騎士王の戴冠式は、大聖堂にて神々しい雰囲気の中で執り行われた。
それは、かつての英雄として軍旗に描かれたその人を思い起こさせるものだった。
皆が頭を垂れ、そしてその光に感謝をするように跪く。その光景は歴史に残るものになるだろうと予期させるものだった。
先の王となったヴィンセント国王は、側近に伴われて杖をつきながら、アシュリーの前に立つ。そして眩い宝玉を見るかのように、粛々と儀式を待つ聖なる騎士を見下ろした。
自身の体調もさることながら、王家ノワール家の世継ぎの不在といった問題を抱えていた先の王の表情には、ようやく後継者を見つけられた安堵の色が見られた。
「アシュリー・クレイ、世に代わって汝を次代の騎士王としてここに認め、戴冠の義といたす。これより先、我がラピス王国の繁栄に力を尽くされるように」
聖なる騎士は、騎士王へと。
ヴィンセント国王の手から王冠がアシュリーの頭上へと載せられた。
神々しく輝くその冠に、見守る者たちの感嘆の息遣いがこぼれ、大聖堂の中は加護を与えてくれている精霊たちがきらきらと光を注いでいた。
最後に司教から聖剣を献上され、アシュリーはそれを粛々と受け取った。
「ここに戴冠を賜りました。これより先、我がラピス王国の繁栄を担う者、騎士王としての責務を預からせていただくことをここに誓いましょう」
騎士王が皆の前に聖剣をかざし、戴冠式が無事に済んだことを報告する。そして次に彼が見つめたその先にあるのは、愛しい花嫁の存在だった。
純白のウエディングドレスに身を包み、アメジストの花のブーケを手にしたレイラは、戴冠式の様子を見届けると、次に行われる結婚式のためにヴァージンロードの前に待機することになった。
「――続いて、騎士王となられたアシュリー陛下と、レイラ様の結婚式を執り行わせていただきます」
案内の声と共に、レイラの隣に立つのは、この世界で父親になってくれたチャールズ・メイスン……メイスン伯爵だ。久しぶりに見た父の顔に懐かしさがこみ上げる。
「お父様、この世界に私を導いてくれてありがとう」
「しっかりと騎士王陛下をお支えしなさい。大丈夫。おまえならばできるだろう」
「はい」
父の腕から離れ、そして騎士王となったアシュリーの元へとレイラはたどりつく。
普段は騎士服や甲冑姿であることが多いアシュリーの豪奢なマントを羽織った王の姿を間近で見ると、見惚れるだけに留まらず、そのまま心ごと魂ごと奪われてしまいそうになる。
二人は誓約の言葉を交わし、ラピス王国の国家である薔薇の形を模した指輪を互いに填めると、その永遠の愛の証としてキスを交わし合ったのだった。
それから、大聖堂の扉が開かれ、二人は並んで共に鐘を鳴らした。ゴーンという音が響き渡ると、人々の拍手喝采の声がわっと湧きおこった。
それに圧倒されたレイラは思わずアシュリーと顔を見合わせた。
「騎士王陛下、万歳!」
「王妃殿下、万歳!」
「レイラ様、おめでとうございます!」
「アシュリー様、アシュリー陛下……!」
晴れた春空の下、大聖堂から伸びた赤い絨毯に道を飾る花が巻かれていく。その先に、王宮の幹部、円卓の騎士たちを筆頭に騎士団、そして城に勤める臣下らの姿がある。さらに一段先の広場には大勢の一般市民たちが旗を振る姿が見えた。
「皆が、祝福してくれている姿をこのようにして見られるのは、嬉しいことですね」
「ええ……本当に」
改めて背負うものの大きさに震えるけれど、騎士王となったアシュリーの隣で、レイラはこみ上げてくる甘い感傷に身を委ねていた。こうして彼の妃となった感動とはまた別の、もう一つの感動を味わっていたのだ。
(前世ではFDを体験することはできずに死んでしまったけれど……)
こんなに素晴らしいグランドフィナーレを経験することができた。
ただゲームの画面を見つめているだけでは得られなかった様々な出来事、自分一人では得られなかった感情の揺らぎ、他者との繋がり、絆の結びつき、そして運命を受け入れ、抗い、本当に愛している人と未来を見つめることができたこと。
(私の【奇跡】は転生したその先にあったのね)
アシュリーがレイラの陶然とした気配を不思議に思ったのか、彼は心配そうに尋ねてきた。
「我が妃よ。何か憂いごとですか?」
「いいえ。あなたとこうしていられることを幸せに思っていたところよ」
「まだ、これからですよ」
アシュリーが微笑んでレイラの頬に耳にキスをする。唇へのキスは……またあとで、と囁く。
「これから、もっとあなたを幸せにしますから」
「ええ。期待しているわ。私も、あなたをとびっきり幸せにしてあげる」
レイラが抱き着くと、アシュリーは持ち上げるようにして引き寄せ、待っていられないといったふうに唇を近づけ、二人はハッピーエンドの甘い口づけを堪能した。
不意に、ローブを被った魔法使い、ノーマンの姿が見えた。彼は皮肉気な表情を浮かべている。彼の視線の先にいたのは。
「ほんっとうに、可愛くないわ。あの女そっくり!」
「なんでレイラが」
「私たちの方が美人なのに」
継母と継姉妹たちだ。
(――まぁ、こんなふうに一部、除外される人達もいるけれど)
わぁという歓声を聞きながら、レイラは目を瞑りながら思う。
この世界がどんなふうになっているかはわからない。けれど、もしも世界を見ている人がいるのだとしたら、この結末によかった、と思ってもらえますように。
少なくとも前世の未久としては大満足なファンディスクだった。
そして欲張りな自分としては、FDで攻略対象となったアシュリーとのその後のFD2が欲しいと願ってしまう。
乙女の飽くなき願いがこの世界の創造主に届くかはわからない。けれど、この世界に転生した【ヒロイン】として、レイラはアシュリーを世界一幸せな夫にすると心につよく誓ったのだった。