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第17話

 場所は、『商区』の小川。

 人々が寝静まった、真夜中。陸と陸を結ぶ橋の真ん中で、黒い影が蠢く。


「さあ恋の結末を届けにきたぜ……【秋の田の 穂の上らふ 朝がすみ】――眠りな!」


「キエアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 泡沫の扇子から紅葉が吹き荒れ――全身が真っ黒に染まった女・【残狂ざんきょう】へ向かい、紅葉の渦の中に飲み込んでしまう。

 そして、紅葉が泡沫の扇子の中へと戻ると同時に、白装束の女性が地面に倒れた。

「さあ、出てこい……お前さんが本当に眠る場所は、こっちだ」

 女から出てきた黒い霧は空へと向かうが、引き寄せられるように泡沫の元へと戻り――やがて泡沫が掲げる白紙の巻物の中へと吸い込まれた。

「うた!」

 その時、大柄な男を背負った賀照がその背に声をかけた。

 泡沫は振り返り、賀照の抱える男と、巴が介抱している白装束の女を見て、安堵したように目を伏せた。

「今回も、無事お勤め完了のようだね」

 巴が言った。

「まったく、次から次へと」

「確かにな。最近、ちょっと多くねえか?」

 泡沫の零した愚痴に、賀照が言った。

「ああ、それなんだけどね……」

 巴が何か思い出したように言った。

「これ、全部、同じ【怨念】が起こしているみたいなんだよね」

「同じって……ここ最近の全部ですか?」

 賀照が問い返すと、巴は静かに頷いた。

「ここ最近の【残狂ざんきょう】は全て水辺で起こっていることは、気付いているね?」

 巴の言葉に、泡沫は静かに頷き、賀照はよく分かっていない様子で首を傾げた。

「ここ数日の【残狂ざんきょう】は、軸となるナニカに惹かれて発症している。まあ、それでも悲恋と同調した乙女の怨念が起こしているのだから、【残狂ざんきょう】には違いないけどね」

 巴は続ける。

「怨念を宿しているのなら、遅かれ早かれ【残狂ざんきょう】化はしていただろうけど……」

「周囲に影響を与えている、そのナニカを早々に鎮めねえ限り、【残狂ざんきょう】の発生率が上がるってことですかい」

 泡沫の言葉に、巴は「そういうこと」と頷いた。

「誰だって、恋心を喪った直後はひどく傷つくもんだ。だけど、誰もが傷心した想いを怨念に変えるわけじゃねえ。踏みとどまる奴、そこから何かを学ぶ奴、新しい恋心を生み出す奴……様々だ。だが、そのナニカは、そういった乙女を自分と同じ道へと無理やり引きずり込む」

 怨念を宿したところで、全員が【残狂ざんきょう】になるわけではない。

 心が傷ついても、痛めつけられても――人の心を捨てずにいる乙女もいる。

「……何とかしねえといけねえな」

「珍しいな、うた。お前がそんなに怒るなんて」

「おいおい。あっしは別に怒っちゃいないよ」

「そうか? いつもより空気がちょっち冷てえ感じがしたが?」

 こういう時ばかり目敏い。

 泡沫はキョトンとした顔でこちらを見る賀照に、有無言わせない笑みを向けた。

「気のせいだろ」

「そ、そうか」

「それより、こっからのことだ。そのナニカに影響された【残狂ざんきょう】は皆、水辺……つまり身投げに関わっている」

 そこまで言った所で、泡沫は巴を見た。

「巴さん……」

「ああ、分かっているよ。私はここ最近起きた身投げについて調べればいいんだね」

「お願いするよ。それから、賀照」

「おう!」

「お前さんは……あっしへの借金の返済しろ」

「何で!? いや、大事かもしれないけど、何でここでそれ!?」

「気分だよ」

「どんな気分だよ!」


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