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第16話

 所変わって、花街のとある路地裏。

 花街は夜の方が明るくて活発だ。

 祭りのように毎日賑わっている。その明るい街に釣られて、「一夜限りの夢」を見たくて集まる大人で、街はさらに明るさが増していく。

 しかし、町を遊び歩く、花街の客人は酔いが回ったように明るく楽しげだが――それとは真逆に、花街で客人をもてなす遊女達の顔は作り笑顔であり、重い影を宿していた。

 美しく着飾った美女達の憂いを秘めたその笑顔は、影が濃くなる程に美しい――そういう人もいて、花街の美女達の作った笑顔は本人の意思とは逆に客人を引き寄せてしまう。

 まるで蜜を求めて花のたかる、虫の如く。

 その様子を建物の影から覗き見ながら、男は言った。

「あー、はやく俺もあの中に混ざりてえなあ」

「そういうなよ。俺達文無しが遊べるほど、花遊びは楽じゃねえってことくらい、知っているだろう?」

 路地裏から羨ましそうに花街を往来する人達を見て、物陰で男達が小声で会話する。

「最近は生娘ばかり相手にしているから、たまには花街のお姉ちゃんにご奉仕されてえや」

「おいおい、初物だからこそいいんだろうが」

「出たよ、変態」

「そういうお前が一番容赦ねえじゃねえか。この間だって、武家落ちの娘っ子、騙くらかして、散らしちまうんだもんな」

 誰も聞いてないことを良いことに、彼らは笑いながら言った。

「お前なんざ、妙齢にもなりきれてねえ童女相手じゃねえか」

「ばーか。ちんちくりんでも、立派な女だよ。アイツが、本物のガキ連れてくるわけねえだろ」

「それもそうか」

 ぎゃははは、と路地裏で下卑た笑い声が響いた。


「おい」


 その時、一人の足音が、彼らの笑みを一瞬で消した。

「おう、御曹司。どうだい、守備は?」

「けっ、誰に聞いているんだ。当然、ばっちりさ。寸分の狂いもなく、まさに筋書き通りってな」

「流石、御曹司様だ」

「今度は、いくつくらいの小娘なんだ?」

「この間の武家崩れの娘っ子よりは下になるが、今まで相手してきた禿かむろの中では高齢じゃねえかな」

「ひゅー」

 現れた『彼』の言葉に、先に集まっていた男達ははやしたてるような奇声を上げた。

「だが、そんくらいの歳なら、そろそろ水揚なんじゃねえか?」

「心配ねえよ。ちゃーんと初物だ。ちょうど水揚前でな。『初めてはー好いた人に捧げたいのー』だとよ」

「かっ、乙女だねえ」

 男達は侮辱するような笑い声を上げた。

「なあ、御曹司。今回のはちゃんと大人しい子だろうな? この間の、朝霧とかいうガキ、暴れやがって、まだ背中が痛んだよ」

「心配するな」

 背中をさする仕草をした男に、『彼』は笑いながら言った。

「気が弱ぇから、軽く脅せば簡単に言う事を聞くだろうよ」

「じゃあ、今回は殺さなくてもいいんじゃねえか? 毎度毎度、小細工すんの、だりんだよ」

「バカ。ダメに決まってんだろ……どこで漏れるか分からねえ。楽しんだ後はちゃんと始末しろ」

「怖いね、御曹司。さっきまで抱きしめてたんだろ?」

「知るかよ。貧相なガキに、夢を見せてやったんだから、むしろ感謝……」

 そこまで言った所で、『彼』は背筋を伸ばした。

「御曹司? どうした?」

「いや、何でもねえ。気のせいだったみたいだ」

「気のせいって?」

「最近、派手に暴れすぎたからな。時々、俺達の動向を探る、妙な視線みてえのを感じる時があるんだよ」

「なんだ、張られてんのか?」

 『彼』の言葉に、下っ端風の男が聞いた。

「いいや、それにしては気配が一切ねえ……まるで、化け物にでも見張られているみてえだ」

「お、おいおい、冗談だろ」

 下っ端風の男が声を震わすと、『彼』を含めた全員が一斉に声を上げて笑った。

「ばーか、冗談に決まっているだろう。大体、もし化け物の類いが本当に存在するとしたら、俺達なんざ、とっくに祟り殺されているだろうよ」

「そいつはちげえねえ」

 男達が笑い声を上げる中、『彼』は静かに言った。

「とりあえず、明日、いつもの場所で。そこで、たーんとおあがりよ……夢見る乙女の、夢が散る瞬間ってやつを」

 『彼』は怪しく微笑んだ。

「ありがてえ。それより、御曹司。今夜の獲物は?」

「ああ、忘れる所だった。そろそろ、例の川辺に来る頃だぜ……求婚されるって思い込んでいる、バカな女が」


       *


「あらあらのあらですね」


 男達が去った後、『彼』は静かに笑った。

 建物の影に寄り添うに佇み、路地裏の向こう側の明るい場所を眺める。

「小生の気配に気づくとは、なかなかに勘のいい坊やだね……端役にしては」

 『彼』は張り付けた笑みを一瞬で止め、無表情になった。

「主役気取りの端役が一番ムカつくんだよな。でも……演出上、彼らは必須。あーあ、もう少し我慢するか。登場人物の最期を見守るのも、演出家の仕事だしな……あー、早く、小生も、見たいな」


 そして、『影の男』は陰のへと消えた。

 不気味な笑い声を残して。


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