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第18話

 四月七日。昼は過ぎ、夕暮れを待つ頃。


 場所は『繁華街区』の大通り。

 泡沫は馴染みの茶屋に腰かけながら、瓦版を見る。

「成程な……」

 泡沫は、瓦版を見ながら呟く。

 ――【残狂ざんきょう】も身投げも、『繁華街区』に集中している。

 それに禿かむろの身投げを考えると、やはり小雨のいる店絡みか。


 しかし――心中騒動と噂されながら、禿かむろの相手はいまだ不明。


 ――どうにも解せねえ。

 そもそも何で相手が不明なのに「心中」なんだ?

 心中とは二人でやるものであり、一人ではただの自決だ。

「はーあ……また、梅さんにかるーく聞いてみるかな」

 泡沫は空を見上げながら、手元の団子を頬張った。

 その時――小雨が大通りを歩いていた姿が見えた。

 といっても、泡沫からはかなり距離があり、人間の視力なら、視る事は不可能だが。

「!」

 彼女の姿を見た途端、泡沫は細い目を大きく見開いた。

「どうなって、やがる? 何で、影があんなに濃くなってやがる」

 絵巻に取り憑かれた娘は、もう人ではなくなるとでもいうように影が怪しい色を放つ。

 影は濃ければ濃いほど絵巻との同調率が高くなり、近いうちに【残狂ざんきょう】化する兆しでもある。

 しかし、泡沫は確かに見た。

 数日前に彼女とここでお茶をした時、彼女の影は薄くなり、既に同調率は低下していた。

 『妖怪絵巻』は、歌によって同調する乙女が異なる。

 悲恋とはいえそれぞれだ。

 叶わぬ恋をした苦悩、愛する人を喪った悲しみ、愛を裏切られた憎悪――

 恋の形によって「歌」は変わる。


 ――これは、おかしい。


 『妖怪絵巻』は、その歌に似た想いを抱いている乙女に取り憑くが、乙女が同調しなければすぐにその乙女から離れ、別の乙女を求めて彷徨う。

 ――いつもなら、影が薄くなったあの時点で、絵巻は消える筈だ。

 たとえ小雨が絵巻を持っていたとしても、同調しなければ所詮ただの文字の羅列に過ぎないのだから。

 ――その絵巻と何かしらの『縁』でもない限り……。

「縁?」

 そこで、泡沫は気が付いた。


 身投げ、遊女、禿かむろ――そして心中。


 ――『禿かむろには、必ず専属の姉さんがいます。でも、私には、今、姉さんがいないんです』

 ――『はい、死にました。先月、身を投げて』


 まさか――


       *


 所変わって、とある料亭。

 高級料亭とまではいかないが、それなりに繁盛している店であり、小雨からすれば一生縁のない場所だとばかり思っていた。

 そんな場所にいきなり連れてこられた手前、小雨はとても不安な気持ちのまま周囲を見渡していた。案の定、店の人や他の客から、歓迎されていない視線を送られた。

「どうしたんだい? 小雨」

「い、いえ」

 しかし、自分の手を引く彼を見ると、そんな些細なことはどうでもよくなった。

 小雨は彼に手を引かれるまま、料亭の奥へと案内された。その時、後ろで誰かが噂する声がしたが――

 ――もう気にしない。だって、私は、こんなにも素敵な恋人がいるんだもの。

 多少の嫌な事は目を瞑ろう。それだけの見返りがあるのだから。

 そう思い、小雨は背後で囁かれる言葉を無視した。


 「おい、見ろよ。アイツ」「またかよ。今月で何人目だよ」「仕方ねえよ。親があれじゃ、何してももみ消されちまう」「しかし、物好きな男だね」「ああ、あの子、可哀想に」


 のちに、その視線の本当の意味を知り、後悔する事になった。

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