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第55話姉妹 3

「今度はレシファーを私にあてるわけね? 本当に良い性格してる」


 私は皮肉を含んで、カルシファーを睨みつける。


「誉め言葉として受け取っておくわ。でも貴女も悪いのよ? てっきりミノタウロス達に嬲り殺されるものと思っていたから」


 カルシファーは心底残念そうにため息をつく。


 彼女の言う通り、もしもポックリがいなかったら、私は今頃下で死体となって転がっていただろう。


 でも私にはポックリがいた。


 それによって私は今、この場所に立っている。


「あんな悪魔モドキに殺されるような、半端な鍛え方はしてないのよ」


 私は余裕そうな表情を作って、精一杯の嘘をつく。


 本当はポックリがいても限界ギリギリだったが。


「へえ~なかなか言うじゃない。だったらこの子はどうかしら?」


 カルシファーが合図をすると、無言のレシファーは緩慢な動きで私に近づいてくる。


「この屑!」


 私はカルシファーに悪態をついて、レシファーの動きを注意深く見守る。彼女の戦い方なら知っているし、彼女の魔法に関しては誰よりも知っている自信がある。


「命よ、我に従い、その名を示せ!」


 とても懐かしく聞こえるその魔法は、私がもっとも使用していた魔法だ。


 レシファーの詠唱が終わると同時に、地面から無数の鋭い木の根が生え、私に向ってくる。私はそれをバックステップで躱すと、前方から木の槍が数えきれない本数飛来する。


「追憶魔法、空間を覆い、消し飛ばせ!」


 私はすかさず詠唱を行い、前方の空間に追憶を設置し、レシファーの魔法を無効化する。


 ホッとしたのも束の間、レシファーは再び詠唱を再開する。


「命よ、あの者に裁きを、命の爆撃を!」


 私は一瞬反応が遅れて地面から生えたツタに足を拘束される。


「しまった!」


 私は急いで追憶を上空に設置するが、流石に無詠唱では対応しきれない!


 上空から拳ほどの大きさの種子が無数に降り注ぐ。


 ある程度は追憶が種子の爆弾を捕まえて消し飛ばしたが、やはり無詠唱の魔法では敵うはずもなく、いくつかが私の足元に着弾する!


「ぐっ!!」


「アレシア!」


 私に爆風が到達するのと、ポックリの叫び声は同時だった。


 今まで感じたことがないほどの熱風が、私の肌を焦がす。爆発の衝撃が私を吹き飛ばそうとするが、足を拘束されているため衝撃を逃がすことができずに直撃する。


「ハァハァ……」


 全身に火傷を負った私はその場に膝をついた。


「アレシア!」


 再びポックリの声が響いたかと思うと、白銀の狼が私とレシファーの間に入り込む。


 ポックリが召喚した魔獣だ。


 レシファーの意識が、一瞬狼に移ったのを見計らい、追憶魔法で足を拘束しているツタを切り飛ばして距離をとる。


「グルルルル!」


 白銀の狼はレシファーに踊りかかるが、案の定地面から生えた木の槍で貫かれ、宙に浮かぶ。


「追憶魔法、」


 私は対象をカルシファーに向けるが、私が詠唱を終らせる前にレシファーの放つ木の槍が私を襲う。


「クソ!」


 私はステップで躱すが、レシファーの攻撃の手は止まない。


「私を狙おうとしたって無駄よ!」


 カルシファーは相変わらず残忍な笑みを浮かべて、私を牽制する。


「ただ、今の戦い方だと一瞬の隙ぐらいは作ってきそうね」


 カルシファーは腕を組んで思案顔だった。


 絶対禄でもないことを考えているに違いない。


「命よ、その形状を変えて、参戦せよ!」


 レシファーがそう詠唱すると、地面から木でできた剣が姿をあらわす。


 あの魔法は私も何度か使用した、接近戦特化の魔法。あの木の剣は鉄だって簡単に切り落とす。


 なるほど、一番厄介な戦い方をしてくる。


 カルシファーの奴、一瞬でも追憶魔法で自分が狙われるのを防ぐために、レシファーに接近戦をやらせるつもりね。確かに接近戦を挑まれると、隙なんてなくなる。


 それにもっと強力な魔法でも、遠距離での攻撃なら追憶魔法で迎撃は可能だが、接近戦となると話は変わってくる。


 カルシファーは、私がレシファーに追憶魔法を使用できないと分かっているのだ。


「強すぎるのも困ったものね」


 私は剣を構えるレシファーに注意を向けつつ、自身を笑う。


 追憶魔法は強すぎる。


 全てが致命傷になる魔法だ。


 それ故に、殺せない戦いでは全くと言って良いほど役に立たない。


 私にはレシファーを殺すという選択肢は存在しない! だから私には、操られたレシファーに対してぶつける魔法を持っていない。戦えない!


「なんとか洗脳を解くしか……」


「無駄よ!」


 私の希望を打ち砕くカルシファーの声に呼応するように、レシファーは剣を構えて私との距離を一気に詰める!


 躱すしかない!


 一瞬で間合いに入ったレシファーは、真上から私の頭に向かって振り被る。


 私はそれをギリギリで躱して、バックステップで距離をとるが、レシファーはそのままの勢いで、二撃目を横一線に繰り出す。


 それをジャンプで躱した瞬間、自分が過ちを犯したことに気がついた。


 空中では身動きがとれない!


 レシファーは剣をレイピアのように持ちかえると、空中の私に向って突きを何度も繰り出す!


「ぐっ!」


 なんとか致命傷となる内臓部分や、頭や首だけは躱すが、それ以外は躱せずに切り裂かれる。


 顔にも無数のかすり傷がつき、左の二の腕と右足の太ももを、剣が刺し貫く!


 痛い! 痛い! 痛い!


 着地はしたものの、痛みで機敏に動くことは叶わず、次々と放たれる剣戟に翻弄される。


 傷は次々と私の体に刻まれ、その度に赤い鮮血が吹き出し、白い床を赤く染める。


 それでもレシファーは一切手を緩めず、見事な剣技で私を追いつめていく。その瞳は虚ろで、なんの光も籠っていない。


「キャ!」


 私は足元が覚束なくなり、仰向けに転倒する。


 レシファーは、倒れた私の腹の位置に向かって剣を突き刺す!


 慌てて左に転がるが、躱しきれずにレシファーの剣が右腕を貫通する。


「うっ!!」


 私は苦悶の声を上げながら刺さった剣を引き抜き、距離をとろうと立ち上がる。しかし立ち上がる寸前に、レシファーが放った蹴りをまともに腹に食らい、吹き飛ばされる。


「あっ!」


 私はそのまま頭を強く床に打ち付け、意識が混濁する。


 朦朧とする意識の中、首をゆっくり動かすと頭の先にはもう床がなく、あるのは広大に広がる空だけだった。


 ここに登って来たときは青空だったのに、戦っているあいだに空は夕刻の表情を浮かべ、角度が下がった夕日が、この広間に差し込んでいた。


「もうチェックメイトかしらね?」


 カルシファーの嬉しそうな声が響いた。


「ハァハァ……随分と、嬉しそうじゃない……」


 私は瀕死の体で、カルシファーに返事をする。


 正直もう動けそうにない。


 体が急速に冷えて行っているのを感じる。


 血液が、床に転がる私の周辺に水たまりのように広がり、床の淵から下界にこぼれていく。ひんやりとした床の感触と、冷たい風が瀕死の私の体をさらに冷やしていく。


 こうやって死ぬことになるとは思わなかったな……でもレシファーに殺されるのなら、そこまで悪い結末じゃないのかも知れない。


 思えば三〇〇年以上も昔、国王にリアムを人質にとられて王城に出張った際、本当は私は殺されていたはずなのだ。そこにレシファーが助けに入ってきて、殺されずに済んだだけ。


 この命はレシファーによって維持されていたようなものだ。


 魔女狩りの時だって、元凶とされた私を庇って契約してくれた。


 キテラが張った結界の中に入った後も、眠り続ける私の側を三〇〇年間ものあいだ、片時も離れずにいてくれた。


 ずっと守ってくれていた。


 ずっと支えてくれていた。


 ああ、もう一度だけ……彼女と、レシファーと話したかったな……


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