四月七日。昼は過ぎ、夕暮れを待つ頃。
場所は『繁華街区』の大通り。
泡沫は馴染みの茶屋に腰かけながら、瓦版を見る。
「成程な……」
泡沫は、瓦版を見ながら呟く。
――【
それに
しかし――心中騒動と噂されながら、
――どうにも解せねえ。
そもそも何で相手が不明なのに「心中」なんだ?
心中とは二人でやるものであり、一人ではただの自決だ。
「はーあ……また、梅さんにかるーく聞いてみるかな」
泡沫は空を見上げながら、手元の団子を頬張った。
その時――小雨が大通りを歩いていた姿が見えた。
といっても、泡沫からはかなり距離があり、人間の視力なら、視る事は不可能だが。
「!」
彼女の姿を見た途端、泡沫は細い目を大きく見開いた。
「どうなって、やがる? 何で、影があんなに濃くなってやがる」
絵巻に取り憑かれた娘は、もう人ではなくなるとでもいうように影が怪しい色を放つ。
影は濃ければ濃いほど絵巻との同調率が高くなり、近いうちに【
しかし、泡沫は確かに見た。
数日前に彼女とここでお茶をした時、彼女の影は薄くなり、既に同調率は低下していた。
『妖怪絵巻』は、歌によって同調する乙女が異なる。
悲恋とはいえそれぞれだ。
叶わぬ恋をした苦悩、愛する人を喪った悲しみ、愛を裏切られた憎悪――
恋の形によって「歌」は変わる。
――これは、おかしい。
『妖怪絵巻』は、その歌に似た想いを抱いている乙女に取り憑くが、乙女が同調しなければすぐにその乙女から離れ、別の乙女を求めて彷徨う。
――いつもなら、影が薄くなったあの時点で、絵巻は消える筈だ。
たとえ小雨が絵巻を持っていたとしても、同調しなければ所詮ただの文字の羅列に過ぎないのだから。
――その絵巻と何かしらの『縁』でもない限り……。
「縁?」
そこで、泡沫は気が付いた。
身投げ、遊女、
――『
――『はい、死にました。先月、身を投げて』
まさか――
*
所変わって、とある料亭。
高級料亭とまではいかないが、それなりに繁盛している店であり、小雨からすれば一生縁のない場所だとばかり思っていた。
そんな場所にいきなり連れてこられた手前、小雨はとても不安な気持ちのまま周囲を見渡していた。案の定、店の人や他の客から、歓迎されていない視線を送られた。
「どうしたんだい? 小雨」
「い、いえ」
しかし、自分の手を引く彼を見ると、そんな些細なことはどうでもよくなった。
小雨は彼に手を引かれるまま、料亭の奥へと案内された。その時、後ろで誰かが噂する声がしたが――
――もう気にしない。だって、私は、こんなにも素敵な恋人がいるんだもの。
多少の嫌な事は目を瞑ろう。それだけの見返りがあるのだから。
そう思い、小雨は背後で囁かれる言葉を無視した。
「おい、見ろよ。アイツ」「またかよ。今月で何人目だよ」「仕方ねえよ。親があれじゃ、何してももみ消されちまう」「しかし、物好きな男だね」「ああ、あの子、可哀想に」
のちに、その視線の本当の意味を知り、後悔する事になった。