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第60話開戦前 3

 私が着地した場所は平原。


 大型のトラップを仕掛けるには絶好の場所だ。


 ここで仕掛けるトラップで、相手の数を出来る限り削るのが主な役目となる。


「追憶魔法、数多の軍勢を捕らえろ。数多の敵を葬り去れ。我の合図と共に起動せよ!」


 私の詠唱と共に、私が立っている地点を中心に半径二十メートルに渡って刻印がにじみ出る。


「良い感じね」


 トラップの設置を確認すると、指を鳴らして刻印を隠す。


 これでこの地点でのトラップは完成。


 私は再び宙に浮くと、来た道を引き返しながら、一定の間隔で着地をしてはさっきのトラップを仕掛ける。


「ふう……こんなものかしら?」


 私が最後のトラップを仕掛け終わるころには、エムレオス目前まで戻ってきていた。


「なんだか凄いことになってるわね……」


 私は思いっきり姿を変えたエムレオスを見て愕然とする。


 レシファーの魔法は”命”そのもの。


 本来は直接の戦闘よりも、こういった設置をしたり何かを作成するのが得意な魔法なのだが、それにしたって変わり過ぎだ。


 トラップを仕掛けに出て半日、戻ってみれば町は以前の姿を失っていた。


 城壁などはなく、いきなり町になっていた正面もキッチリ壁に覆われている。


 あちらの世界でレシファーと一緒に用意した森ではなく、今度は棘で出来た壁だ。


 一本一本の棘が、人間の背丈程の長さを誇っており、触ってみると剣のように固い。


 そんな棘の壁が、十数メートルの高さでエムレオス全体をぐるりと覆っている。


「アレシア様、お疲れ様です!」


 上空を見上げると、ついさっきまでこの壁を作成をしていたのか、汗だくのレシファーが上空から私の隣に降りてきた。


「そっちこそ。凄いわね、この城壁」


「今回は魔力の制限がありませんからね。全力を出し切りました」


 レシファーが得意そうに答える。


 どうせレシファーのことだから、この城壁だってただの壁ではないのだろう。


「上から見ていい?」


「もちろんです!」


 私とレシファーは飛び上がり、エムレオスの上空に移動する。


 ちょうど敵がやって来る側の壁内を見ると、なにやら建物の屋根の上によくわからない植物が生えている。


「あれは何かしら?」


 私は隣のレシファーにたずねる。


 彼女が、あんなところにわけもなく植物を生やすわけがない。


「あれは迫撃砲ですね」


「迫撃砲?」


 私は首を傾げる。


「ええ。あの植物の頭に咲いている大きな花の中心から、巨大な種子の榴弾を放ちます」


 レシファーは涼しい顔で恐ろしいことを口にする。


 結構えげつない兵器だと思うが、敵の数はおよそ六千体。備えすぎて困ることはないだろう。


「アレシア様の方はいかがでしたか?」


「こっちも万全よ。魔力の気配は消したし、バレないはず。私の詠唱に反応するようになっているから、誤爆の心配もない」


 私もレシファーに負けず劣らずの得意顔で報告する。


 敵の悪魔の軍勢が、本当にただ六千体の悪魔だけならなんとかなりそうだが、相手が何かしらの作戦を立ててきた場合は、数で劣るこちらが不利になる。


「問題はあちらさんの戦力ね」


「そればっかりは始まってみないと分かりませんね。とりあえずやれることはやったので、城に戻りましょう」


 レシファーは肝が座っているというか、達観している。戦争慣れしているわけでは無いだろうけれど、それでも彼女は、今更慌ててもどうしようもないことぐらい分かっているのだ。


「そうね。そろそろポックリもむくれてる頃でしょうし」


 私達はそのまま高度を上げて、カルシファーと戦った雲の上の広間に着地する。


「空を飛べるとこの場所は便利ね」


 私は疲れた体を伸ばす。


「それはもう! 結構便利に造りましたから」


 そうか。この城を建てたのはレシファーなのだ。


 だから隠し部屋が何個もあったり、こういう発着に便利な場所がある。


「ポックリはどこにいるのかしら?」


 私は、てっきりここで私達を待ち構えているものと思っていたけれど、案外そう暇ではないのかも知れない。


「ああ、ポックリなら地下にいますよ」


「地下? この城に地下なんてあるの?」


 私は驚愕する。


 そもそもこの城の地下でポックリが何をしているのか、皆目見当がつかない。


「行きますか?」


「見てみたいわ」


 レシファーは床から下に続いている階段を降り始める。私も彼女の後に続いて降り始めるが、最初にこの城に入った時のことを思い出して、地下への入り口なんて無かったはずと思案する。


「また隠し扉か……」


 思案するだけ無駄だと悟った。


 答えは目の前を歩くレシファーが証明している。


 絶対隠し扉になっているはずだ。


「ところでポックリは地下で何をしているの?」


 地下も見てみたいが、ポックリの仕事っぷりも気になるのだ。


「何をしているかまでは分かりません。町の皆さんに演説した後に、あの狸を閉じ込めたので」


 さらりと怖いことを言っている気がするが、気にしないでおこう。


 レシファーに限って、そんな酷いことをするはずがない。


「ここです」


 彼女が立ち止まったのは、私がミノタウロスの群れと戦っていた大広間のど真ん中。そこをレシファーが踵でノックすると、床が左右に開き、地下への入り口が顔を出す。


 中は階段一本道で、左右に一定間隔で蝋燭が灯され、薄暗い不気味な通路となっている。


「この下にいるのね?」


「はい。変に動かれると、ポックリが死なないようにするのが大変なので、この下の部屋で休んでいただいております」


 レシファーは穏やかな口調で説明する。


「それってものは言い様じゃない?」


 彼女の言葉を乱暴に変換すると、ちょろちょろされると目障りだから幽閉しましたになると思うんだけど?


「まあ良いか。行きましょう」


 私達が階段を下り始めて五分ほど経った時、ようやく木の扉が見えてきた。扉の上の方にはガラスでできた窓があり、中からオレンジ色の暖かい明りが漏れている。


「ポックリ? 何しているの?」


 私がドアを開けると、さっきまでずっと薄暗い階段を歩いていたせいか、部屋の中の光が目に刺さる。


 一瞬目を閉じて、そのままゆっくりと目を開けると、想像以上に綺麗な部屋だった。


 簡単に言ってしまえば、私が上のフロアで寝ていた部屋とほとんど変わらない。


 地下室だと聞いて、石で出来た質素な部屋に鎖で結ばれているポックリをイメージしていたのだが、随分と小綺麗な空間だ。


「おう! アレシアにレシファー様! お帰り~」


 ポックリは部屋の中央に置かれた大きなベットで横になり、こちらをジッと見つめていた。


「良いご身分ね?」


 私は若干の嫌味を込めてみる。


 人が防衛戦のためにトラップ仕掛けたり、城壁を造っている傍ら、この狸はベットでくつろいでいたらしい。


「いやいやアレシア。結構大事な役目だぜ?」


 ポックリはどこか満足げに言い放つ。


 自分にも役割が与えられて嬉しいと顔に書いてある。



「どんな役目よ?」


 ここでの役割で、そんなに大層な役割なんて思いつかないのだけど?


「実はこの部屋は、魔力を込めることで城の仕掛けを動かす構造となっているのです」


 レシファーがポックリの代わりに答える。


「仕掛け? レシファー、一体この城にどれだけカラクリを仕込んでるのよ」


 私は呆れた顔で隣のレシファーの横顔を眺める。


「たいした仕掛けではありませんよ? ただ最悪のシナリオとして、ここまで敵の侵入を許してしまった場合、この部屋で魔力を込めれば侵入者を迎撃する仕掛けが発動します」


 そう話す彼女はどこか楽しそうだ。


「そういうことね……責任重大ねポックリ」


「おう任せとけ!」


 ポックリはベットの上で胸を張る。


「じゃあポックリ、城の警備は任せたわよ」


 そう言い残し、私達は部屋を後にした。


「ねえレシファー?」


「なんです?」


「さっきの話って本当?」


 私は万が一にもポックリに聞かれないよう、地上に上がってからレシファーに問いかける。


「ああ、城の仕掛けのことですか? 嘘に決まってるじゃないですか。ただポックリを安全に隠しとくにはあれが最適なのです」


 レシファーはさらりとした口調で答える。


 私は、レシファーが嘘をついたのを初めて目にした気がした。


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