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第34話彼との別れと真実 1

「そんなにその子が大事なの? みっともないったらないわね……」


 キテラは、頭を地面につけて懇願する私の頭を蹴り飛ばす。


 私の中を痛みと屈辱が走るが、そんなものはどうでもいい。


 今はエリックが生き残るために最善を尽くさなければ……


「エリックを助けてくれるならなんでもする。この命だって差し出す! だからお願い……」


 そう願いながらエリックを見ると、彼は私を見て首を横に振る。


 彼はこう言いたいのだろう「自分のことは見殺しにして助かって」と……


 でもねエリック、それは出来ない。


 それだけは出来ないの。


 どれだけ魔法が使えても、どれだけ強くなっても、愛する人を見捨てるという事だけは、ついにできなかった……だから私は今こうして頭を下げている。


「はあ……正直、ここまで貴女が惨めだと興が削がれるわね」


 キテラは盛大にため息をつき、カルシファーとエリックに視線を向ける。


「お願い! 待って!」


「やりなさいカルシファー」


 私の声を無視して、残酷な命令が下される。


「はい。キテラ様」


 カルシファーは何の感情も籠っていないような、冷静で冷たい声で返事をする。


「アレシア!」


 エリックが私の名を呼ぶ。必死に……


「うるさい!」


「あっ!!」


 必死に抵抗するエリックの喉を、カルシファーは鋭利な刃物で切り裂いた。


 喉を掻き切られたエリックは、喉から大量の鮮血を撒き散らし、体から力が抜けて動かなくなってしまった。


「エリック!!!」


「ハハハ! 良い様ね、アレシア! どうかしら? 再び愛する人を失う気持ちは?」


 キテラは高笑いをし、カルシファーは力が入らなくなったエリックの体を、私のもとへ放り投げる。


「エリック!」


 私は地面に無造作に捨てられたエリックのもとへ駆け寄る。


「エリック?」


 カルシファーに切られたのは喉。


 もうエリックは声も発せないし、呼吸も出来ない。


 彼の瞳は徐々に光を失っていく……


「エリック! 私がなんとか……」


 私は必死に治癒魔法を、残り少ない魔力でエリックに施す。


「無駄よ。カルシファーがつけた傷は、一生治らないのだから」


 私が鋭くキテラを睨むと、彼女は満面の笑みを浮かべている。


「私は諦めないわ! お願いエリック! 目を覚まして!」


 私は何度も何度も彼の喉に手をやり、何度も何度も治癒を試みるが、傷口は塞がらず、血も止まる気配がない。


 本当に治癒が出来ない!


「エリック!」


「エリック!!」


「エリック!!!」


 私は狂ったように彼の名前を呼び続ける。


 彼の体を抱きしめ、そのぬくもりを感じる。


 ぬくもりを感じると同時に、彼の体温が失われていく。


「エリック……?」


 声の枯れた私は、最後に彼に問いかけるようにその名を呼ぶ。


 頭の奥で、昔のエリックの声が聞こえる。


 まだ平和だった二年間の記憶だ。


 短いようで長かった二年間……私の目の前にはエリックがいて、隣にはレシファーがいる。


 私の人生でもっとも平和で豊かだった二年間。


 毎週末遊びに来るエリックを楽しみに、光を失った私は眠りにつく。


 そんな二年間……リアムを失って以来、もっとも幸福だった私の光……


 そんな彼が、今私の腕の中で体温を失っていく……




 嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ!


 信じたくない!!!


 信じたくない!!!




 信じたくないのに、私の眼は徐々に薄暗くなっていく……視界がぼやけてくる……


 ああ、こんなかたちで彼の死を実感することになるとは……


 なんて残酷な呪い。


 いくら私が信じたくなくても、必死に彼の生存を望んでたとしても、私の両目は確実に現実を押しつけてくる……


 この目が、彼の命の証明。


 この目が、彼の死の証明。


 私がどれだけ彼の死を拒絶したところで、残酷な現実は私を暗闇に縛る。


「酷い魔法ね」


 私は無意識に呟いた。


 もう私の瞳には、光はほとんど届いていない。


 試しにキテラの立っているであろう方向に目を向けるが、薄っすらとした影が見える程度で、それ以外の情報は得られなかった。


「酷い魔法? そうかしら? 私は素晴らしい魔法だと思うわよ? 愛する人の死をより深く味わえる最高の呪いじゃない!」


 私の独り言にキテラが嬉々として答える。


 最高の呪い?


 呪いに最高なんてあるものか!


 こんなかたちで彼の死を体感したくなかった!


 少しずつ彼を、光を失うというのはあまりに酷い。


 苦しい。辛い。痛い。悲しい。暗い。怒り。虚無。


 ドス黒い感情が私の中に満たされていくのを感じる。


 まるで私ではないみたいな、そんな感じ。



 そしてついに、私の瞳は一切の光を受けなくなった……


 彼の、エリックの死が確定してしまった……


 しかしそれでも、見えなくても、冷たくなっても、彼の体は私の腕の中にある。


 一生離したくない!


 ここで手放したら二度と触れることは叶わない!


「いい加減、その肉の塊を離したら?」


 キテラは私に近づいて来る。


 どんな表情で喋っているのかは分からないが、想像は出来る。


 きっと笑っているのだろう?


 無様に、エリックだった物にしがみつく私を、嗤っているのだろう……


「近寄らないで!」


 私は足音でキテラの接近を感じ、エリックの死体を強く抱きしめる。


「もう無駄な抵抗はやめなさい? 何も見えない貴女に何が出来るっていうの?」


 キテラの声は優越感に浸った声だった。


「はぁ……本当に見苦しい。これがあの追憶の魔女の最後だとはね!」


 そう言いながらキテラが指を鳴らす。


 指が鳴らされた直後、私とエリックのあいだに風の塊を感じた。


「なに!?」


 対抗策を講じる間もなく、風の塊はその場で破裂し、私とエリックを正反対の方向へ弾き飛ばす!



 私はそのまま数秒間吹き飛ばされたあと、全身を硬い地面に転がしながら停止する。



 強制的にエリックと引き離された私は、頭が正常に働かない。


 何をすれば良いか分からない。


 何も見えない、何も感じない。


 自分が今どこにいるのかさえ定かではない。


 一つだけ分かっていることは、エリックは死んだ。


 そして殺した二人は、私の数メートル先で今も呼吸をしている。


 じゃあやるべきことは一つだけだろう?


 キテラを殺すんだ!


 そうしなければ!


 私の意識を憎しみが支配する!


 もう失ったものを求めても、戻ってこない!


 新しく手に入れるしかない!


「殺す……」


「はあ? 誰が誰を?」


 私の声が聞こえたキテラは呆れたように答える。


「私がお前たちを」


 自分でも、何を言っているのか判然としない。


 まるでもう一人の私が喋っているよう。


「無理よアレシア。今の貴女には何もない。魔力も悪魔も、光すら……そんな状態の貴女に何が出来る? ましてや私をどうやって殺すの?」


 彼女の言う通りだ。


 今の私には光は無い。


 契約した悪魔も殺された。


 魔力もほとんどない。


 こんな状態で、魔女の族長であるキテラを殺す?


 私は何を言っているんだ?


 万全の状態でさえ、彼女に勝てなかったのに……



「勝てるわ」


 私は無意識にそう口走る。


 まるで自分じゃないみたい。



「へえ、面白いじゃない!」


 キテラは面白い物を見つけた子供のようにはしゃいでいる。


 どうして私が勝てるなんて口に出したのか分からないけど、やるだけやってやる!


 私は顔を上げ、真っすぐ前を見据える。


 もう薄っすらとした影さえない。


 本当の暗闇だ。


 視覚から得られる情報は皆無になった。


 残ったものは触覚と聴覚、匂い……


 こんな不確かなもので本当にキテラに勝てるのか?


 魔力もほとんど残っていない。


 レシファーが殺されてしまったから、木の魔法も使えない。


 しかしそれでも……たとえ、


「たとえ光を失っても……この闇が、光の中を妖しく照らすだろう」


 私は静かにそう告げていた。


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