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第61話エムレオス防衛戦 1

 私とレシファーは無事にポックリの安全を確保して、今後の打ち合わせを済ませ、眠りにつく。


 アギオンの軍勢が順調に行軍していれば、到着は明日のお昼頃のはずだ。


 休める時に休んでおきたい。


「全ては明日で決まるわね」


 私は一人ベットに横になり、呟く。


 そう。全ては明日決まる。だからもう休まなくちゃ。心配で、緊張で眠れなくても寝よう。寝る努力をしよう。


 そうして私は目を瞑り、気がつけば意識を手放していた……





「アレシア様、そろそろ」


 私は、耳元で囁くレシファーの声を目覚まし代わりに、覚醒する。


 もうそろそろ敵の影ぐらいは見えてくるだろう。


「ええ。行きましょうか」


 私は起きてすぐにベットから飛び降り、レシファーと共に上の開けたフロアへ向かう。


 階段を登り切ると、そこにはポックリが激励のつもりか、私達を待っていた。


「二人とも気をつけて……」


 ポックリはほとんど泣きそうな顔で私達に抱きついてきた。


 小さいポックリは短い手を精一杯伸ばし、私達の太ももあたりに抱きつく。


「絶対に死なないでくれよ!」


 力の限り私達を抱きしめた後、ポックリはそう言って解放する。


「勿論よ!」


「私もアレシア様も必ず生きて帰ると約束します」


 レシファーも私に続いてそう宣言し、ポックリの頭を撫でる。


「ですからお城はお願いします」


「任された!」


 ポックリは胸を張って、その短い手で自身の胸を叩く。


「じゃあ行ってくるわね!」


 私とレシファーは翼を展開し、宙に浮く。


 ポックリに手を振って青空の中に飛び出し、真下の雲を突っ切って地上に向かう。


「あの辺で」


 レシファーが指さした先には、いつの間に作成したのか、城壁よりも遥かに背の高い巨木で出来た塔が建てられていた。


 巨木で出来た搭に着地し、そこから敵がやって来るであろう方角を見据えると、遠くで真っ黒な影が蠢いているのが見えた。


 確かにあの影の厚みは、数百では作れない。


 確実に数千はいる。


 敵の偵察部隊は、もうすでに私が仕掛けたトラップをとっくに越えているだろう。


 だけどそれで良い。ここではまだ起動しない。


「相当な数ですね」


 レシファーも目を丸くして遠くを見据える。


「怖い?」


 私は震えるレシファーの手をそっと握る。


「アレシア様こそ」


 ぎゅっと握り返された私の手は、レシファー同様震えていた。


 怖くないと言ったら嘘になる。


 敵は報告にあるだけで六千体。怖くないわけない。だけれど、負けるという悲壮感はない。勝てると信じているし、負ける気もしない。


 恐怖と余裕が、同時に胸中に滞在する不思議な感覚だ。


「段取りは昨日話した通りで良いわよね?」


「ええ、今回の戦いにおいて時間稼ぎはまったく意味を成しませんから、敵を十分惹きつけてから罠を発動します」


 そう今回の戦いにおいて、もっとも重要なのがトラップのタイミングだ。これが全てを左右する。


 普通の戦いなら、遠距離に設置したトラップを敵が通過した場合、即座に発動させて敵に警戒心を抱かせ、行軍を遅くするやり方がある。


 それも間違いではないし、むしろそっちが本来の使い方だろう。


 だけどこの戦いに時間稼ぎは意味がない。意味がないどころか、時間がかかればかかるほど敵に有利に働く。


 そこでレシファーと私が出した答えはただ一つ。


 もっとも多くの敵を殺せるタイミングまで罠を隠し、発動したらもっとも敵が混乱するタイミングでトラップを起動するというものだった。


 その混乱に乗じて、高出力の魔法で敵の軍勢の数を一気に減らす。


「作戦と言うにはあまりに乱暴だけど、仕方ないわよね?」


「これだけの戦力差があっては、やれることは限られます」


 レシファーの意見に完全に同意する。


 手駒がないチェスで勝つのは難しい。手駒がないなら、盤外の戦術を取るしかない。


「そろそろ視認できるところまでやって来たわね」


「そうですね。こちらの兵の用意も出来ています」


 レシファーの言葉を聞いて、私は下を見る。


 城壁の内側には馴染み深い森が発生しており、木人と呼ばれる木で出来た身長三メートル程の兵がざっと三百体程揃っている。


 木人一体で、中級悪魔五体と渡り合えるとレシファーから聞いているが、そこまで期待はしていない。


 というより、レシファーも私も、この城壁より内側に敵を通すつもりは全くない。


 木人たちは最後の保険のようなものだ。


 いよいよ敵の偵察部隊が、城壁から二百メートル程のところで停止する。


 どうやら敵は、あのラインで陣を構えるらしい。


 続々と続く悪魔の群れ。


 空を飛んでいる悪魔もちょくちょくいるが、全体の十分の一にも満たない数だろう。


 やはり敵のほとんどは地上を行く。


 目の前の風景が徐々に黒い影に覆われていく。


 悪魔の行軍の足音がこの戦場に響き渡る。


「想像よりも凄まじい数ね……」


 私はあまりの光景に絶句する。


 これがアギオンの軍勢……総勢六千体の悪魔の集合体。


 相手はこちらが城壁を展開するのを見越してか、ところどころに投石機や、バリスタの姿も見える。


「あれは厄介ですね」


 レシファーもバリスタを見て顔を歪ます。


 そもそもバリスタが無かったとしても、上級悪魔達が放つ魔法に対処しなければならないのだ。そんな中、あんな本格的な攻城兵器を持ち出されたんじゃたまったものではない。


「あれは隙をついて私が飛ばすわ」


 なんとか敵の攻撃魔法を防ぎながら、追憶魔法であのバリスタを消し飛ばす必要がある。


 低級悪魔達は、そのほとんどがたいした魔法は使えないため、棘の城壁が健在であれば数に数えなくていい。


 だがもしも城壁を破られた場合、下級悪魔と言えどあの数で来られては厄介だ。


 だからこそ、この城壁の防衛が私達の生死を分けるだろう。


「聞こえるか? 裏切り者とその契約者!」


 声は魔力を使って増幅させているが、間違いなく敵の軍勢の中から聞こえてきた。今回の指揮官だろうか?


「何者です? 姿をあらわしなさい!」


 レシファーも声に魔力をのせて返事をする。


 そしてレシファーの声に反応して、敵の軍勢の中央が左右に割れ、その間を巨大な鉄の鎧を着た悪魔が先頭に向って歩いてくる。


「今回、アザゼル様より命を受け、アギオンの軍勢を率いるクロノドリアと申す!」


 堂々とそう自己紹介をしたクロノドリアは、その鋼鉄の兜の隙間から鋭い眼光を放っている。


 背丈は優に三メートルを越え、鎧のせいでよく見えないが、所々からのぞく肌は緑色をしている。決して筋骨隆々というわけではないが、それでもそこらの上級悪魔達よりも威圧感がある。


「私はエムレオスの盟主、冠位の悪魔レシファー! 引いてくれとは言いません! ここまで来てしまったら殺しあうのみ!」


 レシファーはそう宣言すると、魔力を練り始める。早速仕掛ける気だ!


「放て!」


 レシファーの合図によって城壁の内側から、凄まじい爆発音と共に種子の榴弾が数多発射され、敵の軍勢に降り注ぐ。


 敵の軍勢は空中から飛来する種子の榴弾を見上げる。


 何が起こるか観察する気だろう。


 敵の数は六千体……そのうち何体が死のうが、たいした痛手ではないのだ。


 榴弾は敵の陣地のいたるところに降り注ぎ、着弾する。


 着弾した瞬間、赤白い爆風と地響きが周囲に木霊する。その爆風の直後には黒い煙が立ち込め、まるでカーテンのように相手の陣営と私達の間を遮った。


 黒いカーテンの向こう側で、予想以上の被害が出たのか悪魔達の騒ぐ声と、悲鳴が聞こえる。


「まずは成功ね」


「ええ、早速次弾を放り込みます」


 レシファーはそう言って合図をする。


 一気に畳みかける気だ!


 再び凄まじい爆発音と共に榴弾が発射され敵に降り注ぐ。


「甘い!」


 しかし、放たれた榴弾が敵の真上に来た瞬間、無数の炎の魔法で全て撃ち落されてしまう。


 さっきの声はクロノドリアのもの……やはり二撃目は通用しないか!


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