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第115話 マリアージュ!?

法子先輩が結婚してから1年も経たない間に、私の元には毎日のように彼女からメッセージが届いていた。


『ポテトサラダ出したら、マヨネーズ苦手って言っただろうってキレられた』

『帰宅した時に家にいなかったら、専業主婦の癖にって殴られた』

『もう、限界離婚したい』

『マリア、会いたいよ』


私は彼女のメッセージに返信しなかった。

彼女は私を捨てて結婚した。

彼女は私を愛してはいなかった。

彼女は私を馬鹿にしていた。


モヤモヤした気持ちで過ごす中、私は山田真希ちゃんと出会う。

「別れさせ屋」を使われているのに、浮気男に縋りまくる女の子。

浮気男よりも条件もよく女慣れしている聡が彼女だけは落とせかった。

客観的に見て原裕司より聡の方がずっと良い男だ。


とても可愛い子なのに、彼氏の前で夜でもメイクを落とさないらしい。

あらゆる情報から、彼女は私と同じようにい自分が嫌いな子なのだと思った。


事務所を訪れるクライアントが皆、彼女の話術に飲み込まれてく。


実は初対面の人が苦手で内弁慶なところのある私は圧倒された。


私は彼女から目が離せなかった。

彼女は不自然なところばかりだ。


相手を見抜くような洞察力が並ではないところ。

男2人と住む時に家賃のことしか考えていないところ。

『別れさせ屋』の常套手段であるハニートラップを使わないところ。


彼女は自分をアセクシャルだとカミングアウトしてきた。

レズビアンである私を人を愛せるだけで羨ましいと言った彼女に私は何か勘違いをしてしまった。


⋯⋯『自分と同じところまで私を落とそうとしないでよ』

私が法子先輩に言われて一番ショックだった言葉を思い出す。

(私は真希ちゃんと違って人を愛する心を持っている)


辛い経験をしながらも、人を愛することを忘れなかった私は変な優越感を持ってしまった。

まともに働いたこともなく、社交性もない私は真希ちゃんに劣等感を感じていた。

そんな真希ちゃんよりも自分を優れた生物のように感じた私は過去を美化し法子先輩に連絡した。


『マリア、電話ありがとう。私、離婚したよ。私も学ばないね。あの男がクズだって分かってたのに』

『法子先輩、私、まだ法子先輩が好きです』


私は自分の脳から大量のアドレナリンやドーパミンが放出されているのを感じていた。

一生に一度の恋をした先輩とまた結ばれるかもしれない期待。


一瞬の沈黙が流れた後、法子先輩の優しい声が聞こえる。

『やっぱり、私にはマリアしかいないよ。私を本当に愛してくれるのはマリアだけなんだね』

私は彼女とヨリを戻した。


散々傷つけられた事も、見下されたような言動も忘れて⋯⋯。

本当に学ばない愚かな私。


時を同じくして、聡の気持ちを真希ちゃんが受け入れたという報告を羽田で受ける。

私は人の幸せを喜べるくらい有頂天に大騒ぎした。


私はいくら聡でも男と結婚なんてできない。

真希ちゃんは自分は男も女も愛せないなんて言っていたが、そんなことはないんじゃないだろうか。

彼女のトラウマなんて私みたいに直接性被害を受けた訳じゃない。

原裕司とも結婚しようとしていたし、実は真希ちゃんはただの構ってちゃんなのかもしれない。

そんな風に勝手に人の傷を軽傷に考えるくらい私は調子に乗っていた。


何もかも上手くいくと思って、法子先輩と実家に挨拶に行った時だった。

私はなぜ、結婚する訳でもないのに法子先輩が私の実家に挨拶に行きたいと言ったか考えるべきだった。


実家の門の前でインターホンを押すと、「今、開けるわ」という母の声と共に門が開く。

その声が強張っていて私は緊張していた。


「マリアの実家、本当に大きいね。都内の一等地なのに、庭も凄い。マリアの住んでる億ションも買ってもらったんでしょ」

私を一瞥もしないで私の実家の広さに感嘆の声をあげる法子先輩。


「うん、そうだよ。恥ずかしながら、私、収入ないし」

「金持ちニートだよね。マリアは」

クスクス笑いながら私を見る法子先輩の意地悪な顔に胸がチクリとなる。

(私、この人のどこが好きだったんだっけ⋯⋯)


「お庭に庭師とかもいるんだね。やばっ」

「ねえ、法子先輩。私のパートナーとして紹介するって事で良いんだよね」


私は電話で母に自分がレズビアンである事と、紹介したいパートナーがいると話した。

母は震える声で「とにかくその人を連れてきなさい。話はそれからだわ」と言って電話を切った。

私は今、不安でいっぱいだ。


「もちろん、渋谷区ならパートナーシップ証明も申請できるしする? おっと、マリアの億ションは白金だから港区か。じゃあ、マリアージュ制度だね」

「マリアージュ!?」


私は法子先輩が私との事を想像よりずっと考えてくれていた事に胸が熱くなる。


実家の玄関に到着すると、父と母が揃って私と法子先輩を迎えてくれた。

母はインターホンでの強張った声が嘘みたいに優しく微笑んでいる。


私は自分がレズビアンだと母に打ち明けるのが一番緊張した。

それは、母が誘拐された事が原因でそうなったと考えると分かっていたからだ。

私は母が私に対して罪悪感を持ちながら、腫れ物に触るように気を遣って接しているのに気がついていた。


私が誘拐されたのは母とショッピングモールに買い物に行った時。

母は父への誕生日プレゼントを選ぶのに夢中になっていた母に気を遣い1人でお手洗いに行った。


『1人で大丈夫?』

『大丈夫だよ。もう、小学生だもん』

変態男はトイレを出たところで私を待ち構えていた。

そこは駐車場に最短距離で行けるトイレでショッピングモールの死角的な場所だった。

口を塞がれ、ヒョイっと持ち上げられた私はそのままワゴン車に入れられ誘拐された。



3日間変態に監禁された当時小学校1年生の私は衣服を身につけていない悲惨な姿で発見された。

太ももから伝う一筋の真っ赤な血液。

どんな事をされたか、何をされたか一目で分かるその姿に母は何年も泣いた。


それ以来、私の両親は異常なまでに過保護で、私に気を遣っている。

きっと私がレズビアンでパートナーを連れてくと言って葛藤があっただろう。

しかし、私の為に必死に乗り越えて今日を迎えたことが分かる。


「どうぞ入って」

私の隣にいる法子先輩を見て戸惑う気持ちを隠しながら、口角を笑顔を作る母。

そんな母を心配そうに見つめる父。

私はきっと2人なら私の連れてくる人を受け入れてくれると信じていた。




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