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第54話姉妹 2

「もう大丈夫なのか?」


 立ち上がった私を見上げて、ポックリが心配そうな顔でたずねる。


「大丈夫よ。それよりも上を目指しましょう」


 私はゆっくりと消えていくミノタウロスの肉片を横目に、再び階段を登っていく。広い大広間を抜けて、上に向かう階段をポックリと共に進んでいく。


 階段も残り半分となったところで、一度一息入れる。これだけの段数を一気に登るのは結構しんどい。魔法で飛んでいくのもありだが、途中の部屋にレシファーが掴まっている可能性もまだ捨てきれないので、地道に進むしかないのだ。


「ここまでは全部アイツらの部屋だったわね」


「そうだな。全て同じ造りだった」


 ポックリも私に同意する。


 私は階段の手すりから身を乗り出して頭上を見上げるが、まだ天井は見えてこない。


「まだまだあるわね」


 まだ半分も来ていないのかも知れない。それでもここまで扉は全部で二十以上あったと思うが、先ほども言った通り、全てミノタウロス達が繋がれていたであろう部屋ばかりだ。


「あのミノタウロス達は一体何だったのかしら?」


 私とポックリは、再び階段を登り始めていた。


「悪魔じゃないのか?」


 ポックリは私の疑問に答える。


 悪魔は悪魔だろうけれど、やっぱり普通の悪魔とは思えない。異界とあっちの世界を自由に行き来できる特殊性、あれだけの戦闘力を持っているのにも関わらず、人語を理解しないところ。


 そしてなにより奇妙なのは、同じ個体が複数いたことと、彼らがなんのコミュニケーションらしき手段を取っていないのに、しっかり連携が取れていたこと。


「ねえポックリ。人工の悪魔って存在する?」


 考えられる結論の中から、私はもっとも可能性の高そうなものを提示する。


「魔獣なら創ることはあるだろうけど……人工の悪魔か~考えたことも無かったな」


 ポックリも頭を捻る。


 信じたくはないが、その可能性がもっとも高そうだ。じゃないと、同じ個体が全てこの城にいたことの説明がつかない。


 もしもあのミノタウロス達が、カルシファーの用意したものだとしたら色々と腑に落ちる。


 悪魔も魔獣を召喚したりするが、それは異界から呼び出している。つまり、悪魔本体でなければ異界とあっちの世界の行き来は可能なのだ。


 それであれば、あのミノタウロスは悪魔と魔獣を融合させたものだと推測できる。あれが純粋な悪魔では無いからこそ、異界を行き来できるし、強いにも関わらず人語を理解しないのだ。


「それにあれが人工だとすれば、同じ思考を共有していたことも納得できる」


「同じ思考を共有?」


 ポックリは、何言ってんだコイツと言わんばかりの眼差しを私に向ける。


「アイツらの連携は見てたでしょう? あんなの事前の打ち合わせや、作戦でも決めておかないと不可能よ。だけどアイツらはそれを実行した。私達の知らない何かで情報を共有していたとしか思えないのよ」


 説明をしながら上を見ると、天井が見えてきた。何の飾り気もない天井だが、その天井に向かって階段は伸びていて、階段はその天井に開いた穴からさらに上に続いているようだった。


「アイツらの思考の話は置いておいて、この上は怪しいな」


 ポックリも私と同じ感想だった。


 私もこの上は怪しいと思っている。


 結局ここまでの扉は全てミノタウロス達の部屋に繋がっていた。レシファーが捕らえられているとしたら、この上だろう。


「行くわよ」


「ああ」


 私達はゆっくりと天井から顔を出し、周囲を伺う。


 天井と思っていたところは、銀色に輝く石でできた床となっていて、階段を登った先は、想像の何倍も広い開けた空間だった。


 ここが頂上だと思っていたのだが、上を見る限りそうではなさそうだ。


 上には、床と同じく銀色に輝く石でできた天井が、床と同じ面積広がっていて、その中央に直径三メートルはありそうな大きな穴が空いている。


 床と天井の間には純白の銅で出来た柱が何本も設置され、上層階を支えている。床と天井の間は七メートルほどの高さがあり、意外にも壁は存在しない。


 円形に広がるこの空間には、壁の代わりに青空が広がっている。高さ的には雲の上といったところだろうか?


「誰もいなさそうね」


「そうだな」


 私達は慎重に階段を登りきり、円形の闘技場のようになっている淵まで歩いてみる。


 広さは直径三十メートルぐらいだろう。


 淵から下を覗くと眩暈がした。


 本当に雲の上だった。風が不規則に吹き、私は空に吸い込まれていくような錯覚に見舞われる。


「落ちないでよ」


 私は同じく下を覗くポックリに声をかける。


「分かってるって!」


 ポックリは強風に負けないぐらいの声を張る。


 高度が高いところ特有の、読めない乱気流に捕まったら、ポックリのような軽量な悪魔はそのまま飛んで行ってしまうだろう。


「何か来そうね」


 私は天井の中央に空いた穴から、強烈な魔力を感じた。


 それも嫌な気配だ。


 出来ればそのシナリオだけは止めて欲しかったと思う。


 私の想像した中でも最悪のシナリオだ。


 ここで彼女と戦わされるとは思わなかった。


「ポックリは階段に避難して」


「分かった! なんかあったら俺も魔獣を召喚するから!」


 ポックリは、せっせと急いで床の下の階段に身を潜める。


 ポックリが隠れた直後、私の嫌な予感が質量をもって降臨する。


「まさか貴女とこのタイミングで再会するとは思わなかったわね。レシファー」


 私は天井から舞い降りたレシファーに声をかけるが、答えはなかった。


 彼女はゆっくりと着地すると、そのまま私をジッと見たまま動かない。


「どういうことか説明してくれるかしら?」


 私は、レシファーの上からゆっくりと降りてくる魔力に声をかける。


 このタイミングで、この場所で、これほどの魔力を持っているのはコイツしかしない。


「ねえカルシファー」


「久しぶりねアレシア」


 カルシファーはゆっくりとレシファーの隣に着地する。


 並んでみるとやっぱり姉妹ね。


 顔の造形もスタイルも、魔力のタイプもよく似ている。


 違うのは中身ぐらいかしら?


「良くここまで来れたわね? 正直途中で死んでいるものと思っていたのだけど……よっぽどこの子にご執心なわけね」


 カルシファーはゆっくりと、慈しむようにレシファーの頬を撫でる。


「この子ったら、最後まで貴女の名前を呼んでいたわ……本当にバカみたい!」


 カルシファーはそう吐き捨てる。


 まるで私に嫉妬しているように、感情的に。


「それで、今のレシファーはどういう状態なのかしら?」


 私は説明を催促する。大体の察しはついているが……


「今の彼女には自我は無いわ。私がさっき奪ったもの」


 自我を奪う? そうか、それがカルシファーの魔法か。それでキテラ達魔女の自我も、三〇〇年にも渡って奪っていたものね。


「今は私の操り人形。貴女を殺すためのね!」


 カルシファーは、美しい顔に似合わない残忍な笑みを浮かべる。これが彼女の本性。どれだけ見た目がレシファーに似ていても、いくら姉妹でも、彼女たちの本質は真逆をいっている。


「下で大量のミノタウロス達に襲われたのだけれど、あれも貴女が自我を奪ったの?」


 思考の共有も、カルシファーに操られていたのであれば納得できる。しかしあれだけの数を同時に操ることなど出来るのだろうか?


「ああ、あれね。あれは違うわ。ミノタウロス達は私が魔獣と悪魔を融合させて作った怪物よ。異界とあちらの世界を自由に行き来できるのは、純粋な悪魔でない者のみ。だから作ったのよ、そのまま城の守護もさせていたわ」


 カルシファーは得意そうに説明してくれた。


 つまりミノタウロス達は、この城の衛兵というわけだ。


 おそらく世界で一番凶悪な衛兵だろう。


「厄介なものを作ってくれちゃって」


「でも本番はここからよ?」


 軽口をたたく私を、カルシファーはジッと見据えた。



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