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第119話 ああ、そういうことか。

「⋯⋯マリア」

母がベッドに横たわる私を抱きしめて泣き続けている。


「お母さん、酷いこと言ってごめん。本当にあんな事を思っていた訳じゃないの」

私は本当にどうかしていた。母があの時の事で私に罪悪感を抱き、ずっと苦しんでいたのを知っていた。


「ううん。お母さんがいけなかったの。全部、お母さんが悪いのよ。だから、マリアは一生私を責めても良いから、生きていて」

震える声で私の髪を撫でながら伝えてくる母の瞳は愛情に溢れていた。


「お母さん、私、法子先輩とは別れたよ。あの人、私の事利用したいだけで、全く好きじゃなかったんだ」

私は自分の頬を熱いものが伝うのを感じていた。


思い起こすと大学時代も憧れの彼女といられるだけで舞い上がってしまっていたところがあった。


「あれ? こんな人だったっけ」と思う瞬間は沢山あったのに違和感には目を瞑る。

周りが皆、恋人を作ったりして楽しそうに話すのを見て私も誰かと付き合うということをしてみたかったのかもしれない。

でも、何もかもが初めてで、どこまで我慢するのが正しいのか分からなかった。


「マリア、もう実家に帰って来なさい」

父の言葉に私は頷いた。


短い期間でも法子先輩と一緒に住んだマンションに帰ったら、彼女が来るかもしれない。


法子先輩はまるで未練のないように去っていったが、あの人は何もかも忘れたようにまた擦り寄ってくる。

その時に私は今度こそ断固拒否する。


「お父さん、私、あんな酷いこと言ったのに見捨てないでいてくれてありがとう」

「何、言ってるんだよ。見捨てる訳ないじゃないか、マリアは俺たちの宝なんだから」

父が私と母をギュッと包み込んでくる。


「私、実家に帰ったら仕事を探すよ」

「マリア、無理しないで。貴方はそこにいてくれるだけで良いのよ。もう、外の世界で傷つくことはないの」

母が必死にますます泣きながら私に訴えてくる。


かなり極端なことを言っているが、私がそこまで言わせてしまうような事をしたのだ。


私が困ったような視線を父に送ると父が頷く。


「マリア、まずはうちの不動産の管理の仕事から始めてみようか」

「うん、ありがとう。お父さん」

視線だけで私の気持ちを察してくれた父に感謝する。

「そこにいるだけで良い」とまで私の存在を肯定してくれる母の愛情を受け止める。


(ああ、そういうことか)


私は真希ちゃんの欲しいものが何となく理解できた気がした。

病室の端っこで私たちを見守る聡に視線を送る。

すると両親が聡の方を見た。


「ああ、五十嵐さん。連絡頂きありがとうございます」

父が礼を言うと聡が会釈して、近づいて来た。


「聡、真希ちゃんは武蔵小杉の服部百合子法律事務所で働いている。真希ちゃんの欲しいものあげられるなら行ってあげて」

私の言葉の意味が通じただろうか。

聡は私の両親に挨拶をすると、病室を出て行った。


私でさえ知っているのだから、聡も真希ちゃんが城ヶ崎慎一郎と婚約していることは知っているはずだ。

学年は違えど私たちは同じ大学出身でコミュニティーも狭い。


「イッツアスモールワールド」と真希ちゃんが言っていた通りだ。

世界は狭く、色々な人がいて、悪意に満ちている。

沢山傷つけられても、私が生きていられるのは変わらぬ愛をくれる人がいるからだ。


「マリア、喉乾いてない? お腹は空いてない? 急いで来たから何もないんだけど何か買ってこようか?」

私は首をゆっくり振った。


「何もいらない。お父さんとお母さんがいてくれれば、何もいらないよ」

自分が言った言葉がアラサーの女とは思えないくらい幼くて自分でも笑ってしまった。

誘拐された時も私はずっと思っていた。

きっと両親が助けてくれる。きっとこの苦しさに終わりは来る。


聡はどうして自分が拒否されたのに、真希ちゃんが婚約したのか心当たりはあるのだろうか。

私でも何となく予想がつくから、きっと賢い彼なら理解している。


きっと、真希ちゃんは彼の親から拒否されたのだ。

その事は彼女にとっては一番苦しい事。

彼女が他の男を選んだことに拗ねてないで、聡はしっかりと向き合って欲しい。


真希ちゃんにとって何が良いかなんて彼女にしか分からない。

彼女の苦しみを勝手に自分より軽いものだと決めつけた自分が恥ずかしい。


お腹の傷がちくっと痛む。

痛み止めが切れて来たのだろう。

私はお腹を撫でながら、優しい幼馴染が悔いがないように好きな子と向き合えるように祈った。


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