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第35話彼との別れと真実 2

「一体何を言っているの?」


 キテラは、私の放った一言が理解できないのか、困惑したような声色だった。


 彼女が理解できないのは当然だ。


 なぜなら私もこの言葉の意味は分からない。分からないけど、しっくりくる。


 私はもともとが闇の住人だ。


 これは私だけではなく、魔女や悪魔は全員当てはまる。


 そんな私がリアムやエリック、レシファーやポックリと出会って、幸福を、希望を、光を手に入れてしまった。


 それがそもそもの間違いだった。


 私がもっとも私だった時、私は追憶の魔女と呼ばれていた。


 どうして追憶の魔女なのか? 理由は簡単。その時の私は強すぎたから、畏敬の念を込めて、周囲の魔女たちが私をそう呼んだ。


 レシファーと契約する前の私、その当時の私の系統魔法は当然……




「追憶魔法、対象者の一部を戻せ」




 私が静かにそう唱えた瞬間、キテラの悲鳴が響き渡る!


「うっ!!」


 キテラは一度悲鳴をあげた後、あまりの痛みで声も出せないのか、その場でうずくまる音だけが聞こえた。


「良かった……ちゃんと当たった……」


 私は暗闇しか写さない瞳でキテラを見据え、立ち上がる。


 盲目の私は、ゆっくりとキテラのうめき声が聞こえる方向に進んで歩いていく。


 とても心が軽い。


 まるで飲み干した後のグラスのように伽藍洞な頭は、今までの迷いや苦悩、悲しみ怒り……絶望までが、信じられないぐらい綺麗に無くなっている。


 昔の自分に戻ったみたい。


「一体、何をしたの!?」


 私が地べたに転がるキテラまで、あと数歩という距離になった時、彼女が声を上げる。


「何って……魔法を使ったのよ?」


 私は当たり前のように答える。


 自分の左腕が消えているのだから、私が魔法を行使したに決まっているのに、何を言っているのかしら?


「そうじゃなくて、貴女の魔力は空っぽだったはず! なのにどうして? それにその魔法はまるで……」


 そう騒ぐキテラの声は震えている。


「魔力なら、エリックが死んだ時に帰って来たわ。不思議だけれど、その謎解きは貴女を殺してからゆっくりと……」


 私は頭の中で、恐怖に顔を歪ませるキテラを想像する。


 いい気味……今度はどこを無かったことにしようかしら?


「くそ! どうなってるのよ! あり得ないわ! それに貴女さっき追憶魔法って……」


「ええ言ったわよ? だって私は追憶の魔女ですもの、追憶の魔女が追憶魔法を使って、何が問題なの?」


 私にはキテラが何を喚いているのかわからなかった。


「それじゃあ貴女は、二つの系統魔法が使えるってこと?」


「いえ、そうじゃないわ。レシファーとの契約が消されたから、私本来の魔法が使えるようになっただけ……キテラだって知っているでしょう? 私が魔女の中で、唯一追憶魔法が使えるってこと」


「知ってはいるけど……目も見えないのにどうやって私の左腕を吹き飛ばしたの?」


 なんだ……キテラは知っているだけで、知らないのか。


 追憶魔法がどうして恐れられたか。


「貴女の左腕は吹き飛ばしたのではなく、無かったことにしたのよ。強引にね」


「そんなバカげた魔法あるはず……」


 キテラは信じられないと言いたげだった。


 まあ無理もないか。私以外にいないものね。


「だったらもう一度味あわせてあげる。光栄に思いなさい」


「や、やめて!」


「追憶魔法、対象者の一部を戻せ!」


 私は再びキテラを対象に魔法を行使する。


 追憶魔法は対象者の存在そのものが座標になる。


 見えていなくても、私がキテラの左腕を無かったことにすると決めた時点で必中だ。


「ぎゃあああ!!!」


 キテラの悲鳴がこの平原にこだまする。


 体の一部の時を戻される痛み……どれほどのものかしら?


 今回私が無かったことにしたのは右足、もう歩けないわね。


「無様な声をあげるのねキテラ……お似合いよ?」


 キテラの悲鳴を聞くたびに、心に黒い気持ちよさが充満する。


 なんて満足感。


「くっ……」


 キテラは声にならない。


「これで私の魔法については理解できたかしら?」


 私は無様に倒れこんでいるであろうキテラに話しかける。


 さっきまで転がっていたのは私だったのに……どうなるか分からないものね?



「カ、カルシファー! 助けなさい! 何を黙って見ているの!?」


 キテラは思い出したように、自身が契約していた悪魔、カルシファーに助けを求める。いや、助けを求めるというよりも八つ当たりか?


 私も私でカルシファーのことを忘れていたわけではないが、まったく動く気配をださなかったので無視していた。


 確かにキテラの言う通り、どうして助けない? 私の追憶魔法を見て、怖気づくようなレベルの悪魔でもないはず。


 カルシファーは、キテラの叱責にもなんの反応もしない。本当に助ける気がないみたいだ。


「カルシファー?」


「これは私達悪魔の復讐です」


 カルシファーがキテラに返したのはその一言だけ。


 確か、戦う前にも同じようなことを言ってたわね……悪魔の復讐?


 今のところは分からないけど、一つだけは確かね。


「契約していた悪魔にも見捨てられてしまっては、もう無理ね」


 私はこの暗闇の向こうで、絶望に染まるキテラの顔が浮かぶ。


「もう、殺すわね? ここまで貴女は、私に対して復讐をしていたつもりなのでしょう? 今度は私の番。やられた分は返さないと失礼でしょう?」


 私はゆっくりと右手をキテラに向ける。


「私とリアムの関係を国王にばらし、リアムを目の前で殺し、私から光を奪った。それだけでは飽きたらず、私のパートナーであるレシファーを死に追いやり、ポックリをバカにして殺した。そして最愛のエリックまで手にかけた……」


「違うのよ! あれは私ではないの! 謝るから、お願い! 見逃して!」


 キテラは自分が殺してきた、数多の魔女や人間たちと同じ台詞を吐く。


 魔女も追いつめられると、ここまで惨めになるものなのね。


 他人のためではなく、自身の命乞いほど見苦しいものってないわ。



 私は冷静にこの場の魔力の動きを感知するが、本当にカルシファーは動く気配を出さない。


 見殺しにする気なの?


 悪魔の復讐ってなんなのかしら?


 分からない事だらけ、まあそれでも今は、邪魔が入らないことに感謝して、キテラを殺しましょう。


 もうこんな女の声、聞きたくない。


「うるさい! もう終わりよキテラ……さようなら」


「ま、待って!」


 キテラは涙声で懇願するが、もう遅い。



「追憶魔法、対象者を無かったことにせよ!」


 私の詠唱が終わった刹那、この場からキテラの気配はなくなった。


 今度は体の一部ではなく、彼女本人を追憶に飛ばした。


 過去にした。


 無かったことにした。


「ふふふ……」


 私は気づけば笑っていた。


 殺った! ついに殺った! キテラを殺せた!


 その高揚感が全身を満たしていくが、それだけだった。


 その高揚感の後には、虚しさと虚無感、疲れと脱力感が同時に襲ってくる。


 因縁の相手をやっと殺せたのに、心が晴れない。


 全くと言っていいほど晴れない。


 むしろその逆で、どんどん曇っていくような感覚。


 結局復讐を果たして残ったものは、小さな達成感だけで、それ以外には何も残らないのだと知った。


「そう……呪いが解けたのね」


 キテラを殺したことで、彼女にかけられていた呪いが解ける。


 私は両目に光が戻ってくるのを感じた。


 まるで夜明けのように、真っ暗だった夜の自分に光が射すように、光が戻ってくる。


 やがて朧気だった景色は光と色を取り戻し、その情景を私の瞳に映し出す。


「なんだ……光を取り戻しても、ちっとも嬉しくない」


 確かに呪いは解け、私は三〇〇年ぶりのなんの縛りもない無償の光を手に入れた。


 取り戻したと言ったほうが正しいかもしれない。


 それでも、私にとっての真の光は失われたままなのだ。


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