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第58話開戦前 1

 私がレシファーに抱きかかえられ、連れて行かれたのはさっきまで戦っていた場所の二つ下のフロア。


「この先です」


 レシファーは私をお姫様抱っこしながらそう告げる。


 彼女の視線の先を追うと、何の変哲もないただの壁だった。


「隠し部屋ね」


 私でも流石に察した。


 ピックル達のアジトも見ていたからか、レシファーがやりそうなことは分かる。


「正解です」


 レシファーが壁に手を当てると、石レンガで出来た壁は、その一つ一つを歯車の様に回転させて道を開く。


 開き切った先には、これぞ王城と言わんばかりに豪華な部屋が広がっていた。


 私達の立っている所から見て右側には、赤と金の煌びやかなカーテンがつけられた窓があり、反対側の壁沿いには茶色の木をベースに、新緑の葉っぱの色で縁取ったタンスが置かれている。


 そのタンスの前には、白を基調としながら所々に赤いラインを入れた、高さのないローテーブルと椅子のセットが配置され、正面にはキングサイズのベットがお出迎えだ。


 真っ白なマットレスと枕に、深紅の掛け布団が、ベットをより一層上品に演出している。


「凄い部屋ね」


 瀕死であったはずの私は、思わず目を輝かせる。


 こんなのは見たことがない。


「うひょー!?」


 私達に続いて部屋に入ってきたポックリは、なんとも品のない声を上げる。


「ここは一応客間と言って良い部屋です。アレシア様はこの部屋でしばらく休んでください」


 レシファーはゆっくりと私を抱えたままベットに向かう。


「そんな呑気に寝ているわけには……」


「いいえ大丈夫です。しばらくは何も攻めてきたりはしませんよ」


 レシファーは私をベットに寝かせ、布団をかぶせる。


 なんだか嗜められているような気もするけれど、今のままでは戦えないのも事実だし、お言葉に甘えましょう。


「レシファー様、俺は?」


 ポックリはレシファーにたずねる。


「貴方は私と一緒に奥の部屋で待機です」


 そう言うとレシファーは、タンスの横の壁に向って歩き出す。


「それではアレシア様、おやすみなさいませ。ゆっくり休んでいてください。私達はこの奥にいますので」


 振り返ってそう言った彼女は、再び壁に向き合い、壁をノックすると唐突にドアが現れる。


 なんというか隠し部屋が多いのね。レシファーの趣味かしら?


「それでは」


 そう言い残し、レシファーはポックリと一緒に奥の部屋に消えていった。


「ふぅ……」


 私はベットで仰向けになりながら、怒涛の数日間を振り返る。


 本当にいろいろあった……私の今までの人生の中でも飛びぬけて濃い数日間だった。


 目の前でどんどん愛する人達を失って……光も魔法も失って……そして大量の悪魔達の出現。そいつらの悪行を目にし続け、泣き叫び、怒り、殺してきた。


 そのまま今度は異界にやってきて、悪魔の軍勢を退け、ミノタウロスの群れを消し飛ばし、冠位の悪魔であるカルシファーを消滅させた。


 そして私はベットに寝かされ、隣の部屋では死んだはずのレシファーとポックリが待機している。


 目まぐるしい数日間。


 そして今後を左右する数日間。


「……」


 私は徐々に睡魔に飲まれていく。


 回復のためにはしっかり寝ないとね……


 そのまま私は意識を手放し、宵闇の中に溶けていった。






「うん?」


 私はゆっくり目を開ける。


 周囲はまだ暗い。夜中だろう。ではなぜ目覚めたのか? それは簡単だ。誰かのすすり泣く声が聞こえてきたからだ。


「どこから?」


 私が耳を澄ますと、どうやら隣の部屋からだった。


 ベットからそっと降りて、眠る前にレシファーがやっていたように、タンス横の壁をノックすると扉が出現する。


 私は静かにその扉を開けて、隣の部屋へ。


 中は、私が寝かされていた部屋とほとんど同じ造りをしていた。


 ベットを覗くと、ポックリが一人で気持ちよさそうに眠っている。そのままポックリを起こさないように部屋を見て回ると、すすり泣く声は次第に大きくなっていった。


「ここが怪しいわね」


 私がベットの横の壁をノックすると、案の定扉が現れた。


 本当にどれだけ隠し部屋が好きなのよ。


 私は苦笑いしながら扉を開ける。


 開けると、その先は部屋ではなくバルコニーだった。白い木で出来た簡素なバルコニーには、その中央に青銅で仕立てられたテーブルと椅子のセットが置かれていて、そこにすすり泣きの犯人がいた。


 彼女は純白の薄いナイトドレスに身を包み、椅子の上で丸くなっていた。


「レシファー?」


「!?」


 すすり泣きの犯人は私の声に反応して顔をゆっくりとあげる。


「大丈夫?」


 酷い顔をしている。


 綺麗な顔をぐちゃぐちゃに歪ませ、涙は頬を滴り落ち、目は腫れている。


 それでもどこか品を保っているのは、流石という他ない。


「すみません。起こしてしまいましたか?」


 彼女は私の心配をする。


 そんな場合じゃないでしょう? まったく……


「そんなことはどうでもいいのよ。それよりも貴女よ」


 私はレシファーの隣に移動し、椅子の上で丸くなっている彼女の頭を優しく撫でる。


 不意に頭を撫でられた彼女の体はピクリと震える。


 ずっと大人びて見えていた彼女だが、こういう反応は見た目相応だ。


 夜の静寂に風の音だけが響く中、彼女はただ黙って私に頭を撫でられ続けている。


「私……」


 静かに、消えてしまいそうな声で、彼女は語りだす。


「今、いろんな感情が胸の中をぐるぐる回っていて、自分でも制御できないのです。実の姉に殺されてしまった自分、実の姉に操られてアレシア様と戦わされた自分、実の姉を追いつめてしまった自分……」


 レシファーは風の音にかき消されそうな、弱弱しい声だった。


 実の姉カルシファー。彼女との関係は、レシファーの精神に影を落とした。


 レシファーは、姉があそこまで変貌してしまった責任は自分にあると考えているのだ。


 もしも自分が異界から離れなかったら? もしも自分がアレシアという魔女と契約してなかったら? もしも自分が魔女狩りの際に悪魔達の味方をしていたら?


 そんな”if”のストーリーをいくつも思い浮べている。


「もちろんアレシア様の側を離れるという選択肢は私にはありません。その選択を後悔したことなどありません。けれど、それでも考えてしまうんです……もしも姉と穏やかに暮らせる未来があったらと……」


 私は黙ってレシファーを抱きしめる。


「えっ? アレシア様?」


「良いから……何も考えなくて良いから、罪悪感なんて抱かなくて良いから、今はただ泣きなさい。ここには私しかいないから」


 驚くレシファーの頭を胸に押しつけ、私は彼女の背中をさする。


 私にはこれぐらいしかできないから。


 レシファーが罪の意識をもつ必要なんてない。


 悪いのは私。


 私がこの姉妹を引き裂いたのだから。


「ありがとうございます……」


 そう言ったが最後、レシファーは私の腕の中で泣き続けた。


 胸に彼女の涙の温度が伝わってくる。


 背中をさすっている手に、彼女の深い悲しみがすり寄ってくる……


 何故だか私の目にも涙が浮かぶ。


 もらい泣き? 罪悪感? 安心感?


 分からない。


 分からないけどどうでもいい。


 今は私のことなどどうでもいい。


 ただ一つ確かなこと。


 それは私達が次に進むためには、このタイミングで過去を清算するしかないということだけ。


 私は彼女の体をより一層強く抱きしめる。


 夜の風に当てられている体は、お互いの体温を感じながら、それでも少しづつ冷えていく。


 雲の上のバルコニーに響くのは、一組の悪魔と魔女の泣き声だけだった……


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