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第50話エムレオス 3

「その声はまさか……ポックリ!?」


 私はあまりにも懐かしい声に驚く。


「ああそうだよ。アレシア」


 ポックリは私の声掛けに応じて、茂みの中から姿をあらわした。


 その姿は、あちらの世界で殺される直前と同じ姿、いつもの見慣れたポックリの姿だった。


「良かった……会えて良かった!」


 ずっと考えていた。レシファーは冠位の悪魔という立場もあって、門番からの情報や、異界に来てからもピックルたちから居場所を聞いたりと、足跡を辿ることが出来た。


 だけどポックリは違う。そうじゃない。


 彼は冠位の悪魔どころか、上級ではない。下級に分類される悪魔だ。そんな彼の足跡など誰も知らず、追いようもなかった。


 だからこうして会えたことが奇跡だと思えた。


 私には彼を探し出す術が無かったのだから。


「でもどうしてここに?」


 そこだけは謎だ。


 ポックリと私は契約していたわけではない。


 レシファーを介しての仮契約。それもレシファーとポックリが殺されたことで、解除されている。それに一緒にいた時間も長くない。


 契約が解除されていても、ある程度同じ時間を共有していれば、契約していた悪魔と魔女のあいだには絆が生まれる。


 その絆が具体的に何かしてくれるわけではないが、いざという時には、その絆が運命を左右すると思っている。


 奇跡……とは違うのかな? それでも魔法という奇跡を体現する者として、そういう絆は大事にしていきたい。


 そしてその絆は、私とポックリに至ってはまだ構築段階だったはずだ。


 だからこうやって自然に出会えることは無いと思っていた。


「簡単だ。俺が必死にお前を探してたんだよ! 悪魔の復讐計画を知ったのは、俺が異界に送られてからだ。そしてレシファー様から、俺宛のメッセージが届いた」


 そう言ってポックリは、彼の体程の大きさの葉っぱを広げる。


 おそらく彼女が幽閉される直前に、魔法で届けたのだろう。


 普通の葉っぱに擬態させて届ける、彼女の情報伝達手段の一つだ。


 そこには懐かしいレシファーの字体で、ポックリに対しての指示が書かれていた。


「正直俺はアレシアも殺されると思っていた。だけどレシファー様は違った。アレシアの本当の力を知っていたから、キテラに負けるはずがないと踏んでた。そして、例の計画を阻止するため、なにより俺とレシファー様を連れ帰るために、アレシアが異界に乗り込んでくると信じていた!」


 ポックリは可愛い狸顔を涙で濡らしている。


「そう……流石ねレシファー」


 この可愛い狸の言動から察するに、手紙には例の計画のこと、私がキテラに打ち勝ち異界に乗り込んでくること、そしてそんな私を探すように書かれていたのだろう。


 本当にレシファーにはかなわない。


 実の姉に殺されてショックも大きかったでしょうに、それでも大局を見通す力と、先を読む力、そして幽閉されていても確実に私を先導してくれるところ……やっぱり彼女は私の尊敬するレシファーだ。


「でも良く見つけたわね私を」


 そうなのだ。この広い異界で、ただ闇雲に探したってそうそう見つかるものではない。普通は出会えない。


「町に張り紙がしてあったのさ」


 ポックリはニヤニヤしながら答える。


「何を笑ってるのよ、気持ち悪いわね」


「ああ失敬失敬。おかしくて」


 ポックリは、わざとらしく顔を横に振って弁明した。


「それで……ポックリが思わずニヤニヤしちゃった張り紙ってなんなのよ」


 私は答えを催促する。


 正直答えはほとんど想像できているが、こういうのは本人の口から聞きたい。


「打倒! 悪魔を殺し歩く非道の魔女アレシア」


 ポックリはどこの誰だか分からない、張り紙をした悪魔の声マネで答える。


「それが張り紙の内容ってわけね」


 どことなく否定しきれないのが悔しいが、逆切れもいいところね。


 おかげさまで、どうしてあれだけの数の悪魔が集まっていたのかが理解できた。


 つまりポックリが見たという張り紙が、異界のいろんな町に貼ってあって、それを見た有志の集まりがさっきの悪魔の軍勢というわけだ。


 おまけに異界では消滅しないと思っているから、あちらの世界で私に殺された悪魔達にとっては、復讐にうってつけだった。


「それを見つけた俺は、こうして巻き込まれないように隠れてたんだ」 


 ポックリは得意顔で腕を組む。


「何はともあれ会えて良かった、私はこれからレシファーを救出に行くわ。ポックリは隠れてて……」


「いや、俺も行く!」


 ポックリは私の言葉を遮って、ついてくると主張し始めた。ピックルたちだけでなく、ポックリにまで慕われるって……レシファーらしいわね。


「ダメよ。異界で死んだ悪魔は消滅する。しばらくしたら戻ってこれるというのは間違いなの」


 私はポックリの誤解を解く。


 ピックル同様に、ポックリは強くない。戦いになれば殺されてしまう。ポックリもピックル同様、戻ってこられると思っているから、軽々しくついていくなどと口にする。


「分かってるよ」


 ポックリは静かに呟く。


「そんなのは分かっている。レシファー様からの手紙にも書いてあった! 悪魔は異界で死ねば完全に消滅する。だから、絶対私を助けようとはしないで……そう書いてあった」


 そこら辺まで考えてるあたりは、本当にレシファーらしい。


「でもだったら手紙に従って、大人しく待ってなさい! 私が必ず助け出すから! 死んだら終わりなのよ?」


「それは、アレシアだって同じだろ?」


 ポックリの指摘に、私は息が止まる。


 そう……貴方もピックルと同じことを言うのね。ピックルもポックリもレシファーも、本当にあなたたちは悪魔なの? 魔女である私の身を案じている場合じゃないでしょうに。


「それはそうね。だけど」


「行くったら行く! 俺はエムレオス出身だ! 町の構造も、幽閉されている場所も知っている。アレシアは知らないだろ? 一人でどうやってレシファー様のところに辿り着くつもりだ?」


 ポックリの正論にぐうの音も出なかった。


 実際、私には当然ながら土地勘はない。


 初めての世界に、初めての土地、周囲は悪魔だらけ。あちらの世界の常識やルールが通用しない場所。


「確かに私一人では、レシファーのもとに辿り着くのに時間がかかる。それでも……」


「大丈夫、大丈夫! 案内だけしてあとは隠れてるから」


 ポックリは私の心配を取り除くように、話を持っていく。


 口がうまい狸だ。


「ああもう分かったわ! 良いわよ、ついてきなさい。ただし、戦闘になったら絶対に隠れてて。どんな状況になってもよ」


「わかったよ」


 ポックリは軽い返事をする。


 分かってないわね、この狸……


「良い? 私が殺されそうになっても、絶対に出てきてはダメよ? 私が殺されてしまったら、貴方は静かにその場を去りなさい」


「うっ……わっわかったよ!」


 ポックリは頭を抱えながら渋々同意した。


 半ば強制的に同意させたけれど、そうじゃなければ、私は絶対にポックリを連れて行きはしない。


「分かったなら結構よ。行きましょう」


 私はポックリを置いて歩き出した。


「どうしたの? 案内するんでしょう?」


 後ろを振り返り、未だに頭を抱えているポックリに声をかける。


「するよ! するから、簡単に死ぬとか言わないでよ」


 ポックリは半泣き状態で、私に追いついた。


「勿論殺されてやる気なんて微塵もないわ。ただの可能性よ。だけどさっきの約束は絶対に守りなさい」


 私はそう強い口調で釘をさしておく。


 ここまで言っておかないといけない。


 あちらの世界でのポックリの死に様が、私の脳裏をよぎる。


 あの時だって隠れていれば良かったのに、私とエリックを庇ってキテラの前に飛び出してきた。


 弱いくせに……弱いのだから、私の後ろにいれば良いのよ。


 そうすれば私は、何も失わずに済む。


 もう誰かを失うのだけは嫌よ……


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