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第40話絶望 探索 1

 私は最後の悪魔を殺した後、さっきまで死闘(悪魔達にとって)を繰り広げていた場所まで戻る。


 死体はほとんど異界に戻っていて、残されているのはちょっとした肉片だったり、大量の血の跡だけ。


「はあ……気持ちいい」


 私は気づいたらそう呟いていた。


 私は私が狂っていることを自覚している。


 レシファーが、私が自暴自棄になってるのではと心配していたが、どちらかといえば今の方が自暴自棄に近い。


「あれ?」


 私はふと空を見上げて異変に気がついた。


 さっきまでは夢中になって悪魔を殺していたせいで気がつかなかったが、空が消えかかっている。


 なんというか、とにかくこの空間が暗い。


 時間が経って夜になったとかそういった感じではない。


 空に空が無い。そう表現したほうが正しく思える。


 上空には星も月も太陽も雲もない。


 ただただ漆黒が蓋をしている感覚。


「もしかして異界化が進んでる?」


 私は考えられる中で、一番大きな可能性を口にする。


 それがしっくりくる。


 この空間の異界化は、かなり進行しているのかも知れない。


 早くゲートを探さないと!


 ここが異界化してしまったら、悪魔達は際限なくこの場に現れ続ける。


 いくら私でも対処できなくなる。


 もし私が失敗すれば、悪魔達はこの結界を抜けて人間たちを貪るに違いない。


 それだけは阻止しなければ!!




 …………あれ? 




 そこまで思考して、私自身でも不思議に感じた。


 私は復讐がしたいはず。


 ここが異界化したら、悪魔達を殺せなくなってしまう。殺された悪魔は異界に送られる。じゃあ異界で殺された悪魔は? どうなる? もしかしたら不死身になるかもしれない。それじゃあ私の復讐は出来なくなってしまう!


 そうだ!


 そのためにゲートを閉じるんだ!


 復讐を成功させるために、ここを異界化させない!


 そのはずだ。そのはずなのに、どうして私は人間達の心配なんかしているの?


 どうだっていいじゃない! 人間なんてただの……


 そこから先の言葉が頭に浮かばない。




 どんなに狂っていても、ドス黒い感情に支配されようと、私には人間達をどうでも良いなんて考えることが出来ないみたい……


「ああ、なんて憐れ……」


 復讐を誓い。復讐に焦がれ悪魔を殺しまくった。笑顔で……


 そこまで壊れているのに、一線を越えることは出来ないのか? 割り切れないのか?


「これじゃあ醜いアイツら悪魔と変わらないわね」


 私はそう言って静かに動き始める。


 醜い悪魔と変わらない。


 そうかもしれない。否定は出来ない。私には綺麗でいる資格が無い。


 とりあえず見かけた悪魔を全て殺し尽くしましょう。


 悪魔が多いところを片っ端から潰していけば、やがてゲートに辿り着くでしょう。


 私は魔法で周囲数キロ圏内を探知する。


 悪魔が十体以上固まっている地点は二カ所ある。


 どっちを殺ろうか? いや、どっちも殺ろう!


 まずは近い所からだ!


 私は魔力で翼を編み出し、空中へ。


 そのまま北西に向かって飛行を開始する。


 どんよりとした死の匂いが風を切る私にまとわりつく。


 私は吐き気を催しながらも、さきほど発見した場所へと飛んでいく。


 行き先には中級悪魔が十体。一瞬だ。私が殺そうと思えば一瞬だ。時間はかからない。


 私はグングン速度を上げていき、やがて平原を過ぎると森にぶつかる。


「このへんかしら?」


 私は高度を落とし、木々のあいだを縫うように慎重に飛んでいく。


 前と違って、森の中であっても今の私には優位に働かない。むしろ視界を遮る分不利だ。


 私は魔法探知をしながら進む。


「見つけた」


 この先数百メートルのところに、中級悪魔十体が固まっている。


 しかし何をしているのだろう?


 中級悪魔はほとんど人語を理解しないはず。


 そんな彼らの意思疎通はほとんど無い。せいぜいが些細な仕草程度。そんな中級悪魔が十体だけ固まっているほうが不自然だ。


 さっきみたいに、上級の指揮官がいれば話は変わってくるが、今回は中級十体のみ。


 余程その場所に、彼らの興味をそそるものがあるのだろうか? それとも何か別の理由?


 そのまま木々を掻き分けていくと、少し開けた空間に出た。


 そしてそこで目にした光景に思考が停止してしまった。


「なによ……これ」


 開けた空間には悪魔が十体。そいつらは一本の大木に群がっていた。


 何かに夢中すぎて、私に気づく気配すらない。


 しかし私は見てしまった。群がるアイツらの隙間からのぞく肌の色。両手を頭の上で縛られ、体が宙に浮いてしまっている女性の体。


 その女性の衣服はボロボロで、体は自身の血なのか満遍なく赤く染まり、爪は剥がされ、髪は引きちぎられ、全身に深い噛み傷や裂傷が広がっていた。


 そこまで確認してようやく理解した。


 彼女はこの結界で生き延びていた魔女だ。それも最近まで生きていた……


 様子がおかしくなったキテラから隠れていた魔女が、まだ何人かいたのだ。


 彼女たちにとって想定外だったのが、悪魔達の出現だ。


 キテラにこの結界に入れてもらえた時点で、彼女たちもそれなりの腕だったのだろう。たぶん魔獣ぐらいなら、いとも簡単に倒せるだけの実力はあったはずだ。


 そんな彼女たちでも、中級悪魔が十体も来られてはひとたまりもなかったのだろう。


「追憶魔法……」


 私は気づいたら詠唱を始めていた。


 私が魔力を強めて、ようやく気がついた悪魔達が振り返るがもう遅い。すでに魔法は発動している。


「消えろ」


 私の静かな命令の通り、追憶魔法は群がっていた悪魔達を一瞬で消し飛ばした。


 私は悪魔達が消し飛んだのを確認すると、ゆっくりと悪魔達に弄ばれた魔女の亡骸に近づく。


 見覚えのない魔女だ。


 だからといって、こうなって良いというわけではない。


 それでも良かったと思えてしまう。


 もう二度と、知った顔が消えていくのを見たくない。


 耐えられない。


 ここは彼女が張った結界だったのだろう。


 それが悪魔達に見つかってしまったのだ。


「もしかしたら他にも……」


 私は嫌な予感がして、再び探知する。


 そしてここに来る前に見つけていたもう一カ所を探る。


 一切移動していない。


 私は無言で空に舞う。


 急がなければ! 次はダメでも、もしかしたらまだ魔女がどこかに生きているかもしれない!


 私は高速でもう一カ所に向かう。幸いここからそれほど離れてはいない。


 一気に速度を上げて急行する。


 風を切り、雲の間を抜けて行く。目的地に向かう途中にも、無数の悪魔達が地上をうろついていた。明らかにキテラと戦う前とは数が違う。増えている。


「あそこね」


 眼下には先ほどと同じく森が広がり、一部分だけ開けている。


 私は一気に急降下し、六体の尻尾が蛇になっている悪魔を見つけた。


 そいつらはやはり、死体となった魔女をいたぶり、嬲っている。


 魔女の死体に食らいつき、爪で切り裂き、暴行を加える。


 見ていられない、見ていたくない。


「許さない!」


 私は悪魔達の真上で停止し、魔力を込める。


「追憶魔法、奴らを全て時の彼方へ!」


 私は怒りのままに追憶魔法を発動し、悪魔達に反撃の機会を与えぬまま全て消し飛ばす。


 悪魔達は一切の反応も許されないまま、消し飛んでいった。


「今度は……」


 私が地上に降り立ち、死んだ魔女の亡骸のもとへ向かうと、一匹の小型の悪魔が死んだ彼女の体の上にくっついていた。


 その見た目はどう見ても下級悪魔。人間の膝下くらいの大きさしかなく、体は黒く細い。たいした魔力も感じない。


 私は消し飛ばそうと思ったが、やめた。


 この悪魔は違う。そう思った。


「この悪魔、死んでる」


 触ってみても一切動かない。そればかりか、異界に少しづつ送られ始めている。


 そっか、この悪魔はこちら側なんだ。この死んだ魔女と契約していた悪魔に違いない。だから主が死んだ後も、他の悪魔達から守ろうとして殺されてしまった……


「本当に惨い!」


 私は、怒りのままぶつける先が無い魔力を周囲に放出する。


 無意識に追憶を混ぜこんだ魔力の風は、私を中心に円形に広がり、突風のような音を立てて拡散した。


 その影響で周囲十数メートル先まで、一本の木も残さずに全て消え去っていく。


「ハアハア……」


 息を切らして怒りを抑えた私は、遠くに微かに聞こえる声を捉えた。


「この声は一体……」


 よく耳をこらすと、女性の悲鳴のように聞こえた。


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