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第117話 生きる為に何かしたら?

あれから2週間。

私は両親から渡されていたブラックカードに鋏を入れた。

あんな酷いことを言った以上、彼らの世話にはなれない。


部屋で就職先を探す法子先輩はため息をついた。

「もっと、割のいい仕事見つけないとな。生活水準下げたりとかできないでしょ、お嬢様は」

「そんな事ないよ。でも、このマンションは売っても良いかもね」

私の言葉に法子先輩は顔を顰めた。


「流石にそれはないわ。住環境が整っているから今でも何とかなってるんでしょ。白金の億ション手放したら、終わりだよ」

法子先輩はネットの画面をスクロールしながら呟く。

私を少しも見ようともしない彼女のどこが好きなのか分からなくなってくる。


「いいの見つけた。なんだ、この待遇の良さは」

法子先輩の口の端がニヤリと笑い、私は思わず隣に行きパソコンの画面を見る。


武蔵小杉の弁護士事務所のパラリーガルの求人だ。

「神奈川県? 遠いんじゃない?」

心配する私を法子先輩は声を出して笑った。

「電車一本でちょいだよ。本当に世間知らずだなマリアは。働けないし、料理も掃除も下手だし、実家の支援がなきゃ何の価値もないじゃん」

彼女は本当に私が好きではないからか、苛立つと私を直ぐに口撃し出す。


「私も何か仕事見つけてみようかな」

「冗談でしょ。男が苦手で、職歴もなくて、一体何の仕事すんのよ。せめて大黒柱になる私を苛立たせないように動いて欲しいわ」

「うん。もっとちゃんと家事をできるように頑張ってみる」

私は法子先輩への気持ちがなくなっているのに気がついていた。


乗馬姿がカッコよかった先輩。

馬に優しいけれど人には結構当たりがキツイ。

そんな事は分かっていた。

彼女が私を気に入っていたのは従順だったからだ。


法子先輩の就職が決まり、お祝いをした3日後。

私は予想外の人の名前を聞いた。

料理本を見ながら懸命に作ったご馳走を並べ、法子先輩にお酌する。


「ウェブ管理兼受付? みたいなので雇った山田真希って子が本当に生意気なの。でもボスが気に入っててさ」

お金がないのに酒量が増える法子先輩に呆れながらも、聞いた名前に私は目を見開いた。


「山田真希ちゃんて、ボブで可愛い系のネットが得意な子?」

「可愛くないよ。おかっぱブス」

冷たく法子先輩が言い放った言葉に、私はまだ望みを捨てきれない。

よくある名前かもしれないけれど、「イッツアスモールワールド」という真希ちゃんがよく言ってた言葉に望みを託す。


「国立大卒業で、三友商事辞めた子だよね。童顔で貧乳の!」

私の言葉に法子先輩が爆笑する。

「確かにまな板だわ。何、あの子マリアの知り合いなの?」

「うん。ちょっとね。だから、どうしてるか気になって⋯⋯」


そこから毎日のように法子先輩の真希ちゃんの悪口が始まった。

それでも真希ちゃんの作った城ヶ崎百合子法律事務所のホームページを見れば彼女の凄さが分かる。

人がどんな情報を欲しいのか、分かりやすさを追求したホームページ。


真希ちゃんはいつも人に気を遣う子だった。

私は彼女の居場所を知りながら、「また偶然会う時が来たら」的に彼女に振られた聡には話さなかった。

理由は彼女が城ヶ崎慎一郎と婚約したという話を法子先輩から聞いたからだ。


「まじ、うまくやったよね。山田真希って本当にあざとい女なんだわ。城ヶ崎慎一郎もそんな女に引っ掛かるって私の中で評価は下落」

親指を立ててから下に向けるような仕草をする法子先輩。

私は城ヶ崎慎一郎とは面識があった。


彼の結婚式にも呼ばれた。

政略結婚をした彼が離婚したのはつい最近だったはずだ。

それなのに、もう彼は再婚しようとしている。


真希ちゃんは原裕司の時といい、余程結婚がしたいらしい。

ならば、なぜ聡ではダメだったんだろう。

城ヶ崎慎一郎の事はよく知らないが、聡のことは知っている。

彼は初めての恋みたいに真希ちゃんを愛していた。


羽田で見た2人は幸せそうだったのに、その後何があったのかは分からない。


聡だけではなく、桐島雨も彼女の話はしなくなった。

短かったけれど、山田真希という存在は私たちにとってそんな軽い存在ではなかったはずだ。


「真希ちゃんはあざといんじゃなくて、生きるのに精一杯な子だよ」

私の言葉に法子先輩が顔を顰める。


「実際会ったことも無いくせに何勝手に想像してんの。生きるのに精一杯ってさ⋯⋯少しはマリアも生きる為に何かしたら?」

日に日に法子先輩の私へのあたりは強くなっている。


「生きる為に⋯⋯私は生きる為に、こ、呼吸してるかな?」

私は彼女に強く出れない。

まだ、彼女を好きなのではなく、もう彼女しか私には残っていないからだ。


「何それ⋯⋯バーカ!」

バカと言われた言葉はからかいではなくて、心が篭っていた。

私は本当にバカだ。心から愛してくれる両親を捨てて、私を蔑んで自己肯定感を保つだけの人といる。


毎日のように自分を否定され追い込まれていく。

そんな時に私は『三友商事社員、殺人未遂事件』のニュースを見た。

原裕司が真希ちゃんを殺そうとしたというニュースだ。大々的に報道された朝のニュースでその事を知った私は驚きのあまり思わずスプーンを落とした。


「それ、うちの事務所の山田真希だよ。この件があって、城ヶ崎慎一郎は庇護欲を掻き立てられてますます彼女に夢中。本当に男って馬鹿だよね。短期間に婚約繰り返してる山田真希が地雷だって気づけよ」

法子先輩の声が遠くに聞こえるが、私は真希ちゃんが否定されるのが我慢ならなかった。


「⋯⋯地雷は法子先輩だよね」

思わず出た本音に法子先輩が真顔になる。

振り上げられた手に私はギュッと目を瞑った。

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