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第122話 自殺未遂?

私はレストランの入り口にいる聡さんの姿を見つけるなり、足早に駆け寄った。

そんな私を彼が目を見開いて見つめている。


「聡さん? 何しにここに?」

口から出た言葉に私は自分の傲慢さを知る。

クリスマスディナーがあるホテルのフレンチレストラン。

相手がいるから、ここに来ているに決まっている。

私を探しに来てくれたなんて図々しい考えだ。


客観的に聡さんを見れば、弁護士バッチをつけた社会的地位とルックスも抜群な男。

彼を調べても出てくるのはキラキラした情報ばかり。

家は大手食品会社で、次男坊。

結婚相手としては最も人気があるだろう。



それに比べて私は最低だ。

仕事をコロコロ変わりフラフラしている。

母は自殺、父は他殺。不倫の末に捨てられた子。

誰も私に興味がないから、ネットでエゴサしても私の情報は出てこない。


元婚約者を刑務所に追いやり未来を絶った鬼畜女。

私の目を背けたくなるような自己紹介は降り積もる雪のように溜まっていく。



聡さんは私を見ると、一瞬表情が固まった。


イベントごとを気にしたことはないけど、今日はクリスマスイヴ。

「久しぶりですね。聡さん。ここにはデートですか?」


彼の隣にも後ろにも誰もいない。

一応私はデートをしているということにはなってる。ただ、形だけ。城ヶ崎慎一郎が余計な気を遣ってレストランを予約した。本当は早く切り上げて、恋人とスィートルームでイチャイチャしたいのだろう。心ここに在らずの彼といるのは一人でいるより寂しい。私のしたかった結婚ではない。


でも、子供さえ産めば経済的には困らない。

「聡さん?」

子供は産むと言えば私は五十嵐家に受け入れられたのだろうか。今更、どうにもならない事を考える自分に呆れる。城ヶ崎慎一郎と聡さんの違いに今さら気がついた。聡さんは私を人として好きでいてくれて生涯を共にしたいと言ってくれた。

急に肩を叩かれて振り向くと城ヶ崎慎一郎が不思議そうに私と聡さんを見ている。

「どうした?」

スマホを片手に尋ねてくる彼は食事中もずっと恋人とやり取りをしていた。

(あぁ、そっか⋯⋯)


この異常な寂しさの理由がわかってしまった。私はまた幼い時に両親に関心を持たれなかった経験を思い出していたのだ。

「えっとこの方は?」

「イガラシフーズの次男坊の聡くんだよね」

「ご無沙汰してます。城ヶ崎さん。真希さんを少しお借りしても宜しいですか?」

私は聡さんの言葉に自分が喜んでいるのに気がついた。彼は私を探しに来てくれたのだ。


「クリスマスイヴに俺から婚約者を攫っていくの?」


思いの外、彼の言葉に腹が立った。

私を置物のようにして、恋人とメッセージのやり取りをしながら食事。

完全に彼は私を利用している。

そして、わざとらしく知り合いの前で私と仲が良いと見せつけている。

ちらりと見てくる視線に「仲睦まじい演技をしろ」という命令めいたものを感じた。


「慎一郎さん、私、そろそろ帰ります。後はご自由に過ごしてください」

「⋯⋯分かった。また、連絡する。聡くんもまたね」


彼は戸惑いつつも早く恋人に会える嬉しさを隠しきれないようだった。既にお支払いは済んでいたのか、そのままエレベーターに乗って行ってしまう。


クリスマスディナーはまだメインも来ていない。


私とではなく恋人とルームサービスでもして、楽しく会話しながら過ごすのだろう。

そんな人がいる相手のカモフラージュに一生使われると思うとゾッとする。こんな気持ちで私は本当に結婚するのだろうか。


「あの人、なんか変じゃないか。普通クリスマスイヴに婚約者を他の男にあっさり差し出すか?」

「⋯⋯あっ」

私も城ヶ崎慎一郎を聡さんをうまくあざむけかたつもりだった。でも、やはり視点も感覚も違う人間には怪しまれる。


(こんなカモフラージュ婚、絶対上手く行かない)


私の頭は常に城ヶ崎慎一郎と婚約破棄する理由を探していた。こんな短期間に二度も婚約破棄したら流石によくない。世界は狭い。私は結婚詐欺師と噂になるだろう。渡田さんとの会話で一人で生きていく決意をしたのに、美味しい話に飛びついた自分が悪い。


「ごめん、嫉妬した。自分の婚約者の悪口言われたら嫌だよな」


「全然嫌じゃないです。私、彼を好きで結婚する訳じゃありませんから」


私は聡さんに言い訳をしたかったようだ。彼のプロポーズを断り他の男と婚約したのが、私が城ヶ崎慎一郎を好きだからだとは誤解されたくなかった。

聡さんのことは人として好きだったけれど、私は城ヶ崎慎一郎が苦手だ。

私を利用する事を平気で口にした彼が金の為なら腹を差し出す女と分かっている。

尊重しているように見えて、ずっと私を蔑んでいる男と私は結婚しようとしている。


「真希、それならどうして?」

聡さんの疑問はもっともだ。私は自分でも迷走していると気がついていた。

「失礼します。メインをお運びしても宜しいでしょうか?」


給仕係の男性に話しかけられ、首を伸ばしてみると、窓際にある先程まで座ってた席の前菜の皿がさげられている。


「聡さん、クリスマスディナー食べませんか?」

「いや、ちょっと聞かれたくない話したいから家に来て欲しい」

「⋯⋯流石にそれは」

私は今、城ヶ崎慎一郎の婚約者だ。どこで誰が見てるかもわからないのに、他の男のマンションに入っていったら噂になる。芸能人でもないのに私は異常なまでに人の目を気にしていた。

原裕司へのオーバーキル君の復讐も含め、最近の私は自分でも変だ。そろそろ知る人ぞ知るヤバイ女としてまとめサイトが出来るかもしれない。

「個室にお料理をご用意しますよ」

私たちのやり取りをみていた給仕係が、素敵な提案をしてくれる。私たちのやり取りを見て訳アリと判断したのだろう。


一流フレンチは給仕係は気遣いも一流だ。

「ありがとうございます。聡さん一緒に美味しいフレンチを食べましょう」


個室は会食や接待に使われるような広い部屋だったが、窓がない。クリスマスのイルミネーションを見ながら食事をしたいカップルが多く、たまたま空いていたのだろう。


マヒマヒのポワレにオリジナルのクリスマスカラーのソースが掛かった料理が運ばれてくる。聡さんと食事をすると思うと食欲が湧いた。

給仕係がグラスを替えてシャンパンを注ぐと部屋を出ていく。


「真希、実はマリアが自殺未遂をしたんだ」

「えっ?」

クリスマスイヴにそぐわない話題。それでも、私は聞かなければいけない。

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