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第57話姉妹 5

「レシファー……」


 カルシファーは実の妹に睨まれ、うろたえる。


「お姉様の気持ちは分かりました。しかし、私は私。私は貴女の所有物ではありません。カルシファーとレシファーは別々の悪魔です。ですので、お姉様のしたことを肯定することは出来ません! ましてや……」


 私は痛んだ体に鞭を打って立たせる。


 それぐらい、目の前のレシファーの魔力が憤っていたから……


「それで私にアレシア様を殺させようなどと、絶対に許しません!」


 そう言い放ったレシファーの周囲には、不自然なほどの魔力が満ち溢れ、一秒毎にその凄みを増している。


 今まで私が見てきたレシファーとは全く異なる姿……


 本当に怒っているのだ。


 おそらく、私がイザベラに殺されそうになった時よりもさらに激しく、強烈に。


 彼女の怒りが、熱量が、レシファーの後ろに立っている私でさえ強烈に感じられる。


 これを正面から受けているカルシファーは、どのような心境だろう? 


「姉妹で殺しあうの?」


 カルシファーは弱弱しい声で問いかける。


「私だって、出来れば殺したくはありません。しかし、先に一線を越えたのは貴女です。カルシファー!」


 レシファーも、本心では自分の手で殺したくないだろう。腐っても姉だ。それも昔はこんなでは無かったのだから尚更……


「レシファー……下がりなさい」


 私はふらつく体でレシファーの肩を掴むと、前に出る。


「アレシア様、一体どういうつもりですか?」


 レシファーの瞳に不安が映る。


 そんなに心配しなくても良いのに……


「私が殺すわ。カルシファーは私の獲物。私の復讐の相手なのよ」


 そう私は嘯く。


 勿論本心ではない。


 復讐の相手ではあるが、そうじゃない。一番の理由は贖罪だ。


 この姉妹の関係を壊したのは、他ならぬ私自身。


 だったら最後まで壊さなければ、責任逃れもいいところだ。


「その体では無茶です!」


 レシファーは自分でつけた傷を、申し訳なさそうに見る。


 そんなこと気にしなくても良いのに……


「大丈夫よ。レシファー貴女、私の異名を忘れたの? 言ってみなさい」


 私はここであえて強がる。意地を張る。


 忘れたとは言わせない。


 私の異名。


 強さの証明。


 私が唯一持っているものが、この強さなのだから。ここで発揮しなくていつ発揮する。


「追憶の魔女です……」


 レシファーはため息交じりで答えた。


 彼女はもう分かっているのだ。


 私がこう言い出したら聞かないことぐらい。


「行くわよカルシファー」


 私はふらつきながらも、レシファーに負けないくらいの魔力を放出させる。


「そうね。貴女なら殺りやすい!」


 カルシファーはそう言って右手に刃物を生成する。


 あれは確か……


 間違いない。エリックを殺した治癒が出来ない武器。


「切られたら終わりってわけね」


 今の私には接近戦用の魔法は無い。さらに言えば、体はズタボロでそうそう激しく動くことは出来ない。


「行くわよ! アレシア!」


 カルシファーはそう叫ぶと、私と同じタイミングで魔法を展開する。


「命よ、木々の果てよ、あの者に串刺しの刑を!」


「追憶魔法、我の周囲に追憶を、対象者の時を戻せ!」


 カルシファーの魔法により私の足元から鋭い木が生えて、私を串刺しにしようと伸びてくるが、私はそれを飛んで躱す。


 一方、私も追憶魔法でカルシファーがいた地点の時間を戻したが、一度見られているためか、彼女も難なく躱してしまう。


「それは見切ってるわ!」


 カルシファーは右手の刃物を構えて、私に踊りかかる。


 その間も地面から木々は生え続け、私を串刺しにしようと迫る!


 私は無詠唱で追憶を細かく飛ばすが、それらを全て躱して私の懐に潜り込んでくる!


 なんとか躱し続けているが、体がいう事を聞かず、次第に躱しきれなくなってきた。


「もらった!」


 カルシファーの勝利宣言は、その直後に響き渡る彼女自身の悲鳴でかき消された。


「うっ!!!」


 カルシファーは床に転がり、消え去った右腕を押さえて苦悶の表情を浮かべる。


「一体……何をした?」


 私は騒ぐカルシファーから距離を取り、一度深呼吸をした。


「気がつかなかった? 貴方が知らないだけで、私の周囲にはずっと設置型の追憶が回っていたのよ」


「嘘よ! 無詠唱で飛ばした追憶は全部躱したし、そんな設置型を発動するタイミングなんて……」


 カルシファーは、自身のねじ切られた右腕を庇いながら喚く。


「最初よ最初。ちゃんと聞かなくちゃ。我の周囲に追憶をって言ってたでしょう?」


 おそらく彼女と私の詠唱が重なったせいで、こっちの詠唱の中身が聞こえなかったのだろう。


 しかも私の詠唱で、彼女のいた空間が抉れていたのだから、あの現象が魔法の効果の全てだと思っても仕方がない。


「もう終わりよカルシファー。万が一にも貴女に勝ち目はない。冠位の悪魔の中でも、最弱な貴女には負けない」


 私は自身の推測をぶつける。


 カルシファーの顔が、苦痛とは違った意味で歪んだ。


「異界には五つの町があり、五体の冠位の悪魔がそれを支配していると聞いたわ。その時思ったの。そもそもこの町、エムレオスの支配者はレシファー。だから当然レシファーは、冠位の悪魔。でもそれじゃあ数が合わない。五つの街に六体の冠位の悪魔になってしまう」


 そこで気づいたのだ。


 カルシファーは、レシファーがあちらの世界に行ってから冠位の悪魔になった。六体目の冠位の悪魔。所詮はレシファーの代わり。代理……だから当然実力も冠位の悪魔の中では一番低いだろうと。


「カルシファー。貴女はレシファーの穴埋め」


「うるさい!」


 カルシファーは、怒りを露わにして木の槍を無数に飛ばすが、それらは全て私の追憶魔法に飲まれて消えていく。


「無駄よ」


「クソ!」


 カルシファーは悪態をついて俯く。


「レシファー。悪いけど彼女を殺すわ。それが門番との契約だから」


 私の言葉にレシファーは神妙な顔で静かに頷いた。


「さようならカルシファー。これが私達魔女の復讐よ」


 私は最後の別れをカルシファーに告げる。


 残酷に、冷徹に。


 この空間に広がる風が一層強く吹き荒れる。


「レ、シファー……」


 カルシファーは床に転がったまま、残った左腕をレシファーに向けて伸ばす。


 彼女は後悔と惜別の表情を浮かべ、涙を流し始めた。


 少し躊躇したけれど、もう後には戻れない。


 やってしまったことは消えない。


 当然、私の復讐もここで終らせることなど出来やしない。


「追憶魔法、対象者の時を戻せ!」


 私の詠唱が終了すると同時に魔法が発動し、容赦なくカルシファーを消滅させた。


「ハァハァ……」


 私はカルシファーを消滅させると、その場に蹲る。


 正直体は限界だった。


 しばらくは動けそうにない。


「アレシア様!」


「アレシア!」


 すぐに私のもとに駆け寄ってきたレシファーは、私の体をしゃがんで支える。


 階段の窪みに隠れていたポックリも、急いで駆け寄ってくる。


 二人ともなんて顔してるのよ。死んじゃいないわよ。


「流石にもう動けそうにないわ……」


 私は体を支えてくれているレシファーに、珍しく弱音を吐く。


 いくら魔力の消耗は無いと言っても、体のダメージは蓄積される。


「大丈夫です。ここにはもう敵はいません。ここは私の町ですから!」


 レシファーは気丈そうに振舞う。


 ここは彼女の好意に甘えよう。


「ここの下のフロアに部屋があるので、そこで休みましょう」


 そう言ってレシファーは、私をお姫様抱っこで抱え上げ、階段を降りていく。


「ちょっと恥ずかしいんだけど……」


「何を今さら恥ずかしがっているんですか? ここには私と狸しかいませんよ?」


 そう茶化してレシファーは、ゆっくりと階段を下っていく。途中、ポックリが狸扱いされたことにブーブー言っていたが、レシファーは気にせず部屋に向って進んでいく。


「これからのことは、部屋で話しましょう」


 レシファーは静かにそう言った。


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