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41)

「どうしてですって? それはあなたが一番理解しているはずよ」

「……あなたは誰?」

「あなたこそ誰なの?【あなた】は消えるべき存在でしょう? ねえ?」

 丸腰のレイラに対峙することができるとすれば、帯刀している短剣のみ。だが、手を伸ばす隙を見せた瞬間に、緋色の刃がレイラの胸を貫くだろう。

 そのとき、ぐらりと視界が揺れた。薄暗い塔の中に明かりが灯されていく。目の前のニーナと思しき女が今にもレイラに緋色の刃を突きつけようとしたそのとき、「伏せなさい」という声にレイラがハッとする。女の肩に光の矢が降り注いだ。

「う、あぁっ!」

 女が呻き声を上げ、その場に膝をつく。女は燃えるような怨嗟の目でレイラを見る、その瞳が黒く塗りつぶされていく。黒い涙が彼女の顔を溶かしていた。

 声にならずにそのおぞましい姿を見て立ちすくんでいると、彼女はボロボロと黒い灰となって霧散した。それを追うように光の粒子が包み込んで天へと煽る。

 ノーマンがその場で膝をついた。

 レイラは慌ててノーマンの側に駆け寄った。

「ノーマン……! 私のために……!」

「構わずとも大丈夫です」

「でも……」

「急に力を使ったからその反動があっただけですよ。不具合の処理くらいは……私の役目なのですから」

「え……」

 まさか。ノーマンは役目を背負っているのだと思った。その役目の背景については謎のままだったが、ひょっとしてノーマンは私と同じ転生者なのでは。そんな仮説を立てて彼を見やる。彼は皮肉気な笑みを浮かべるだけ。その真意は見えない。

 しかしノーマンの心配をしている状況ではなかった。どんっという衝撃が胸にやってきた。まるであの刃で貫かれたかのように、レイラは一瞬にして息ができなくなった。

 ノーマンが青ざめた顔をする。

「レイラ様っ」

「な、に……」

 さっきの女は消えたはずだ。それなのにどうして。レイラは急に意識を失いかけ、ぐらりとその場に倒れ込む。

「レイラ様!」

 ちかちかと明滅している。そのまま意識を保っていられない。呼吸が苦しくてうまく息が吸えなかった。まるで火事現場に投げ出されたかのように足元から灼熱が這い上がってくる感覚がした。

「しっかりしなさい! 自分を見失ってはいけませんよ」

 ノーマンの呼びかける声がどんどん聞こえにくくなっていく。

「まさか。これは呪詛返しか? 力の譲渡のあとで? ありえない」

 ノーマンが何かを言っている。何がありえないのか。呪詛返しとはどういうことなのか。

 呪詛といえば、そう、譲渡の儀式だ。

 レイラがアシュリーの呪詛を取り除くために彼に器を捧げ、すべてを飲み込んだ儀式があった。それで呪詛は取り除かれ、聖女の力はアシュリーにすべて譲渡されたはずだが。

 その無防備さを狙われたということなのだろうか。でも、ノーマンはありえないと言った。

(ああ、いけない……意識が、遠ざかっていくわ……)

 ひょっとしてこのまま死――。

「レイラ様っ!」

 アビーの声がした。頼んでいた用事のためにやってきたところだったのだろう。

「すぐに水盤と着替えの用意を。サポートできる医術者を呼んでほしい」

「は、はい。かしこまりました」

「ノーマン……あな、たは……」

「喋ると体力が尽きます。初期の手当が大事なのです。今は黙っていてください」

「助……かる?」

「あたりまえですよ。私を誰だと思っていますか。聖騎士はまもなく帰ってくる。あなたを花嫁に迎えにくるのですからね」

「え、ええ……そう、約束……」

「そうです。ですから、もう黙っていなさい」

 レイラは頷く。そうでなくても意識は勝手にふわふわと覚束なくなっていく。

「ノーマン様、医術者を呼んでまいりました」

 アビーの切迫した声が聞こえてくる。

「これは……私に何かお手伝いできることはあるでしょうか」

 医術者が戸惑った声を零す。

「体内に回った毒を出します。そのサポートを」

 ノーマンの厳しい声が響き渡った。

「承知しました」

 燃えるように熱い。喉が渇いて仕方ない。

 一体何をされているのかわからない。魔法と医術とそれらがレイラに施されているようだ。

「このままでは……聖騎士の帰りはまだか」

 ノーマンの焦る声が聞こえ、遠ざかっていく。

 アシュリー、アシュリー!

 最後に、あなたに一目でいいから会いたい。だって約束したから。結婚を申し込むといった彼を待つのだと。

 でも、だめかもしれない。

 自分の魂が砕かれる感覚がしたのだ。きっとこの核が消えたら私は、私ではなくなるのだろう。前世のときのように転生することもままならないのかもしれない。

(――本当にこのまま、バッドエンド行き、なのかしら?)

 それからしばらくしてレイラの意識は暗闇へと転じていったのだった。


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