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第66話災厄の悪魔 2

「ポックリにアレシア様。疲れは取れましたか?」


 レシファーは開口一番、私の心配をする。


「ごめんレシファー。全部任せちゃって……」


「良いのです。ここは私の町ですから。それに一番の難敵を退けたのはアレシア様ですよ?」


 レシファーの言う難敵とはコキュートスの事だろう。


「それはそうかも知れないけど……でも、私も復興に協力させて!」


 このままレシファーに全て任せてしまうのは気が引けた。


「そうですね。助かります」


 そう言ってレシファーは立ち上がり、彼女と話していた悪魔を私の前に連れてくる。


「でしたらこのカリギュラとも話を」


「私はカリギュラと申します。レシファー様からお話は伺っておりますアレシア様」


 紹介されたカリギュラは恭しく頭を下げる。


 カリギュラは、ぱっと見ローブを羽織った老人の様でもあり、それでもまったく衰えた印象を与えない変わった悪魔だった。


「こちらこそよろしくお願いします」


 私も彼に倣い頭を下げる。


「彼にはここの町長のような役割をして貰うことにしたのです。何気に古株ですしね」


 レシファーが説明する。


 確かにこれからエムレオスを復興するためには、私やレシファー以外の上下関係も必要だ。


「これから彼を中心に復興チームを組織してもらって、城壁周辺の壊れた家屋の修繕に当たってもらいます」


 レシファーがそう告げ、私も何か手伝うことは無いかと口を開きかけた時、不意にドアがノックされる。


「おかしいですね。このタイミングでここに来る予定の者などいないはずですが……」


「俺が開ける」


「待って」


 不用意にドアに近づくポックリを押さえて私が前に出る。


「私が開ける。ポックリはカリギュラを守って」


 敵は全て殺していない。


 もしかしたら意趣返しかも知れない。


 それか全くの杞憂で、ただ町の住民かも知れない。それならそれで良いが、私は何か嫌な予感がしていた。


 私はゆっくりとドアに近づき、慎重に開ける。


 ドアを開けると、フードを目深に被った小型の見知らぬ悪魔が一体、片膝をついて頭を下げている。


「誰?」


 私の問いに、悪魔は一度深呼吸をして口を開く。


「お初にお目にかかります。私はアザゼル様からの伝言を預かって参った者。こちらにアザゼル様からのメッセージが込められていますのでお受け取り下さい」


 そういって差し出されたのは、深緑色に鈍く輝く手のひらに収まる程度の宝玉だった。


 私は視線だけでレシファーに合図を送ると、彼女はゆっくりと首を縦に振る。


「そう分かったわ。受け取っておく」


 手を伸ばし、深緑色の玉を受け取る。


「もう帰っていいわよ?」


 私は玉を渡したにもかかわらず固まっている悪魔に声をかける。


「私を殺さないのですか?」


 悪魔は体を震わせながらそう問いかける。


「あなたに何の恨みも興味もないわ。私が殺すべき相手はアザゼルだけ。歯向かってくるなら別だけど、そんなことしないでしょう?」


 私の言葉に一瞬固まり「失礼します」とだけ言い残して伝令役の悪魔は帰っていった。


「これは何かしら」


 私はドアを閉め、振り返る。


「それは異界で良く使われている連絡手段です。大体正式なやり取りに使われます」


 レシファーは私に近寄り、宝玉を受け取る。


「そうですね……カリギュラは聞かない方が良いかも知れません。もしかしたら呪いが含まれている可能性もありますし、席を外して下さい」


 レシファーは作戦本部のドアを開ける。


「分かりました。では早速復興チームを組んで作業に入ります」


「よろしくお願いしますね」


「はい!」


 そう言ってカリギュラは作戦本部を後にした。


「俺はいても良いのか?」


 ポックリは不思議そうに自分を指さす。


「貴方はもう運命共同体ではありませんか」


 レシファーは逃がさないと言いたげだ。


 まあ彼女の言う通りではある。ここからはポックリも一緒だろう。彼はとっくに私達に巻き込まれているのだから。



「では開きますよ」


 レシファーは宝玉をテーブルの中央にそっと置き、魔力を与える。すると宝玉にゆっくりと亀裂が走り、綺麗に真っ二つに割れたかと思うと、ノイズが走ってやがて声になっていく。




「久しいな裏切りの魔女アレシアに、エムレオスの盟主レシファー。とりあえず此度の戦、褒めたたえようぞ。まさかたったの二人相手にわが軍が敗北するとは思わなかった。よってもう一度お主たちに戦いを挑む」


 私達は流れてきたアザゼルの言葉に体を硬直させる。


 もう一度戦争を仕掛けられてはたまらない。


「安心しろ。もうエムレオスは狙わない。我にとってもエムレオスに住まう悪魔共は同胞だ。だからこれは果たし状だ! 明日、貴様ら二人でグレンドル平原に来るがいい。そこでお主たちに引導を渡してくれる!」


 アザゼルの声はこの狭い作戦会議室内に木霊する。


 そして散々一方的にメッセージを伝え、深緑色の宝玉は消えていった。


「どう思う?」


 私はレシファーに尋ねる。


 こういう悪魔同士の果たし状なら、私よりもレシファーのほうが詳しいだろう。


「言葉のまんまですね。単純に異界化計画の障害となる私とアレシア様を消したいのでしょうね」


 レシファーは涼しい顔でそう答える。もうすでに覚悟を決めているのだろう。


 それにしてもさっきのアザゼルの言葉。アザゼルにとってもエムレオスの悪魔達は同胞? 良くもぬけぬけと……六千の軍勢をけしかけてきたくせに! きっとこれ以上数で攻めても無駄だと理解したのだ。


 私とレシファー相手に数の優位では叶わないと悟ったに違いない。


 だから今度は数ではなく質。圧倒的な個の強さで私とレシファーを殺すつもりだろう。


「レシファー、グレンドル平原って?」


 聞いたことがない地名だ。


 もっとも異界の地名なんてほとんど知らないのだが……


「グレンドル平原は、この町エムレオスとアギオンのちょうどあいだにある平原です。魔獣の類などもいない、ただただ広いだけの場所です。最後の戦いにはうってつけですね」


 レシファーはグレンドル平原の説明の後に、最後の戦いと言った。


 意識はしていなかったけれど、言われてみれば最後の戦いかも知れない。


 この異界に来てからかなりの数の悪魔を消してきた。最初におよそ三百体ほどの悪魔の群れに襲われ、その後ミノタウロス達を撃退し、その後は冠位の悪魔カルシファー。


 そしてアギオンの軍勢を退け、今度はアザゼルのお出ましだ。


「本当に行くのか?」


 振り返ると、ポックリが不安げな顔で私達を見る。


「ええ、勿論よ。そのためにこの異界に来たのだから」


 そう。忘れてはいけない。私がこの異界に来たのは、レシファーやポックリを助けるのもそうだが、一番の理由は復讐だ。異界化の阻止だ。


 目的を見失ってはいけない。


「アレシア様が行くのですから、当然私も行きます。それに行かなければ行かないで、またエムレオスに軍勢を送り込まれても厄介です」


 ポックリの問いに私達は毅然とした態度で答えた。


 私もレシファーも覚悟は決まっている。


「でも、相手はアザゼルだぞ! 異界最強の悪魔だぞ!? 本気で勝てるつもりか?」


 ポックリは珍しく食い下がる。


 それだけ私達の身を案じてくれるのは嬉しいが、この覚悟は揺るがない。


「ええ行くわ。相手がどれだけ強かろうと。それに狙われている以上、異界にもあっちの世界にも人間の世界にも、私達の安住の地は存在しない」


 ポックリは私の答えを聞いて頭を抱える。


 悪いわねポックリ……でも今回ばかりはだめ。意地でも明日、アザゼルを消す!


「それに私も一緒に戦います。確かにアザゼルは異界最強。ですけどそれは一人の場合。私とアレシア様が揃った時の強さはそれに劣りません!」


 レシファーは力強く言い放った。


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