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第64話エムレオス防衛戦 4

 正直今の状態では勝てるとは思えない。しかし、それは地上を請け負ったレシファーにも言えること。彼女が負けるとは思えないが、町を守りながらとなると話が変わってくる。


 いかに異界では数の優位性が無いといっても、限度がある。


 だからこそ、私は私でコキュートスに致命傷を負わせ続け、修復のための生贄として地上の悪魔達を減らす。レシファーはレシファーで、地上の悪魔を減らせば、やがてコキュートスの修復に使える悪魔が尽きる。


 お互いに離れていても、これは共同戦線だ。


 どちらかが倒れた瞬間に負けは確定し、エムレオスは灰塵となるだろう。


「早速ね」


 私はコキュートスが再び放ってきた六つの球体を、追憶魔法で消し飛ばしていく。今のところ互角。


 敵の攻撃手段はそれだけでは無いはずだが……


 埒が明かないと見たか、コキュートスは一度咆哮を放ち、私の動きを止めた後、一気に私との距離を詰める。


「!?」


 私は慌てて空高くに飛翔し、コキュートスの突進を避ける。


「ついてきてるわね……」


 真上に向かって上昇を続ける私は、真下を振り返るとコキュートスはしっかりと私を追ってきている。


「このままついてきなさい!」


 私はそう叫び、さらに加速すると雲を抜けた。


 雲の上に出た瞬間、真下からコキュートスのものと思われるブレスが、さっきまで私がいた雲に直撃する。


「やっぱりそうよね」


 あれだけの規模の化け物の攻撃手段が、突進と球体を飛ばしてくるだけなわけないものね。


 そしてブレスが私の真横を通過した直後、コキュートスの巨躯が雲を突き抜けて、雲の大地と青空の狭間に出現する。


 ここには私たち以外は存在しない。


「追憶魔法、対象者の時を戻せ!」


 私は再び先ほどと同じ魔法を展開し、頭を狙ったが、コキュートスは私の魔法の仕組みに気がついたのか、頭を躱し、代わりにコキュートスの腹部の一部が抉られた。


「やっぱりたいしたダメージは期待できないか……」


 私は苦虫を嚙み潰したような顔でコキュートスを見る。


 抉った腹部をじっくりと観察していると、傷の治りが遅い?


 なぜ? まだ地上の悪魔は大量にいるはず。


 いくらレシファーが強いといっても、敵はまだ二千体は下らない。


 だから魔力が不足しているというわけでは無いはずだが……


「くっ!」


 考えている最中に、コキュートスがブレスを放ってきた。


 腹が抉れてても関係なしか……


 私の真横を通過したブレスが真下の広々とした雲にぶつかり、雲が徐々に凍っていく。


 あのブレスはやはり氷属性、その凍らせる力によって雲の水蒸気が固まったのか……


 私は生まれて初めて雲の上に降り立った。


 コキュートスの腹部はほとんど修復されていて、先ほどのダメージも残っていないだろう。


「厄介だけど、どうして傷の治りが遅くなったのかしら?」


 私はもう一度追憶魔法を発動し、コキュートスの体のどこでもいいから抉るつもりで、速度を優先して発動する。


 コキュートスはさらに高度を上げて躱そうとするが、追憶はコキュートスの足にヒットする。


 そして私はもう一度しっかり観察する。


 さっきとは違い、コキュートスの体を修復するための魔力の流れに注意を払う。




「分かったわ! そういうことね……だったら!」


 コキュートスの弱点に気がついた私は両手を大きく広げて、詠唱を開始する。


「追憶魔法、敵に時空の弾丸を、無数の刃となって敵を抉り取れ!」


 私の背後に無数の時空の揺らぎが発生する。


 コキュートスの傷の治りが遅い理由は単純。


 距離だ。


 地上とここまでの距離が離れているため、ここまでの魔力の到達が遅い。


 コキュートスは召喚された者。


 この異界に存在する悪魔達や私のように、異界の空気に含まれている魔力は使えない。


 召喚された者は、その召喚主からしか魔力を供給できない。


 そして今回の召喚主は、アギオンの軍勢そのもの!


 だったら話は早い。


 コキュートスの修復が終わる前に、一定レベルの攻撃を畳みかければ良いだけだ。


「消し飛べ!」


 私の号令の下、無数の追憶の弾丸が一斉にコキュートスに襲い掛かる。一発一発は人一人を消し飛ばす程度の追憶だけれど、それが数百、数千ともなれば相当な脅威となる。


 加えてコキュートスは体が大きい。


 的としてはこれだけイージーな化け物は他にいない。



 当然、コキュートスも反撃に出るが、相手のブレスは悉く追憶の弾丸に抉り取られ、その規模を小さくしていく。


 私のもとに届くころには、ほとんど消えかけている。


 それに引き換え、私の追憶の連弾はコキュートスの自己修復能力を上回り、徐々にその体は消滅していく。


 このまま押せば行ける!


 私がそう確信した瞬間、コキュートスは自身にため込んでいた魔力を一点に凝縮し始める。


「まずい!」


 私は一気に上空に避難し、足元にありったけの魔力を込めて追憶の壁を設置する。


 追憶の壁越しに下を見ると、コキュートスを中心に凄まじいほど濃縮された魔力が迸り、周囲を凍り付かせていく。


 あれは……自爆?


 私はそう予想した。もう勝ち目がないことを悟って、最後の攻撃に出たのだと。


 そしてそれは現実となった。


 コキュートスが最後の咆哮を上げた後、眩いほどの閃光を放ち、一気にその魔力を拡散した。


 その閃光は私の視界を奪い、閃光の後に強烈な衝撃波と、信じられないほどの冷気が押し寄せてきた。


 私は盲目のまま無我夢中で真下に追憶を放ちながら、ひたすら上空に逃げていく!




「ハァハァ……」


 しばらく逃げ続けた後、息を切らしながら真下を見ると、信じられない光景が広がっていた。


 さっきまで私とコキュートスが戦っていた雲の上の戦場は、その周囲の雲は勿論、そこに漂う魔力までもが糸状に凍結し、氷の世界が広がっていた。


 もしも私が咄嗟に上空に逃げていなければ、ここで氷像になっていただろう。


「とんでもない威力ね……」


 どんな攻撃でも、空気中に漂う魔力にまで影響を与えるものは見たことがない。それをあのコキュートスは、最後の最後で披露してきた。


 自身の全力を繰り出してきた。


 私はコキュートスが最後に作り上げた氷の世界に目を奪われるが、すぐに今が戦争の真っ最中だということを思い出す。


「レシファー!!」


 私は相方の名前を呼んで、一気に下降していく。


 目指すは地上、レシファーの隣へ。


「もうすぐ」


 私は雲を抜けて、エムレオス上空にまで戻ってきた。


 敵陣に目を向けると、森が発生していた。


 それも地面からでなく、空間から直接太い木が生え揃い、あたりの悪魔達を押しつぶしている。


 これは私がイザベラ相手に使った、ありとあらゆる空間から大量の樹木で敵を押しつぶす魔法。それをレシファーがさらに強化して、その範囲と威力を増したものだろう。


 あれでは、そこらの普通の悪魔達では厳しい。


「追憶魔法、指定した範囲の時を戻せ!」


 私はレシファーに向ってきていた悪魔達を消し飛ばし、彼女の真横に着陸する。


「アレシア様!? コキュートスはどうしたのですか?」


「ちゃんと仕留めたわ」


 レシファーは私の言葉に驚く。


 まあそうよね? たぶん私も彼女も無意識に、レシファーが地上の悪魔達を葬り去って、コキュートスが自身の修復を出来なくする方が先だと思っていた。


 その順序が逆になったのだから、驚くのも無理はない。


「じゃあ残すは」


「ここの地上にいる悪魔、約五百体程ですね」


 かなり削ったものだと思う。私がコキュートスを通じて消した悪魔など精々数百体。私のトラップでかなりの数の悪魔を消したとしても、レシファーは単体で、この短い時間に千体近い悪魔達を葬り去ったことになる。


 流石は冠位の悪魔というべきかしら?


「私は他の悪魔達を消すから、クロノドリアは任せるわね」


「お任せを」


 そう言って二人で走りだす。


 クロノドリアは指揮官らしく、敵陣の最奥に待機している。


「命よ、その形状を変えて、参戦せよ!」 


 走りながらレシファーは詠唱し、空間から生えた剣を手に取る。


 レシファーの接近戦用の魔法だ。


 だったら私もレシファーの道を作ろう!!


「追憶魔法、対象者の周囲を開け、押し寄せる者たちに時の牢獄を!」


 私の詠唱直後、レシファーの左右を追憶の壁が覆う。さらにその幅を徐々に広げていき、触れた悪魔達を消し飛ばしていく!


 その魔法を見て恐怖したのか、遠巻きに見ていた悪魔達は次々と戦場から離脱していく。


 忠誠心より恐怖心が勝ったみたいね……所詮は即席の軍隊か……


「お覚悟!」


 すでに敵将の真ん前まで接近していたレシファーは剣を構える。


「舐めるなー!!」


 クロノドリアは地面から巨大な剣を取り出し、見た目からは想像できないほどのスピードでその剣を振るう。


 しかしレシファーはそれを予想していたのか、地面をつま先でノックしてその剣と自身との間に木の壁を生成する。その壁にクロノドリアの巨大な剣がヒットし、壁が崩れ去るが、そこにはもうレシファーの姿は無い。


「終わりです」


 そう冷たい声が響いた直後、クロノドリアの真上から降ってきたレシファーが、兜の隙間、ちょうど目にあたる部分から剣を突き刺し、クロノドリアを絶命させていた……



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