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第36話彼との別れと真実 3

 私が光を取り戻して最初に見たのは、キテラがいた場所だった。


 キテラがいた場所には血痕が残されていて、本当に自分が殺したのだと実感した。


「エリックは?」


 私はエリックの死体が倒れているであろう場所に目を向けると、エリックの死体は私が今いる場所から数メートル先に放置されていた。


 私は急いで駆け寄る。


 駆け寄って、違和感をおぼえた。


 おかしい。


 エリックの外傷は喉だけだったはず……なのにどうして、どうして下半身が無いの?


 誰かにやられたという感じではない。


 私は意を決して、エリックの残された上半身の切断面をのぞく。のぞいてみると、中は空洞で真っ暗だった。


「え!?」


 私はそれっきり言葉を失った。


 どういうこと?


 あれはエリックではないの?


 それとも私が知らないだけで、ああいう魔法なの?


 あれではまるで、魔法そのものみたいな……


「あの少年が死んだ時から、その現象は始まっていましたよ。アレシア」


 振り向くと、さっきまでキテラと私のやり取りを傍観していたカルシファーが後ろに立っていた。


「貴女がなにかしたわけではないのね?」


 私はカルシファーに確認する。


 命令されたとはいえ、実際にエリックの喉を引き裂いて絶命させたのは彼女だ。


「私にも分かりません。ただその消え方は、召喚された生き物の消え方によく似ている」


 カルシファーの言葉が耳に痛い。


 私もちょうどそう思ってしまったからだ。


 普通は殺されたとはいえ、死体が勝手に消えていくなんてあり得ない。


 殺されて消えていくのは、死んだら異界に送られる悪魔ぐらいのもので、当然エリックは人間。悪魔ではない。


「エリックが召喚された者だと言いたいわけ?」


 私はカルシファーをじっと睨む。


「私よりも、貴女のほうが分かるのではないのですか? アレシア」


 カルシファーは一切怯まず、私の痛いところをついてくる。


 あの断面を見た時、そんな予感はしていた。


 今思い返すと、エリックは不思議な子だった。


 彼がこの結界の中の、私とレシファーの小屋に毎週末くるようになって二年。当時はたいして気にしていなかったが、彼から家族や友人の話を聞いたことがない。


 そもそも毎週末にしか来れなくて、逆に来れなかった時などなかった。


 普通はなにかしら用事があったり、体調を崩したりするはずだ。


 人間なら。


 人間なら、そういったイレギュラーなことはあって当たり前だ。


 しかし彼にはそれが無かった。


 そもそも彼が、どうして結界を出入り出来るのか説明がつかない。


 私もレシファーも、当然のようにエリックという存在を受け入れていた。


 毎週末にやってくる可愛い少年。


 リアムの生まれ変わり。


 私が光を取り戻す日。


 その幸福感に惑わされていたのか、無意識に考えないようにしていたのか、私達はまったくエリックという少年の存在に疑問を抱かなかった。


「ははは……」


 私は天を仰いだ。


 なるほど、そうだったのか。


 彼が人間ではないとすれば、全て説明がついてしまう。


 彼は最初から結界を抜けて来たわけではなかったのだ。


 彼は結界の内側に、毎週末発生していたのだ。


 彼には最初から友人や親もいなければ、用事も体調不良もない。


 だって人間ではないから。


 そうなってくると彼を召喚したのは誰かという疑問が浮上するが、なんてことはない。


「今の今になって気がつくなんて……」


 エリックをエリックたらしめていたのは私だ。


 私の無意識下の願いを、この結界が聞き入れて発生したのがエリック。


 どことなくリアムに似ていたのも、私の想いと、死んだリアムの残留思念が、強く反映されているからだろう。


 彼が私を好いていてくれていたのも、私とリアムの願望がかたちとなったのだから当然だ。


 だからエリックが殺された時、魔力が返ってきたのだ。


 だから全盛期の魔力を失っていたのだ。


 ようやく理解した。エリックを召喚していたのは私……私の願望と、リアムの思念と、この結界の効果が交ざって生じたのが、エリックだった。


「レシファーは、うっすらと気がついていたようでしたけどね」


 カルシファーは私に静かにそう告げた。


 過去を振り返れば、レシファーは私が過剰にエリックを守ろうとするたびに苦笑いしてたっけ……呆れたような、それでも口に出せないような、そんな葛藤をしていたようにも思えた。


 レシファーは優しいから、夢に溺れる私を起こすことなど出来なかった。


 それもそのはずだ。


 彼女は最初から私を憐れんで契約した悪魔。


 私にとっての優しさの象徴だ。


 そんな彼女が、私が無意識に召喚したエリックを、無碍に扱うことなど出来るはずがなかった。


「本当に……どっちが主が分からないわね……」


 私はようやく光を取り戻した瞳を曇らせ、涙が頬を伝う。


 私が必死に集めた想いは、全て散ってしまった。


 最愛のエリックを失い、レシファーも失い、ついでにポックリも失った。


 また一人……三〇〇年前となにも変わっていない。


 何も成長していない。


 私は涙を流しながらゆっくりと立ち上がる。


 立ち上がって、カルシファーを睨む。



 カルシファーは、泣いている私をただ静かに見守っていた。


「次は私ですか?」


 カルシファーは、どこか面白そうに口にする。


「私に残った感情は復讐だけ。後はお前よ」


「酷いですね……レシファーに関しては、貴女が私の相手をするように命令したからでしょうに。それにあの少年だってそう。彼は貴女が召喚したものでしょう? たいして恨まれる理由などないような気がしますが……」


 カルシファーは自分には罪はないと、説明する。


 ふざけるな!


「黙りなさい! レシファーは実の妹でしょう? 殺さなくたって……」


「殺しますよ。悪魔とはそういうものです」


 カルシファーはそう言い切る。


「それとエリックは、確かに私が無意識に召喚した人……だけど常に私の隣に存在していたし、生きていた。私の光よ!」


 私は自身の怒りが上昇していくのを感じた。


 そうだ。


 私に残されたのは復讐の道だけ。


 復讐が終えた時のことは、その時になって考えればいい。


 まだ目の前に復讐すべき相手が残っているのだから、泣いてる暇などない!


「やれやれ、これだから魔女は……やっぱり計画を進めてきて正解でした」


「貴女、さっきから悪魔の復讐だの、計画だのと、何を言っているの?」


 カルシファーは最初からそう言っていた。


 悪魔の復讐?


 誰に?


 人間に?


 いや、ここまでの彼女の態度や言い草を考えるとまさか……


「私達魔女に対しての復讐ってこと?」


 そうだ、それしかない。


 だって実際にこの場に残っている魔女は、私一人だけ。


 悪魔が、この結界内に何体か出現しているのを見た。


 キテラが言っていた、この結界はもう自分の管理下には無いと。


 結界を張っていた本人が、そう言っていた。


 あり得るだろうか?


 そこらへんの魔女が言うなら分かるが、仮にも魔女の族長であるキテラが、自分が張った結界の制御が出来ないと言っていたのだ。


 あり得ない。


 そんなわけがない。


 それでも、キテラが嘘をついている感じでも無かった。


「ええそうですよ。貴女達魔女に対しての復讐です」


 彼女がそう言い切った時、急に地響きがし始めた。


「なに!?」


「ああ始まりましたか……我々悪魔の計画が、ようやく成就する!」


 カルシファーは心底嬉しそうな顔で天を仰ぐ。


 そのあいだにも振動は強くなっていき、私は立っていられなくなって地面に膝をつく。


「一体何をするつもり?」


 私は、喜びで恍惚の表情を浮かべるカルシファーを問いただす。


 悪魔が全力で喜ぶなど、絶対にろくなことではない。


「説明を求めるのね、最後の魔女アレシア……でもそうね。私から説明するよりも、もっと相応しい者に説明していただきましょう」


 カルシファーが右腕を自身の体の前に持っていき、そのまま礼をすると、彼女の背後の空間が揺らぐ。



 その揺らいだ空間から、二本のヤギの角を生やした獣人のような巨大な悪魔が現れた。


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