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第8話 村

 ポスカ、エステル、サラの三人は森の出口に向かって歩いた。目的地はサラの住んでいた村だ。

「森の中と違って人の目のある場所に行く時には、あまり目立たないほうがいいと思うのだが」

 ポスカとエステルの頭には左右一対の角が生えていて、帽子をかぶった程度では隠し切れない。肌の色も人間とは異なる冷たい色だし、顔や腕には派手な紋様も刻まれている。

「擬装しておいたほうが無難でしょう。ここは私が」

 エステルが何かつぶやくと、三人を青白い光が包み込んだ。

「ちょっと、なにぃ!?」

 サラが叫んだ。光はすぐに消えた。

「あっ、角が消えてる!」

 サラはポスカとエステルを見て、また大声を出した。そういうサラ自身も、魔族特有の紋様が消えて、以前の顔に戻っている。

「人間らしく見えるか?」

「はい! 魔族って全然分からない!」

「さすがエステルだな」

 誉められたエステルは「侍女として当然です」とまんざらでもない様子で答えた。

「角、どこに行っちゃったの?」

「魔法が見る者の精神に干渉して、見えなくしているだけです。実際にはちゃんと同じところにありますので、当然触ることもできます」

「へえ、全然わかんない」

「かまいません。理解できると思っていませんので」

「今あたしバカにされた……?」

「さあ行きましょうか」

 先にエステルが歩き出す。

 道中、ポスカがサラに偽装魔法の仕組みを詳しく話していたが、理解はあまり進まなかった。

 村の入り口が見えてきたところで、サラの足が止まった。

「どうした? 大丈夫か?」

「うん……ちょっと緊張しただけ。もう二度と戻ってくることはないと思ってたから」

 サラは村の総意として生贄に選ばれ、村を荒らすゴブリンへと貢がれた。一度は死をも覚悟した。村人はサラにとって裏切り者と言ってもいいだろう。

 そんな、自分を捨てた村へとまた戻ってきたのだ。

「でもたぶん、大丈夫」

 小さな村だった。人口は100人もいないほどで、粗末な家と、畑と、家畜小屋があるだけ。

 サラが住んでいたうちに向かって歩いていると、同じくらいの年齢の若い女性が駆け寄ってきた。

「サラ!」

「ルリア!」

「生きてた! 無事だったんだ!」

「うん、あたし逃げてきたんだよ」

 二人は泣きながら抱き合って、言葉を交わした。

 ポスカとエステルは邪魔をしないように、しばらくその様子を見守っていた。

 別の村人たちもサラの存在に気づき、一人また一人と集まり始めた。

「本物か……?」

「なんでサラが!? 連れてかれたはずだろ!? おい、どうなってるんだ!?」

「ゴブリンはどうした!? ゴブリンはどうなったんだ!?」

 村人たちが集まり、辺りはガヤガヤと騒がしくなった。サラの無事を喜ぶ者もいれば、困惑している者、頭を抱えた者もいる。

「落ち着くのじゃ。みな落ち着くのじゃあ

!」

 そこへ現れたのは、立派なヒゲを蓄えた老人だ。静まり返ったギャラリーの中から、サラの前に一人歩み出た。

「村長……」

 サラはためらいがちに呼びかけた。

「サラなんじゃな?」

「そうだよ」

「そちらのお二方は?」

 村長の窪んだ目がポスカとエステルをとらえた。

「たまたま近くを通りかかった者だ。この娘が倒れていたので、手を貸した」

 ポスカが穏やかな声で答えた。

 気の良さそうな好青年――そんな印象だが、普通、こんな辺鄙な土地をたまたま通りかかった、なんて怪しいと思うだろう。村長も当然そう思ったようだが、あえてそこには触れずに、「それはそれは、なんとお礼を言ってよいものか」と頭を下げた。

 だが再び上げた顔には、強い警戒の色がにじんでいた。

「申し訳ありませぬが、ここから先の話は村の問題。今、厄介なことが起きているものでして、もてなしもできず心苦しいが、お引き取り願えますかな」

 村長が丁重に告げると、

「嫌だ。俺も話を聞きたい」

 ポスカは人懐っこい笑みを浮かべたまま言った。

 まさかこんなにもストレートに断られるとは思っていなかっただろう。村長の太くて白い眉がぴくりと動いた。後ろの村人たちは、もっと動揺していた。

「なあに、純粋な興味だ。ここで何が起こっているか、俺の目で確かめたい。それに、困っているんだろう?」

「サラ、この人たちに話したのか?」

 非難の目がサラを射抜いた。

「……話した。だいたいのことは」

「…………」

 村長は沈黙し、どうすべきか考えているようだったが、やがてポスカの顔を見て、

「なんとか出ていってはいただけないかのぅ?」

「嫌だね」

「あなたがたは村の問題とは無関係。あなたがたが何を言おうが、言うまいが、決めるのは我々村民じゃ」

「かまわないさ。この村が繁栄しようが、消滅しようが、俺にとってはどうでもいい」

 ポスカは飄々と答えた。

 明らかに村人たちの多くがポスカの言動を不快に思っていた。が、村長は、

「ここに居座るのは勝手じゃが、あなたがたの身に何か起きたとしても、我々は関与しないのでそのおつもりで」

「そっちも俺たちのことはいないと思ってくれ。じゃあ、もう一つの目的を果たしに行こうか、サラ」

 ポスカたち三人は村人の集まりから離れ、サラが住んでいたという家に向かって歩いた。村人たちの視線はずっとポスカたちの背中にそそがれていた。

「村人たちの様子は実に様々だったな。再会を喜ぶ者もいれば、まったく喜んでいない者もいた」

「あたし一人が犠牲になれば、村を守れるんだもの。みんなもともと悪い人じゃなくて、ただ自分の大切な人を守りたいだけ」

「だが、サラを捨てた連中だ。俺はゴブリンに野蛮な行為をやめさせることができる。だが、あえて放っておいて、サラが受けた苦痛を、あいつらにも少し味わわせてやることだって可能だ」

「あたしが受けた苦痛を……みんなにも……?」

 サラはまったく新しい発見をしたかのように、驚きとともにポスカの言葉を繰り返した。

「その通り。サラがそうしたいと言うほうにしよう。サラが決めていい」

「あたしが、決める……」

 サラが元いた家は、鍵がかかっていた。

「開かない……。鍵は生け贄に選ばれたとき、没収されたから持ってないよ、ダメだ」

「エステル、頼む」

「承知しました」

 エステルが手のひらをドアの鍵穴にかざすと、ガシャリと音がしてドアが開いた。

「一瞬で……!?」

「さあ、中へどうぞ。私が言うことではありませんが」

 中の様子は変わっていなかった。サラが使っていた料理道具や調味料、香辛料などもそのまま残っていた。

 サラが持っていくものを選んでいると、ポスカが、

「迷うなら全部持っていけばいいんじゃないか?」

「でも、さすがに全部は持てないし」

 とサラは当たり前の答えを返すが、

「エステル、頼む」

「はい」

 エステルはサラが抱えていた道具を受け取り、それをヒュンとひと振りした。

 道具が消えた。

「へ!? あたしのフライパンどこに行ったの!?」

「一時的に魔界に転送しました。洞窟ハウスに着いたら引き戻しますのでご安心を」

「そういうわけで、荷物の心配は不要だ」

「魔法って便利すぎ……」

 サラはあっけに取られていた。

 あらかたの道具を魔界に転送し終え、エステルの魔法でドアに元通り鍵をかけ、三人はほとんど手ぶらで家を出た。

「これで思う存分料理ができる!」

 サラはさっきよりも少し明るい顔をしていた。

 だが、村の様子はさっきとは違った。女性や子供たちは家に入り、戸を閉める。男たちは足早にどこかへ向かう。

「あっ……」

 サラにとっては見慣れた光景だ。うつむき、ポスカの上着の裾をぎゅっと握る。エステルはその様子を見ても、離れろとは言わなかった。

「ご登場ですね」

「ああ、俺たちも行こう」

 ポスカたちは村の男たちの背中を追った。

 人だかりの向こうに、ひときわ大きな影が見えた。人間の倍はあろうかという身長に、筋骨隆々の身体。大人の男たちでさえ腰が引けてしまうその相手は、大柄なゴブリンだった。


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