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第51話エムレオス 4

「あれがエムレオス?」


 私達は二人仲良く森を抜け、目的地であるエムレオスが見える崖の上まで来ていた。


 ここから見えるエムレオスは、想像とは大分違っていた。


 私の勝手なイメージで、悪魔達の町というからもっとおどろおどろしい所なのかと思っていたけれど、ここから見ている限りは、特におかしな点は見当たらない。それどころか、普通に綺麗な町という印象だ。


 町はそれなりの規模感で、ピックル達のいた沼地の集落などは比べるまでもない。


 そこらの人間の町と大差ない。


「行くぞ」


 ポックリは、自身が通り慣れた道を進んでいく。


 崖から降りていく道は入り組んでいて、崖の内側を掘りぬいたような、急こう配な作りをしており、気をつけないと頭を打ちそうだった。


「後は真っすぐ?」


 崖を降り切った私は、前を歩くポックリにたずねる。


 道自体は、ここから真っすぐエムレオスまで繋がっていた。


「一応エムレオスの入り口までは真っすぐ行こう。その入り口でローブを買って顔を隠す」


 ポックリの提案通り、エムレオスに向かう道を真っすぐ進んでいく。


「悪魔とすれ違ったりしないの?」


 さっきから結構な距離を歩いているのだが、全くと言って良いほど悪魔を見かけない。今のところ、私の目に映っている悪魔はポックリだけだ。


「基本的に悪魔は自分達の町から出ない。特に用事もないからな。悪魔の生活なんていうのは、町の中だけで完結しちまってるんだ」


 ポックリは歩きながら首を捻って、背後の私の方を向く。


「だから全くいないのね」


「そういうこと。だから、町に着くまではそのままでいい」


 ポックリはそう言って、前を向いて歩き続けた。


 私はポックリに続いて、エムレオスに向って歩いていく。


 今私達が歩いている場所は、一般的には荒野と呼んで差支えないところだ。


 そこに草木はほとんど無く、あるのは砂と砂利と石ころだけ。赤茶色の大地が一面に広がり、たまに存在する大きな岩が、そこに影を落としている。


「それにしても大きいのね」


 私はエムレオスに近づくにつれて、そう思った。


 崖の上からなら全体を把握出来ていたが、同じ高さに降りてからは、全体などとっくに見えなくなっている。


 今の距離で分かるのは、町の中央に異様に細長い城の先端が伸びていることと、町には城壁のようなものは無く、いきなり白と茶色をベースとした商店のようなものが見えることぐらいだ。


「他の町もこのくらい大きいぜ」


 ポックリは前を向いたまま答える。


「もうそろそろ町に入るけど、どうするの? 私異界のお金なんて持ってないわよ?」


 私はポックリのローブを買うという話を思い出し、自分が一文無しだということに気がついた。


「大丈夫だ、金ならある」


 ポックリはそう自信ありげに答えるが、ちゃんと異界でも通貨の概念があることに驚いた。


「俺が買ってくるから、アレシアはそこの店の影に隠れてろ」


 そう言ってポックリが指さした先は、店と店のあいだ、ちょうど看板が建てられていて、その裏が死角となっている。


「分かったわ」


 私は指示通りに看板の裏に隠れる。


 町の出口に近いせいか、道を歩いている悪魔はまばらで、そもそもよそ者があんまりこないため、町の案内看板には誰も目を留めない。確かに隠れるにはうってつけだった。


「お待たせ~」


 ポックリが周りの様子を伺いながら、看板の裏に滑り込んできた。


「買えた?」


「はいこれ」


 ポックリが手渡してきたのは、フードが付いた漆黒のローブだった。


 私は素直にローブを羽織り、フードも深くかぶる。


「どうかしら?」


「大丈夫。これなら誰だか分からない」


 ポックリの太鼓判を信じて、看板の裏から道に出る。


 目の前を悪魔が一体通過していくが、全然気がつく様子がない。


「結構ローブを着ている悪魔が多いのね」


 道行く悪魔達を見ていて、単純にそう思った。彼らはその大多数がフードを目深にかぶり、顔が分からないようにしている。


「昔はこうじゃなかったんだが、今はカルシファーがこの町の支配権を握っているからな……こうするしかないんだ」


「どういう意味?」


「簡単な話で、上の立場の悪魔に容易に顔を見られたくないんだよ。少しでも上の考えに逆らったら、何をされるか分からないからな。住人同士でも信用できない。いつ密告されるか分かったものじゃない」


 ポックリは顔をしかめながら説明してくれた。


 要するに言論弾圧に近い。


 誰かが上に対して反発的な態度を取っていた場合、他の誰かが上に密告する。そして、わざわざ密告するということは、何かしらの褒美が貰えるのだろう。


「やってることが魔女狩りとほとんど変わらないじゃない!」


 私は憤慨した。


 カルシファーの奴、私達魔女が魔女狩りで殺されていく様を見て、その手法を真似ている! 自身の中で怒りが湧き上がる。強く握った拳が震える。


「アレシア?」


 ポックリは心配そうな顔をして、私に声をかける。


「ねえポックリ……カルシファーはキテラと契約していて、レシファーは私と契約してた。その間って誰がここを統治していたの?」


 普通に考えたらおかしい。


 レシファーが留守だったように、カルシファーも留守だったはずだ。


「あ~俺もそのあいだはクローデッドと契約していてあっちにいたから、分からないな」


 そうだった。


 ポックリは、クローデッドと三〇〇年にわたる長い間契約していた。


 知っているわけがない。


「それもそうね」


 私はそこで一度話を区切り、先を急ぐ。


「ところで、レシファーが幽閉されているのって……」


「想像通り、あのてっぺん」


 ポックリは私の想像通りに、町の中央に建っている巨大な城の、さらに一番高い塔のてっぺんを指さす。


 なんというかお約束過ぎるが、実際誰かを閉じ込めておくにはもっとも効率的だからお約束なわけで、そこに文句を言っても仕方がない。


 しかしあの城の頂上ともなれば、見つからずにこっそりは無理そうね。


「城まではバレずに入れるだろうが、そこから先は未知だな。俺も城の中までは入ったことがない」


 ポックリは肩を落とす。


 まあポックリのような低級悪魔は、城とは縁がなさそうね。


 そのまま私達は一直線にお城を目指す。


 フードを目深にかぶって歩いていると、私が魔女だってバレることはなさそうだ。


 どの悪魔達もみんな下を向いて歩いていて、私達に関心を寄せる悪魔など一体もいやしなかった。


 私は悪魔達よりも、この町の作りのほうが気になっていた。


「結構綺麗な造りをしてるのね」


「意外だろ? 悪魔だって生きているんだぜ?」


 ポックリは少し得意げに語る。


 辺りを見渡して見れば、町の入り口にあったお店のように、ほとんどの建物が白と茶色を基調とした色使いをしていて、形も似たり寄ったり。道はキチンと整備されており、歩きやすくなっているし看板が至る所にあるため、迷うこともない。


 カルシファーの弾圧が無ければ、住みやすい町に違いない。


 だからポックリは少しでも嬉しいのだろう。


 この全ての悪魔が下を向いて歩く町でも、自慢できるところがあったことが、なにより彼にとっては嬉しいのだ。


「この先ね?」


 眼前には、真っ白に統一されたお城が迫っている。ほとんど飾り気のない造りだ。


「ああ。この道を真っすぐ行くと城の門番がいるから、こっちの道を使おう」


 そう言ってポックリは門番がいる場所から少し左にズレ、正規のルートの真下をトンネルのように潜る道を進む。


 やがて正規ルートの真下に入り込むと、ポックリは足をとめて魔力を練る。


「何する気?」


「今から魔獣を門番の前方に召喚するから、アイツらが魔獣に気をとられているあいだに入り込むぞ!」


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