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44)

 儀式は無事に成功し、様々な懸念は杞憂に終わった。

 レイラの気配が安定したことをノーマンに確認してもらい、一段落となった。

 一方、国王が目を覚まして容態が安定すると、改めて騎士王の戴冠式についての話が進められ、その前に……まずはレイラの回復を待ってから此度の戦における勝利の祝宴が開かれることになった。

 そして二週間後に行われたその祝宴の場で、ノーマンから今回の一連の説明があり、騎士たちは静かに聞き入っていた。

 まずノーマンから説明されたのは、ニーナ・プレスコットの話だった。

 宮廷に現れたあの彼女の名前は偽名で、幾つもの顔を持つ向こう側の間者であったこと。そのことにいち早く気付いたノーマンはロイドを導き手に選び、恋仲を深めるふりをして翻弄し、間者の動きを探っていたらしい。

「ロイドは馬鹿正直だから、僕の方がよかった気がするけど」

 エリックが途中で口を挟むと、ロイドは肩を竦めつつギルを一瞥した。

「それを言うなら、ギルの方が慣れていそうだと思ったんだけど」

「ギルではあまりにも慣れすぎていて怪しまれるのがオチ。そういうことで却下です」

 ノーマンが即座に否定し、ギルは苦笑いを浮かべた。

「一応、隠密の得意なジェフを待機させていましたが……」

 ノーマンが沈鬱な面持ちで話を続けた。

 しかし彼女から引き出したはずの情報はあとで偽の情報とすり替えられたことがわかり、一時戦は混線に陥った。それでもロイドをはじめ円卓の騎士を率いる筆頭聖騎士、アシュリーの機転で形勢逆転し、勝利をすることができた……ということ。

 皆が一同にほっと胸を撫でおろす様子を見ながら、レイラは最初に出会ったニーナとのことを振り返っていた。

 つまり、最初に見たニーナは偽物だったため、ヒロインはやはり存在しなかったということになる。

「私の前にナイフをもって現れたニーナは、私の幻覚、幻影……ということよね?」

「はい。直前で強く印象に残っていたからでしょう。レイラ様の中に深く入り込んだ呪詛が見せた、幻影であって人ではありません」

 その幻影は、以前にアシュリーが身に受けた呪詛の受け皿となったレイラの中から発火したもので、それを呪詛返しと呼ぶらしい。

 受け皿からの呪詛返しはノーマンでさえ予見できなかったことで、レイラの身に危険が迫った。

 その件でノーマンはレイラをはじめ皆に謝罪をしたが、レイラはもちろんノーマンに感謝しこそすれ責めることなんてできないし、騎士団の皆も誰も彼を責めることはしなかった。

「ノーマンもまだまだということですね」

 ギルが暗くならないようにそう持ち上げると、騎士たちは口々に揶揄しはじめ、いつものお祭り騒ぎがはじまっていく。

「まったく、ここぞとばかりに……」

 やれやれ、とノーマンが肩を竦める。そして自由にしなさい、とレイラに合図を送った。

 レイラは思わずアシュリーの方を向く。

 すると、アシュリーと目が合い、彼の視線がバルコニーへと誘導する。レイラは頷き返し、そして二人はこっそり祝宴から抜け出した。

「こちらをどうぞ。お風邪を召されませんように」

 アシュリーが側に準備していた外套を羽織らせてくれた。彼もまた普段よりも厚いマントに身を包んでいる。

「ありがとう」

 まだ外はとても寒い。もうひと月くらいは厳冬を過ごすことになるだろう。けれど、アシュリーと一緒にいるだけで暖かく感じた。

「……【ヒロイン】の件、まだ心配ですか?」

「いいえ」

 レイラはきっぱりと言った。

「さっきノーマンは私を庇ってくれたけど、きっと私の弱さが幻影を引き出したのよね。それであんなことに……でも、もう大丈夫。アシュリーがこの世界では私がヒロインなんだって言ってくれたことを、私は胸に刻みたいと思ったの。私はアシュリーと一緒にこの世界を生きていきたい」

 自信満々にアシュリーに微笑みかけると、彼は真剣な顔をしてレイラの頬に手を添えた。

「よかった。あなたの笑顔が見られて」

 彼の表情からは本当に心配してくれていたのだということが伝わってくる。それだけではなく、彼が今何かを伝えようとしていることも。

 とくり、と鼓動が跳ねあがった。

「アシュリー……」

 そうだった。今から約束を果たすのだ。そう思うと、緊張と期待でますます鼓動は早鐘を打って、身体が熱を帯びてきてしまう。

「レイラ様、今から大事なことをお話します」

「は、はい」

 レイラは背筋を伸ばして、アシュリーからの申し出を待った。彼が言いたいことはもうわかっている。それでも心臓の音が騒がしい。

 緊張しながらレイラが待つと、アシュリーがその場で跪いた。

「私と、結婚していただけますか」

 アシュリーがそう言って差し出してくれたのは、アメジストの花とお揃いの宝石が添えられた婚約指輪だった。彼が戦地へ行く前に花束を贈ってくれたときのことが蘇ってきて涙が溢れてきてしまう。

 約束通りにアシュリーは帰ってきてくれた。そして結婚を申し込んでくれたのだ。

 レイラは嬉しくてそのまま泣き出しそうな気持ちをこらえながら深く頷いた。

「……はい」

 すると、硬くなっていたアシュリーの表情もホッとしたように綻び、そしてすっと立ち上がると、レイラの手をそっと自分の方へと引き寄せた。

 指輪は薬指へと填められ、まるで夜にまたたく星のように輝く。

 見惚れていると、その指先へ、アシュリーがキスをした。

「あなたをこれからずっと一生かけて御守します。我が姫君」

 微笑みかけてくれるアシュリーの表情が涙で滲む中、レイラも同じだけの想いを彼に返した。

「はい。あなたの側を離れないことを誓います。騎士王様」

「まだ私は王ではありませんが……」

「でも、ずっと思っていたのよ。あなたこそ次の王に相応しい人だと」

「それは、初耳ですね」

 珍しくアシュリーが照れている。

 ふふっとレイラは笑った。本当に彼は謙虚な人だと思う。

「初めて口にしたもの。あなたと一緒に過ごして感じたことだから」

「恐れ多い話ですが、レイラ様からそう言われるのは嬉しいですね」

 アシュリーはそう言い、もっとこちらへとレイラを彼の胸もとへ引き寄せた。

「ふふ。あったかい」

「結婚式はまだ少し先ですが、あたたかい季節に花が見られるのはよいことですね」

「アメジストの花は?」

「あれは冬に強い花ですが、多年草ですから……もちろん見られますよ」

「よかった。ブーケにしたいと思ったのよ」

「ブーケにするのはやや難解な気がしますが、周りに相談してみましょうか」

「ええ」

「あなたを幸せにしたい。その笑顔を守れるように、ずっと大切にします」

「ええ。私も同じ気持ちよ」

 影が落ちて、それから温もりが重なる。

 互いを見つめ合って約束を交わせた喜びに微笑みあった。

 もう一度、キスをしようとしたそのとき。

「――こら、覗きはやめなさいよ」

 ノーマンの声が届いて、アシュリーとレイラは顔を見合わせたまま止まった。

「いいじゃないか。こうして衆人環視の下、認められるんだろう。結婚式っていうものは」

 エリックがやや酔った声でそう言う。

「本当の恋の相手はどこにいるのやら」

 いつになく余韻に浸っているロイドの様子と、黙々と隣で食べているジェフの影が揺れていた。

「ふふ。楽しみですね。戴冠式と結婚式……どちらも歴史に残る、佳き日になりますように」

 ギルの言葉でその場があたたかくしんみりとなる。

 アシュリーとレイラは再び微笑みあって、そっと声を潜めて囁きあった。

「私たちを支えてくれる彼らにも、祝福の導きがありますように――」と。






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