を隠し恋人と逢瀬を繰り返すことを隠す。

きっと、彼は私が産んだ子を愛したりしないだろう。

私はきっとその子が愛されていない事に気が付かないように必死になる。

親に愛されていない事ほど苦しい事はない。


(この男の子は産みたくない)


城ヶ崎慎一郎と一緒にいると頭の中に流れる考え。

同じような悩みで苦しむ同士手を取り合おうと寄り添った私たち。


(同じじゃないよ。全然、同じじゃない)


私と彼は全く違う。

何もかもを私は我慢するのだろうか。

彼と結婚しても私の寂しさは埋められない。

埋められるのは経済的な不安だけ。



前菜のパテと緑黄色野菜のゼリー固め、サーモンのカルパッチョが出てくる。


「美味しそうですね」

丁寧に作られた料理を私は食べずにただ見つめた。

このように体裁を繕わなくても、肉も、野菜も、魚もそのままで美味しい。


私は本当はありのままの自分を愛おしいと思っている人と一緒にいたい。

結婚がしたいわけじゃない。

今更、貧乏が怖いなんて思わない。


自分のスキルには自信があるから、自分で自分くらいは養える。


顔を上げると窓の外の夜景でもなく、ひたすらにスマホでメッセージを送る城ヶ崎慎一郎がいた。

彼は自分の恋人にあとどれくらいで部屋に行けるかメッセージを送っているのだろう。


⋯⋯私との時間は仕事。


早く切り上げて恋人とラブラブなクリスマスを過ごしたい気持ちが見て取れる。

そんな気持ちを全て受け入れられるから、私が彼の結婚相手として採用されていることも理解していた。


「慎一郎さん、行ってください」

私の言葉に慎一郎さんがしまったとばかりにスマホをバッグにしまう。


「ごめんごめん。仕事の連絡しててさ」

「そうでしたか」

ここで、普通の女の子なら「嘘でしょ。浮気相手と連絡していたくせに!」と怒ってスマホを取り上げるのだろう。

私はそんなヤキモチを妬く程、彼を思っていない。

そもそも、スイートルームで待つ男は彼の浮気相手ではなく本命だ。


(無理だ⋯⋯もう、終わりにしたい)


1人でいるよりも、誰かを思う彼といる方が寂しさを強く感じる。


自分が本当に1人だという事をより鮮明に感じるからだ。

子供が生まれたところで、それは変わらない。

機能不全家庭で育った私が子供とまともに接せられる自信もない。


「すみません、慎一郎さん。私⋯⋯」

私が意を決して立ち上がった時、レストランの入り口に思わぬ人が現れた。

成田空港で別れたきりになってからお互い連絡もとっていなかった。

でも、私は偶然にでも彼と出会えることを望んでいた。


(聡さん!?)


クリスマスなのに1人でレストランに現れた彼は私を探しに来てくれたんだろうか。

ただの待ち合わせかもしれないのに、私は自分に都合の良い夢を見ていた。




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