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第41話絶望 探索 2

「今の声って!?」


 私が黙って耳をこらすと、私が立っている場所から南に数百メートル先から、再び女性の悲鳴が聞こえる。


「間違いない! 魔女の生き残りだ!」


 私は急いで声のしたほうへ向かう。


 うっそうと茂る森を潜り抜け、一気に加速し、低空で飛んでいく。


 まだ生き残っている魔女がいる!!


 私の心に僅かな希望が灯る。


 急がないと! 今度こそ助けるんだ!


 もっと速く! ここからそう遠くない! 間に合え!


「あと、少し!」


 木々の隙間をハイスピードで進む私は、最後の一本を躱して森を抜ける。森を抜けて真っ先に目に飛び込んできたのは、人型の悪魔が三体。


 彼らは、森から抜けてきた私をじっくりと見つめていた。


 悪魔達の背後は小さな滝になっており、人型の悪魔三体は滝壺の上に浮かんでいる。


 こいつらは細身の黒いローブに身を包み、目元は仮面で隠され、口元はカラスの嘴のように尖り、黒く光っている。


「どこにいるの?」


 私は必死に周囲を見渡すが、魔女の姿はどこにもなく、探せば探すほど悪魔達しか目に入らない。


「来たな、魔女」


 人型の悪魔は流暢とまではいかないが、一応人語を理解するだけの知性を備えていた。




「ここから女性の悲鳴が聞こえたわ! どこにいるのか正直にはきなさい! さもないと……」


 私は思いっきり悪魔達を睨む。


 確実にここから聞こえた! 知っているならこいつらしかいない!



 私の言っている意味が理解出来たのか、悪魔達三体は耳打ちをはじめた。


 一体何を話しているのかしら?


 こいつらの魔力の強さや、人語を理解する知性などを見ると、これまでの雑魚とは違い、上級に分類される悪魔達だ。


 少しは警戒するべきかもしれない。


「女性の悲鳴、こんなのか?」


 そう言って悪魔が合図すると、私と話していた悪魔の隣の奴が、大きく口を開けて息を吸う。


「まさか……嘘でしょう?」


 私は嫌な予感がした。


 予感というよりも確信に近い。


「キャーーー!」


 鼓膜が破れるかと思うくらいの大音量だが、その悪魔が放った声は、私が先ほど聞いた声と同じだった。


 私はあまりの醜悪さに呆然とする。


 悪魔達はそんな私の反応が面白いのか、三体揃って嗤う。


 それはもうゲラゲラと。バカにしたように。おちょくるように。


 こいつらは声マネをして、この声を聞いて助けに来た魔女を殺していたのだ。この慣れた感じ、絶対に初めてではない。


 殺した女の声を真似て、さらに周囲の魔女を誘い出す。


 まるで狩りだ。


 悪魔のくせに、魔女で狩りを楽しんでいる。魔女狩りを楽しんでいる。


 たいした知性も無いくせに、本来なら契約しなければこの世界に留まれないくせに!


「どこまでも腐っているわね、お前たち!」


 私の怒りとは裏腹に、悪魔達は未だに嗤い続けている。今度は私を罠に嵌めれたと喜んでいる。


「腐ってる? 魔女が? 悪魔が? 俺が? お前が?」


 ケラケラ嗤いながら、上級悪魔達はゆっくりと私に近づいてくる。


 その一歩一歩は不気味なほど静かで、滑らかにこちらに向ってくる。


「黙りなさい!」


 私はその命令とともに、無詠唱で追憶魔法を発動する。


 座標は三体が歩いてくるポイントだ。


 あと数歩前に来れば消し飛ばせる!


 さあ、あと一歩!


「危険」


 しかし私の目論見通りとはいかなかった。何故か私が指定したポイントまであと一歩といったところで、危険と口に出し、止まってしまった。


「ここ変」


 意外にもこの上級悪魔、空間の魔力の違和感に気づいたらしい。


 性格の悪さに加えて、殺すのに手間がかかる。


 本当に鬱陶しい相手だ!


「死ね!」


 私が次の魔法を展開しようとした時、上級悪魔三体が揃って両手を前方に突き出す。


「一体何をするつもり?」


 身構える私は、彼らの両手の先に発生したものに、驚きで目を丸くする。


 これは、この黒い球体は!


「あれは、ミノタウロスが使っていた!」


 私は少し前を思い出す。


 あの黒い球体はミノタウロスが使用していた、重力球。確か触れたら膨らみ、その範囲ごとえぐり取る魔法。少し私の追憶魔法に似た魔法だ。


「まさかこいつらまで使えるなんてね……」


 そう呟いた矢先、黒い球体を私に向かって放り投げてくる。


 当たれば間違いなく死ぬ。


 まあ、当たればだけど……


 私は指を軽く鳴らし、黒い球体が存在する空間を飛ばし、黒い球体を無かったことにする。


「!?」


 細身のカラス顔達は驚いた様子を見せるが、彼らはすぐに冷静になり、再び黒い球体を作り出す。


 こうやって見ると、あのミノタウロスが一体で作っていた黒い球体を、アイツらは三体がかりで作っている。


 シンプルに、あのミノタウロスの三分の一程度の力しかないのだ。


 その程度の実力しか無いくせに、やることは陰湿で残酷で見苦しい。


「ぶっ殺してあげる!」


 私はそう宣言し、右手をカラス顔の悪魔三体に向ける!


「追憶魔法、数多の弾丸となって降り注げ!」


 私の詠唱が終わるのと、カラス顔達が黒い球体を投擲してきたのは同じタイミングだった。


 詠唱終了と共に、私の周囲を黒い空間の塊が大量に旋回する。


 アイツらが飛ばしてきた黒い球体と、瓜二つな圧縮された空間だ。


 それらを敵のカラス顔達に向けて一斉に射出する!


 そのうちの一つは敵の放った黒い球体と衝突するが、その球体の魔法が発動する前に、私の空間が包み込み、無かったことにした。


 点ではなく面で放たれた追憶に対して、カラス顔達は成す術もなく、さっきの私のように呆然と立ち尽くす。


 それも仕方がないことだ。


 放たれた追憶の球体は数百個。


 それらがもの凄いスピードで向かってくるのだ。避けることなど出来やしない。


 必死に逃げようとはするが、当然逃げきれず、私の追憶に掴まっていく。


 触れた箇所から抉られ、切り取られ、消し飛ばされる。


 今度は本当の悲鳴を、カラス顔達はあげていた。


「そうよね、それがお前たちの本当の悲鳴よね?」


 私は自然と表情を緩める。


 魔女の悲鳴をマネて、人を騙す屑にはお似合いの最後。


 やがて虫食いだらけになったカラス顔達は消滅し、この開けた空間に佇むのは私一人……魔女の亡骸すらない。


「まさかね……」


 私はあの三体が、ただここで集まっていたとは思えず、もっとも怪しい滝壺に向かって前進する。


 近づくにつれ、存外に大きな滝壺だと感じた。滝の高さはせいぜい五、六メートルぐらいのものだが、滝壺は直径三メートルは下らない。


 私は滝の水しぶきを浴びながら、滝壺のすぐそばまでやってきて、水底を覗き込む。


 滝の飛沫で見づらいが、私の悪い予感が的中してしまった……


「嘘……でしょう?」


 体の芯が再び熱くなるのを感じる。ショートしたコイルのように、頭が焼ききれる感覚だ。


 覗き込んだ先には、合計五人分の魔女の死体がバラバラにされて沈められていた。それぞれの部位ごとに切り揃えられ、腕は腕同士、足は足同士……


 私は直視していられなくなり、覗き込むのをやめた。


「私が今まで四皇の魔女としか出会ってこなかったのは、死んでたからではなく、隠れていたからなのね」


 そうして隠れていた力の弱い魔女たちが、こうして悪魔達の餌食になっているのだ。もしかしたら最初から悪魔達に殺されていたのかもと思ったが、悪魔達の姿をこの結界内で見かけだしてからほとんど時間が経っていない。


 魔女たちが悪魔共に殺され、嬲られてしまったのはつい最近の話だろう。



「とりあえず悪魔達が増えているルートは、なんとなく追えているからその先にゲートがあるはず」


 とにかくそのゲートを破壊しなくては始まらない。


 ゲートを壊して、あの二体の悪魔。カルシファーとアザゼルを殺して、この結界内に残っている悪魔達を全員殺して、それから……


「意外と私、やることが多いのね。でもそれをやり切った後、私は……」




 何をすればいいのだろう?



 そう思って考え始める前に、私は自らその思考を停止させる。


 これは今考える事じゃない。そんな時間は私にはない。全てをやり切った後に考えるべきことだ。


 私は無理矢理思考を変えて、目的のゲート探しを再会する。


 どこかで同胞と出会えると良いな……裏切りの魔女と罵られても構わない。嫌われていても、殺されそうになってもいい。


 そこまで考えて気がついた。


 私は意外にも一人がダメなのだ。いつも隣にいたレシファーを失って、人恋しくなっていた。いくら強くなっても、全盛期の力を取り戻しても、悪魔達を殺しても……


 やっぱり私は弱いままだ。


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