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第44話ゲートと門番 3


 門番の出した条件はなかなかに難しいものだった。次に異界化を望むものが現れたら、その対処をするというもの。つまり私は死ぬことが許されないのだ。永遠の時の中、悪魔達を見張り続けるという、ある種の呪いともいえる契約だ。


 でも、それでも私は構わなかった。


 たとえ死ぬことが許されなくなったとしても、私の隣にはレシファーが必要だ。私の家族であり、恩人であり、契約者であるレシファー。彼女と再び生きていけるのなら、なんだって差し出そう。


「じゃあ通して」


 私は一度深呼吸をしてから、門番に声をかける。


「準備は良い?」


 門番は、相変わらず無機質な声で確認をとる。


「良いわ」


 本当は魔力の回復を待ちたいところだけど、そんな悠長なことはしていられない。


 いざ行こうとなった時、ふと疑問がわいてきた。


「最後に一つだけ教えて。異界で死んだ悪魔はどうなるの?」


 そうだ。これが一番重要なことだ。


 この世界で死んだ悪魔は異界に送られて、門番から呪いをかけられ、異界から出られなくなる。


 それは前にレシファーから聞いた。


 じゃあ異界で死んだ悪魔は何処に向かうの?


「消滅」


 門番が放った答えは簡潔で、そして恐ろしい一言だった。


 消滅……消える?


「異界で殺された悪魔は消滅する……それを知っているのに、どうして悪魔達は異界化を望むの? 魔女と契約しなくても、今のこの結界内だったら存在できる。つまり、死んでも保険があるのに、どうしてわざわざ異界化にこだわるのかしら? このまま不安定な状態を維持すれば……」


「悪魔達は知らない」


 私の考えは、門番の一言で根底から覆された。


 知らない?


 何を? もしかして異界で死んだら消えるということを、悪魔達は知らない?


「そんなはず無いでしょう? 悪魔であっても死ぬことはあるのだから、死んだら消えるってことくらい……」


 私の疑問に、門番は再び答える。


「死なない。悪魔は異界ではまだ誰一人死んでいない」


「そんなはず……」


「理由は簡単。まず悪魔には寿命が無い。だから自然に死ぬことはない。もちろん病気もない。そして悪魔は決して争わない」


 悪魔が争わない? 初めて聞いた……でもそれこそあり得ないと思う。私が見てきた悪魔達は、好戦的な者ばかりだった。


「悪魔が争わないは嘘よ! だって魔女は悪魔達によって……」


「違う。悪魔同士では争わない。悪魔が自分より強い者に勝つことが百パーセント無い。悪魔達はそれを知っているから争わない。争わないから、誰も異界で死なない。だから死んだら消えることを知らない」


 門番は畳み掛けるように、一気に説明する。


 なるほどそういうことね。


 悪魔に時間の概念は無い。だから寿命も無い。


 他に死因となるのは、何者かに殺される時ぐらいだ。しかしそれも、力関係が常に一定で覆ることがないから、そもそも争わない。だから死なない。死んだことがない。


「うん。いろいろ教えてくれてありがとう。急ぐから、もう行くわね」


 私は門番にお礼をして、ゲートに向かって歩き始める。


 ここから先はアウェイ、敵の領域に足を踏み入れるのだ。普段以上に気を張る必要がある。


 目的は二つ。


 一つ、異界でレシファーとポックリを探し出すこと。


 二つ、私の復讐の対象でもある、異界化を望む冠位の悪魔、カルシファーとアザゼルを殺すこと。


 この二つに優先順位は無い。


 どちらも達成しなければ、私には未来がない。


 カルシファーとアザゼルを殺せずして、異界化を止めることは出来ない。


 仮にあの二体の悪魔を殺せたとしても、その後を生きる私には、レシファーとポックリは必要だ。望むならエリックも……


 私はいろいろ考えながら、巨大なゲートをくぐり、その一歩を踏み出す。


 そして私の体が完全にゲートをくぐった時、目の前の風景が一変した!


「何ここ!?」


 私は驚きの声を上げるが、答える者はいない。


 どうやらあの門番は、ここまでは来ないらしい。


 私は首を上下左右に振って、周囲を確認する。


 こんな景色は見たことがない。


 ここはまるで、満天の星空の中心に放り込まれたかのような空間だ。


 星空なら普通上にあるものだが、この空間はそうではない。上下左右どこを見ても同じ星空が広がり、寒さも暑さも無く、音もしなければ匂いもない。


 夜闇に浮かぶ星々の間隔は一定ではなく、不規則に散りばめられていて、ここが異空間であることを実感させられる。


「ここが異界と世界を結ぶ空間?」


 前を見ると、一本の階段が下に向かって永遠と続いている。


「さっきまでは無かったわよね?」


 私がこの空間に来た直後は、建造物は後ろのゲートと、その足元ぐらいだったはず。


 それが気づけば、この空間の下の方に向かって伸びる階段が出現していた。


「どうなってるの?」


 そう思って顔を上げると、私の目が点になる。


 夜闇に浮かぶ星空はさっきと変わらないが、さっきまでは存在しなかった無数の階段が、あちらこちらに伸びている。


 伸びてはいるが、その両端は見れない。どこまで目で追ってみても、その先は暗闇となっている。


「この足場から続くのはこの一本だけか……」


 私は恐る恐る最初の一歩を踏み出す。


 安全を確認した私は、周りの星空や階段を見渡しながら、果てもない階段を下っていく。




 どれぐらいの時が経っただろう?


 私は永遠かと思えるほどの時間、階段を下り続ける。


 そのあいだも周囲を見渡し続ける。


 そしてある違和感に気がついた。


「誰もいない?」


 これだけの長い時間(時間がどれぐらい経過しているかは分からないが)歩き続けているのだから、悪魔の一体ぐらいは見かけても良いはずだ。


 私はその覚悟もしていた。


 元の世界で、ゲート周辺の悪魔をあれだけ殺し尽くしたのだから、新たに異界からあちらの世界に出張る悪魔と、この空間で遭遇するはずだと思っていた。


 思っていたのだが、遭遇どころか遠くで見かけることもない。


 この空間に存在している生命体は、私一人だ……


 そこまで考えて、この空間は私一人の場所なのだと気づいた。


 ここに存在する、終わりの見えない無数の階段達は、私の可能性の数なのではないかと思う。


 この空間は、様々な世界へと繋がる大きな駅のようなもので、ここにある階段の両端が見えた時、その可能性は現実になる。


 そう考えると納得できる。


 まあ考えていても、答えを持っている者がいないのだから無駄ではあるけれど……


 それでも、無限に続く階段を降り続ける際の暇つぶしとしては悪くない。





「いい加減、そろそろ飽きてきたのだけど……」


 私はそう言いながらも、疲れてはいなかった。


 どうもこの空間では、肉体という概念が希薄になる印象を受ける。


 そんな感想を漏らしながらさらに降りていくと、遠くにゲートが見えてきた。


 ここに来るときにくぐったゲートほどの大きさはないが、それでも私二人分ぐらいの高さはあるゲートだ。


「やっとね」


 私はようやく見つかった出口に安堵し、歩くペースをあげる。


 ドンドン近づいてくるゲートを見ながら、一気に残りの階段を降りていく。


「このゲートの先が……異界」


 私は階段を降り切り、ゲートの前に立って覚悟を決める。


 ここからは本当に異界。敵の本拠地。悪魔達の世界。


 そこは私のいた世界の常識が通用せず、異界の理が支配する場所。


 私が復讐を果たす場所、私がパートナーを見つけ出す場所、下手したら私の死に場所……


 別に死のうと思っているわけではないし、殺されてやる気もさらさらない。


 それでも不安が無いと言ったら嘘になる。


 今の私は一人ぼっち……今の私が失うとしたら、自分の命ぐらいのものなのだから。


 私は意を決して、固く重たいゲートを押し開けた。 


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