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第65話災厄の悪魔 1

「ハァハァ」


 クロノドリアに突き刺した剣を抜き、レシファーは肩を上下に揺らす。


 私は残った悪魔達を消し飛ばしながら、クロノドリアの絶命を、アギオンの軍勢の敗北を知った。


「やったわね! レシファー!」


 私は思いっきりレシファーに抱きつく。


 勝てるとは思っていた。


 しかしそれでも、本当に二人だけで六千の悪魔の軍勢を退けることが出来るとは……それも二人そろってたいしたダメージも無く。


「ええ! 結構ギリギリでしたけど」


 レシファーは肩で息をしながら、そう笑みをこぼす。


 久しぶりに彼女の笑顔を見た気がする。基本的に無表情が多いレシファーだが、時折こういった顔を見せてくれる。


「残った悪魔達は撤退ですか?」


 レシファーは首を回して周囲を伺う。


「ええ。深追いは無用よ」


 全ての悪魔を消そうと思ったら出来なくはない。しかし当然リスクはあるし、そこまでして戦意の無い相手を追って消すことに躊躇していた。


 もし彼らがアザゼルに命令されているだけだったら?


 自分の意思ではなく、渋々従っているだけだとしたら?


 私の胸にはこういった想いが去来する。


 もちろん戦っている最中は、そんなこと考えていなかった。そんな暇もなければ余裕もない。


 だが一度勝利してしまえば話は別だ。


 敗走兵を追ってまで殺す趣味は私には無いし、なにより気の毒だとさえ思ってしまう。


「結構自分勝手なのね……私」


 自分の置かれた状況で他者への行動が異なる。


 結局のところ、優しさとは余裕のもとに成立するものであると知った。


「何がですか?」


 レシファーは不思議そうに、首を傾げる。


 そうそう。レシファーといえば、この仕草……


「なんでも無いわ。とりあえずエムレオスに戻りましょう。避難している住民たちも呼び戻さないと」


「そうですね。一旦城へ戻りましょう。ポックリも働かせないと!」


 そうして私達は、徐々に体が消えていくクロノドリアを残し、町の中へと引き上げていった。




 私達は空からエムレオスの被害状況を見て回る。


 あれだけの軍勢に攻められたにしては、エムレオスにはほとんど被害が無いと言っていい状態だった。


 もちろん無傷とまではいかない。


 特に城壁周辺の建物は、その半分ほどが崩壊している。


 城壁に穴を開けられた時の破片や流れ弾、木人たちが対処してくれていたが、入り込んだ中級悪魔達による攻撃など、ところどころにはダメージはある。


 しかし人的被害は皆無だし、建物の欠損も前線に近いところだけで、町の機能としてはなんら問題は無い。


「なんとか守り切ったのね……」


「ええ。なんだか信じられない気分です」


 レシファーの感想には私も同感だった。


 負けるとは思っていなかったし、当然勝つつもりでいた。それは間違いないけれど、実際に退けたという実感がまだ追いついてない。


 事実に感情が追いつかず、置いてけぼりをくらっている気分だ。この感覚は今後得られそうにない。


「ああ、待ってますね」


 レシファーの声に前を向くと、私達は雲の上にあるお城の発着場の目の前だった。そこにはポックリが両手を振って待っている。


「お~いアレシア~レシファー様~!!」


 ポックリは、こんな時でもキッチリ私のことを呼び捨てにしてくれる。


 いつもと同じやり取りに、なんだかホッとする。日常が戻ってきたと錯覚する。


「城に異変はありませんでしたか?」


 レシファーは着地と同時にポックリに尋ねる。


「ええ、それはもう! そんなことより二人ともよく無事で……」


 ポックリはそのまま何も言えなくなった。


 両目から信じられないほど大粒の涙をボロボロ溢しながら泣き始め、私達を抱きしめる。相変わらず背が低いので、私達の太ももぐらいの高さだが。


「ああ良かった。本当に無事でよかった! 二人に何かあったらどうしようかと……」


 実際に私達に何かあったとしても、ポックリには何も出来ない。それが分かっているから彼は悔しかったのだろう。辛かったのだろう。


「大丈夫。ちゃんと戻って来たでしょう?」


 私は抱きついて離れないポックリを力づくで引き剥がし、歩き出す。


「一度休みましょう? 疲れたわ」


「ええ同感です」


 レシファーも私に続いて歩き出す。


「そうだな~俺も疲れたな~」


「ポックリは疲れて無いでしょう? いいから住人たちに町の広場に集まるように言っておいて。私達も少し休んだら向かうから」


「へ~い」


 ポックリは少し拗ねた様子で階段を一気に駆け下り、城を後にする。


 ポックリは戦っていないのだから疲れていない。


 確かに戦ってはいないが、私達が戦っていたあいだ、ずっと気を揉んでいたのだから疲労感は人一倍あるだろう。


 それは分かっているけれど、実際に戦場に出た私達にはほんの少しの時間でも休息が欲しかった。これは身体的な疲れというよりも、精神的な疲れの方かも知れない。


 六千体の悪魔の軍勢を目にした時の圧迫感。


 いつ自分が殺されるか分からない緊張感。


 倒しても倒しても減らない敵に対する絶望感。


 戦いの最中、それらが私とレシファーにずっと纏わりついていた。


 だからごめんね。ポックリ。君の優しさに少し甘えるわ……


「ではアレシア様。一時間ほど経ったら」


「ええ、またね」


 そうして私達は城の発着場から二つ下がったフロアの部屋の中、束の間の休息を得たのだった。




「う……ん?」


 私は目を覚まし、体を伸ばす。


 確か部屋に入ってすぐにベットにダイブしたんだっけ?


 それにしても一時間でこんなに熟睡出来るものかしら?


「あ! やっと起きたな~」


 声のする方を見ると、ポックリが部屋の入り口で偉そうに立っている。


 ああ。これはやってしまったかも知れない。


「もしかして寝過ごした?」


 私は恐る恐る尋ねる。


「それはもう盛大に!」


 ポックリは、面白いものを見つけたと言いたげな表情で答える。


 ああ。失態だ。狸に嬲られるなんて……


「レシファーは?」


 私は今、一番謝るべき相手を探す。


「レシファー様は住人たちへの説明を済ませた後、町の再興のための組織作りに着手してる」


「組織作り?」


 私はゆっくりとベットから立ち上がる。


「何処に行くんだ?」


「レシファーのところよ。場所は?」


 私はポックリに尋ねながら、ゆっくりとした足取りでポックリが待つ出口に向かう。


「城の真横に仮設した作戦本部だ」


 ポックリが俺についてこいと言わんばかりに城の外を指さし、私の前を歩いていく。


 本当にレシファーは働き者ね。


 しっかり謝ろう。


 私は彼女に甘えすぎだ。



 こうして魔女一人と狸一匹は、城の異様に長い階段をゆっくりと降りていき、城の真横に仮設された作戦本部とやらに向かう。


「ここが作戦本部?」


「そうだぞ?」


 ポックリは当たり前だろ? と言いたげに私を見る。


 いやいや待って欲しい。


 これを作戦本部ですと言って、納得する人などいないと思う。


 私達は今、異常に太い木のど真ん中に作られたドアの前に立っている。


 これは部屋というよりも、ただの異常に良く育った木では?


 そんな疑問が私の頭の中をグルグル回る。


 目の前の太い木は、遠目で見ないとこれが木であることを忘れてしまう程の横幅を誇っている。



「レシファー様。アレシアを連れて来ました!」


 ポックリが大きな声で叫ぶとドアが勝手に開く。


 中は人が五、六人囲える程度の木でできたテーブルが設置され、その周囲に同じ木目の椅子が乱雑に置かれている。


 急いで作られたためか、中には一切の内装は無く、テーブルの上にはエムレオス全域をカバーした地図が広げられている。


 レシファーはその一番奥の席でエムレオスの住人の一人と話していた。


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