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番外編2 乙女ゲーム制作現場の秘話

 とある乙女ゲームの制作チームの会議ではこんな会話が密かに交わされていた。

「メイン攻略キャラを凌ぐ人気が出たのはなぜなのでしょうか」

「乙女ゲーマーはときめきを求めるのは勿論、癒しも同時に求めているものだからじゃないですか」

「あと知性で守ってくれる人と、武力で守ってくれる人、どっちにもときめく側面がありますもんね」

「騎士様が好きなのはわかりますよ。やっぱり尽くしてくれて、守ってくれて、頼もしい部分にキュンとするじゃないですか」

 彼らが眺めているのは売上成績と人気投票に集まったキャラクターの票一覧だった。

 その中でも注目すべきは、メイン攻略対象を凌ぐ勢いで人気を集めているサブキャラクター、アシュリー・クレイのことだった。投票コメントやアンケートにも『FDでアシュリーを攻略させてください!』とか『アシュリーがサブキャラ止まりだなんてもったいないです!』とか『もっとアシュリーを深掘りしてほしい! 彼のことが知りたくてたまりません!』という熱烈なメッセージが多い。ソフトの評判も上々で、レビュー一覧にもよくアシュリーの名前が出ているのをマーケティングで目にしており、アシュリーの人気が売上の一端を担っているのは明白だった。

「……ただ、どうしたらFD或いは続編で攻略対象にしてあげられるかを考えるのには苦労したのよね」

「確かに。アシュリーと結ばれた場合、他の円卓の騎士たちの所在の置き方や国の成り立ち方も難しい……」

「賛否はあるかもしれないけれど、アシュリーを攻略するときだけ【特殊形式】を導入して、自己投影できる乙女ゲームの利点を生かすしかないわね」

 皆が一様に頷き、今後の課題を次々と列挙していく。

 乙女ゲームには自己投影できるようにヒロイン名を変更できるようになっている。中にはヒロインのデフォルト名を自我のあるものとして認識し、ヒロインと攻略対象を第三者目線で楽しむカップル推しもいるが、本来、乙女ゲームは自分を置き換えて疑似体験できるというのが主な目的としたゲームだ。そこを生かすことにし、製作チームは後日内容をとりまとめた上でFD制作を決意し、上から承認が下りてすぐ、プレイヤーへと告知を打った。

【特殊形式*このたび前作でサブキャラクターだったアシュリー・クレイが特別な形で攻略できるようになります!】

 公式SNSで告知したあとは界隈が大騒ぎだった。

 まだ発売前であるにも関わらず、自社の感想フォームはコメントが一杯に溢れていた。

 その中でも【ミク】という投稿ネームに目が留まった。

「あ、さっそくあのユーザーからもメッセージが届いていますよ」

「ミクさん、ああ常連さんね。きっとプレイ後にはまた彼女から怒涛の感想メールが届くのでしょうね。楽しみだわ」

「それにしても、この企画書を見る限り、魔法使いのノーマンの扱いが急に良すぎませんか? かっこよすぎますよね」

「だって魔法使いのノーマンはアシュリーを攻略できるようにした私たちを擬人化したようなものだもの。いうなれば、彼が新しい世界の見届け人みたいなものね」

「なるほど……それにしても、また続編が欲しいなんていう声が届きそうですねえ」

「乙女ゲーマーの欲望は留まることを知りません! ですって」

 イチ乙女ゲーマーでもある制作スタッフ陣はその文面を読んで、納得したように頷く。

 そのユーザーの一人がまさか乙女ゲームの世界に転生し、自分の推しキャラである騎士と結婚したなんていうことは制作陣もまさか知るはずもない。

 そう、それはまた別の【世界】の話なのだから――。






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