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第63話エムレオス防衛戦 3

「なんて威圧感!」


 化け物の咆哮は衝撃として周囲に拡散する。


 私とレシファーは吹き飛ばされないように体を屈め、城壁は揺らぎ、敵陣の悪魔達でさえ何体か吹き飛ばされている。


 あれは格が違う。


 今まで出会ったどの魔獣よりも上を行く化け物……


「あれを消し飛ばすことは出来ますか?」


 レシファーは屈みながら小声で耳打ちする。


「さっきから追憶魔法で飛ばそうとしてるんだけど、あれも悪魔の一種なのかしら? 時間の概念が無いから本体を指定できない。だからアイツがいる空間を指定するしかないんだけど、あれだけの大きさだと範囲の指定が難しいわ」


 あれが地上にいてくれたら、全体を一瞬で消し去ることは可能だろう。高さまで絞らなくてはいけないから、空中だと範囲の指定が難しいのだ。


「追憶魔法、対象者の時を戻せ!」


 全体を消し飛ばせないとしても、部分的には消し飛ばせる。


 いくら図体がデカかろうと、頭さえ飛ばしてしまえば問題ないはずだ!


 私の追憶が、空飛ぶ化け物の頭を捉えて消し飛ばす!


「やった!」


 私とレシファーは揃ってハイタッチをするが、どうにも様子がおかしい。


 様子というより、敵陣の魔力の流れがおかしい。


 頭を消し飛ばされた化け物は、地上に落ちていくでもなく、ただそこにあり続けている。


 一向に落ちる気配がない。むしろ魔力が化け物の真下から這い上がっている。


「アレシア様、あれを!」


 立ち上がったレシファーが指さす先は、敵陣のど真ん中、化け物の真下。


 よく目を凝らしてみると、レシファーの言いたいことが理解できた。


 なるほど……これは不死身と言って差支えない。


「どうやらあの化け物、自身のダメージを真下の悪魔達を生贄に修復するようですね」


 レシファーが青い顔をして口にした。


 頭を消し飛ばされたあの化け物の修復のために、数十体の悪魔が犠牲になっている。


「無駄だ! このコキュートスは不死身だ!」


 クロノドリアの歓喜の声が戦場に響き渡る。


 そして自身の修復を終えたコキュートスは、背中に生えている六枚の翼を広げて、魔力を貯めている。


「来るわよ!」


「命よ、絶空に浮かぶ湖畔よ、その一帯に木と水の加護を、太陽の恵を顕現せよ!」


 私の合図に合わせて、レシファーが素早く詠唱を完成させる。


 コキュートスは自身の翼に集まった魔力を六つの球体として、私達に向けて放つ!


 その一つ一つが、小屋一つぐらいなら軽く飲み込めそうな質量を誇っている。


「なんて大きさ!」


「防ぎ切ります!」


 私の声に反応したレシファーが自信満々に答えた。


 レシファーの魔法によって、私達とコキュートスのあいだに、人一人分ぐらいの大きさの球体が浮かび上がる。その球体は球根のような形状をしている。


「展開!」


 レシファーの合図と共に、宙に浮かぶ球根からおびただしいほどの木々が、凄まじい速度で広がりエムレオスの上空をドーム状に覆っていく。


 レシファーが即席で作れる最大の対空防御魔法だろう。


 木々のドームはドンドン手前にも伸びてきて、その壁を何重にも張っていく。


 木々のドームが完成した直後、コキュートスの巨大な六つの球体が一層目に直撃する!


 何かを削るような共鳴音が鳴り響き、何重にも張り巡らされたドームの内側にいる私達にまで、その音が振動となって伝わる。


 コキュートスの球体がぶつかった箇所を見ていると、一層目のドームはもうすぐ貫通しそうだ。なんて威力……しかも全然球体の魔力を削れていない!


「見てください!」


 レシファーの指摘通り、私も驚いた。


 一層目が突破され、二層目にぶつかっている球体の周囲には氷が発生していた。


「あれが地表にぶつかったら……」


「ええ、おそらく周囲一帯が氷漬けになります」


 そうこうしているうちに、コキュートスの球体は二層目を突破し、三層目に衝突していた。


「レシファー、空中は任せたわよ!」


 私はコキュートスの球体が小さくなっているのを確認して、レシファーに空を任せる。


 コキュートスに気を取られている内に、敵の本陣が動き出していた。


 敵は投石機を使って巨大な岩に魔力を込め、その強度と破壊力を増して飛ばし始めている。


「追憶魔法、飛来する敵を捉えろ、周囲に一切の存在を許すな!」


 私は飛んでくる魔法や、巨大な岩など、悪魔以外が接近した場合にそれらを消し飛ばす刻印を発生させる。


 それによって敵の放つ遠距離攻撃はほとんど無効化されるが、それは完璧ではない。


 この刻印なら普通は全て補足出来るのだが、如何せん飛来物の数が多すぎる。私が目で追えないほどの数だ。


 それによっていくつかの魔法や岩が私の魔法をすり抜け、城壁に衝突する。


「このままではじり貧ね……」


「アレシア様、こちらも厳しいです!」


 レシファーの声に上を見ると、なんとか木々のドームで敵の攻撃を防いでいるが、コキュートスの攻撃テンポが速いのと、悪魔達の空中部隊がドームに張り付いているせいで、修復が間に合っていない。



「トラップを発動するわ」


「今ですか!?」


「ええ、今しかない。城壁も破られた。侵入してきた中級悪魔達は木人たちが蹴散らしているけど、数の差が圧倒的過ぎてそのうちやられる……今、あのトラップを使って敵に混乱を与えるしかない」


 そう。ここしかない。敵は絶対にトラップの存在を疑ってない。あったらとっくに使っているはずと考えるだろう。


 そしてコキュートスの召喚と共に敵が前がかりになっている今、こちら側にこれ以上の策がないと信じ込んでいる今こそ、あのトラップは最大の効力を発揮する。



「追憶魔法、時間差刻印始動!」


 私は両手を前に突き出し、静かに冷たい声でそう告げる。


 これが悪魔達への別れの言葉となれ!


「命よ、空中に漂う者たちに鉄槌を、木々の怒りを見せよ!」


 私のトラップ発動と共に、レシファーも反撃の詠唱を開始する。


 レシファーの魔法によって、ドームに取り憑いていた悪魔達の体を、ドームから発生した巨大な棘が貫通する。危険を察知して空に逃げる悪魔達も、執念深く追い続ける木々から逃れられずに次々と捕まっていく。


 レシファーのお陰で敵の空中戦力はコキュートスだけとなった。


 次は私の番!


 私がトラップ発動の刻印を起動したと同時に、敵の隊列の一番奥から順々に広範囲にわたって、地面に刻印が浮かび上がる。


「消え去れ!」


 私の合図によってトラップが作動し、刻印の上に立っていた者全員の存在が一瞬で消失した。


 さっきまで色めき立っていたアギオンの軍勢も、流石に静まり返っている。


 無理もない。


 突然地面が光りだしたかと思ったら、次の瞬間には主力部隊の半分ほどが消し飛ばされたのだ。


 それも自分たちが優位にたったタイミングで。


 あのクロノドリアも、唖然としていて次の指示を出せないでいる。


 それだけこのタイミングでのトラップは、敵軍の士気に大きな影響を与えた。


 クロノドリアはともかく、彼の指揮下に置かれている悪魔達は、このトラップをトラップだとは思わないだろう。


 なんの準備もなく、これだけの規模の被害を生み出せる魔女が敵にいると思ってしまう。あれが事前に仕掛けられていたなら、もっと早くに使っているはずと考える。


 だからこそ、この最大規模のトラップは今なのだ。


 敵が勝てると信じた瞬間こそ、精神的に油断が生まれる。


「レシファー交代よ!」


「はい!」


 レシファーと私は対処する敵を交換する。


「レシファーは混乱に乗じて敵軍の殲滅を」


 私は翼を展開し、宙に浮かぶ。


 対してレシファーは同じく翼を展開するが、行き先は地上へ。


「私はコキュートスを仕留めるわ!」


 そう言って私達は地上と空に別れた。


 元々木を操るレシファーは地上戦こそ力を発揮する。


 それに先ほどのトラップによって敵軍は混乱中、そんなタイミングでレシファーが迫ってくれば、敵軍は総崩れとなる。


「後は私がお前を押さえれば、勝ち筋が見えるのだけどね」


 私は視線の先にいるコキュートスを睨んだ。


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