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第45話異界の反逆者 1

 ゲートの先は森だった。


 森と湿地帯が共存している場所。


 空は常に暗く、月の輝きも、星の煌めきもない。


 ただただ暗く、どんよりとした重たい空気が漂っている。


「ここが異界?」


 ここが悪魔達が生まれ育ち、私達の世界で死んだ悪魔が投獄される世界。


「それにしても静かね……」


 私は右も左も分からないまま、とりあえず歩き出す。


 自分の足音が響かないように、気をつけなくてはならないほど静かだ。生き物の鳴き声は勿論、風の音も水の跳ねる音すらしない。


 完全なる静寂が支配する世界。


 正直意外だった。


 もっとバタバタしているというか、喧騒にまみれていると勝手に思い込んでいたから。



 そのまま深い森の中を進むにつれて、湿地帯は姿を消し、ただでさえ深かった森が、さらにその深さを増してくる。道という道はなく、木々を掻き分けながらじゃないと前に進めない程のところまで来た時、遠くに魔力の気配を感知した。


 私は目を瞑り、意識を魔力に集中させる。


 敵かどうかは分からないが、数はおよそ二十体程。強さは同じくらいで、中級かそれ以下の魔力の反応だった。


 私は自身の魔力量をチェックして、驚いた。


 なんと魔力が回復している!


 いや、回復というよりも、魔力が自分の物の様で、自分の物では無いような感覚。まるでこの空気に漂っている魔力を、自在に使えるような。


「門番が言っていたのはこういうことね」


 私は、門番とのやりとりで一つだけ腑に落ちない点があった。


 それは、門番が言っていた「悪魔は悪魔同士では争わない。悪魔が自分より強い者に勝つことが百パーセント無い」という一言だ。


 私はこれを聞いた時、それは無いと思った。


 いくら冠位の悪魔や上級悪魔でも、数で押されればどうしたって魔力を消費する。


 魔力が無くなってきたところを叩けば、弱い悪魔でも上級の悪魔に勝てる可能性は十分ある。だから悪魔が自分より強い者に勝つことが百パーセント無いというのは、嘘だと思っていた。


 しかしそれは間違いだった。


 今思い知った。


 門番の言っていることは正しかった。


 だってこの異界という世界は、世界そのものに魔力が存在し、全ての悪魔はその世界の魔力を無尽蔵に利用できる。


 だから魔力切れを狙った戦い方は意味がない。完全に実力が勝り、運の要素がほとんどないのだ。それでは下剋上はあり得ない。なので、異界で悪魔が死んだことはない。


 そしてそれは私も例外ではないようだった。私もこの異界に漂う魔力を使える。


 数で押される事はない。


 おそらくここには、私があっちの世界で殺した悪魔達もいるはずだ。


 異界で悪魔が死んだことが無いというのは、昨日までの話。今は私がいる。復讐を誓った私がいる。


「先手必勝ね」


 私は魔力を込めて翼を展開し、宙に舞う。


 そのまま一気に距離を詰めて、二十体の悪魔達の真上に到達する。


 悪魔達は上空に現れた私を指さし、何やら騒ぎ出す。


 さっきまでの静けさは何処へやら……急に世界が賑やかになる。


「この世界の指揮系統がどうなっているか分からないけど、アザゼル達にバレると面倒だからここで殺すわね」


 私は眼下の悪魔達を見下ろす。


 そのほとんどは獣のような成りをした悪魔ばかりで、たいした力を持ってそうな奴はいない。


 私が魔力を込めて追憶を使用しようとした時、顔が豚のような悪魔が急に喋りだした。


「貴女様は、アレシア様ですか?」


 私は魔法を行使せずに、そのまま固まる。


 低級悪魔が人語を操るなど滅多にない。それこそポックリぐらいのもの……


「どうして私の名前を?」


 私は同様のあまり、普通に聞き返してしまった。


 それぐらい、悪魔と普通に言葉を交わしたのが久しぶりに感じたから……レシファーとポックリを失ってからは、悪魔と好意的なやり取りなどしていなかった。出会ってきた悪魔は、可能な限り全て殺してきた。


 私の中で、悪魔=敵という図式が出来上がっていたのだ。


 そんな中で、私のことを敵意無く呼ぶこの悪魔の存在に驚いた。


「冠位の悪魔レシファー様から、貴女のことは聞いております。どうかおいらたちと共に来て頂けませんか? 今の異界の状況について説明させてください」


 豚顔の悪魔から、レシファーの名前が飛び出るとは思わなかったが、よくよく考えてみれば、レシファー経由でしか私のことなど知らないだろう。


 そしてレシファーの名前を聞いた瞬間に、体から力が抜けるのを感じた。


 本当は悪魔の甘言に耳を貸すべきではない。それは分かっている。頭では分かっているけれど、心は、無条件に信じようとしてしまっている。それぐらい私にとってレシファーの存在は大きかったのだ。


 少なくとも、彼女の名前を出されるだけで、体から力が抜けるぐらいには。


「……分かったわ。貴方達についていくから案内して」


 気づけばそう答えていた。


 この敵しかいないはずの異界で、もしかしたら味方ができるかもしれないという期待が、無かったのかと問われれば嘘になる。迂闊なのは分かっている。罠の可能性だって考慮している。


 それでも私はついていく。


 ついていくしかない。


 レシファーの名前を出された時点で、それは確定している。


「ではこちらに」


 豚顔の悪魔を筆頭にした、二十体の低級悪魔の団体の後を、私はゆっくりとついていった。






「そろそろです」


 豚顔の悪魔は振り返り、後ろをついて歩く私に知らせる。


 この悪魔の団体と共に深い森を練り歩き、湿地帯を越え、雑木林を乗り越え、沼地に出ていた。


 所々に毒でも含んでいるのか、紫色のヘドロが溜まり、禍々しい赤色のキノコのようなものが生え、空には相変わらず何もない暗闇が広がっている。


「随分なところね」


 私はなんとなくそう答える。


 実際見た目は勿論のこと、匂いだって相当なレベルの悪臭を放ち、鼻で呼吸をすることを諦めた。


「このぐらい町から離れないと、他の悪魔に見つかってしまいますから」


 豚顔の悪魔は私の失礼な発言にも、丁寧に答えた。


「見つかると危ないの?」


 何かと敵対しているのだろうか? 


「詳しいことはアジトに着いたらお話します」


 そう言って豚顔の悪魔は、ぐんぐん歩く速度を上げていく。


 沼地を突き進む道中、小さな木造の小屋らしき建物が見えるたびに、一人、また一人と悪魔達が群れから離れていく。


 おそらくあれが家なのだろう。


 そのまま豚顔の悪魔と私を除いた、最後の一人が私達に別れを告げる頃には、沼地をほとんど抜けていた。


「ここです」


 そう言って豚顔の悪魔は、私の数倍はありそうな巨大な岩の前で立ち止まる。


「ここですって、巨大な岩があるだけじゃない」


「大丈夫です。すぐに開けます」


 豚顔の悪魔はそう言うと、両手を合わせて力を込める。


 すると魔力が集まりだして、目の前にある巨大な岩は急に朧気になっていく。


「この場所はおいらの自宅兼アジトになっているため、簡単な結界を張っています。強力な悪魔なら簡単に突破するでしょうが、彼らはこんな辺鄙なところには来ません」


 そう言い残し、豚顔の悪魔は朧気になった岩に向かって歩き出すと、岩の中に入っていく。


 私は一切の迷いもなく後に続く。


 もう私の中では疑いの気持ちはなくなっていた。


「どうぞ」


 私が中に入ったのを確認すると、豚顔の悪魔は部屋の中央にある椅子を引き、座るように促す。


「ありがとう」


 私は大人しく椅子に座り、部屋の中を見渡した。


 岩を抜けてからこの部屋まではそこそこ長い廊下があり、かなり広いこの部屋の壁には、アジトらしくこの異界の地図が貼られている。


 部屋には木製の椅子や机が乱雑に転がり、食器棚や額縁などが、同じく木でできた棚の上に置かれている。


 私が座ったのはちょうど部屋の真ん中の椅子、真上には蝋燭の照明が妖しく光っている。


「お待たせしました」


 結界を閉じるために部屋を出ていた豚顔の悪魔は、私の向かいの椅子に机を挟んで座る。


「それじゃあ、聞かせてくれるかしら?」


 私は深呼吸をしてから、話を切り出した。


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