次の日。ルモンド王が、グローリア帝国の街中を歩く行事が行われた。僕は、奥さんを娶られ、行方不明になった男性が営んでいる、花屋の女性従業員として、白いワンピースの上に、エプロンを掛け、元から長い髪を下ろした姿で女装し、ルモンド王がこちらに現れるのを待つ。
その間に、シエルは店の中で控え、ルキアさんはルモンド王の護衛としてついている。
「そろそろかな」
シエルはそう言うと、客として店の外に出てきた。
「いいかい、クロイ。気に入られて、ボロを出す間まで、確実に上品でお淑やかな生娘を演じるんだよ?」
「生娘ってな……。まぁ分かった。善処する」
「君は短気なところがあるからねぇ~。おっと、ご本人のご登場だ」
客に扮したシエルは、花を見つめ始めた。すると、店の中に貴族らしい服装に身を包んだ肥満体の男性が、入店してきた。僕は頭を下げ、ルモンド王本人に挨拶を交わした。
「王様。良くおいでなられました。王様のお好きな花を、お選びくださいませ」
店主によると、ルモンド王はこの行事があるごとに、この店で花を買い、気に入った女性に花を渡すという。
(さて、上手くいくか?)
不安であったが、入り口前で立っているルキアさんと目が合い、口パクで『安心しろ』と言ったのが見え、少しだけ緊張が解れた気がした。
「ほぉ~? 見ない顔じゃないかねぇ~? お主、名はなんと申す?」
舌で舐め回すかのように、僕の身体を見てくるルモンド王。
(気持ち悪いな……。だが、答えなければ)
「
思っていないことが自然と、口からこぼれ出る。そんな僕に、ルモンド王は店にあった、花を一輪を取って渡してきた。
「気に入ったぞ! ルーシーと申したな?」
「はい」
「お主を我の妻に迎え入れる!! 一生我の元にいると良い! 衣食住は勿論。不幸な人生にはせん!」
ルモンド王は、僕の腰に手を当て、自分の方に引き寄せた。腰に当てられた手つきが、厭らしく、背筋が凍った。
(こんなにも、気色悪いと感じてしまうなんてな)
僕は、ユーベルでの出来事に少し似た状況に、冷や汗を流した。
「我の元に来るのが、そんなに嫌なのか?」
耳元で呟くルモンド王。身体が小さくビクついたが、平然を装い続けた。
「いいえ。ただ、恥ずかしく思いまして。王様との距離が近いために、少々緊張してしまいました」
「そうかそうか!!」
恥ずかしそうにする僕を見たルモンド王は、上機嫌に笑った。
そして、僕はルキアさんと目線を合わせ、ルキアさんが持つ、街の中に繋ぐ水晶玉に、今の状況を生配信させた。
「あの、王様。少しお聞きしたいことがあるのですが……」
「何でも聞くがよい!!」
言質を取った僕は、ルモンド王にルキアさんのお姉さんについて、質問した。
「王様は、『クレア』という女性をご存じでしょうか?」
この質問に、僕とシエル。そして、ルキアさんが息をのむ。『クレア』という名の女性は、ルキアさんのお姉さんの名前だからだ。静まり返るこの空間で、ルモンド王は両腕を前に組み、首を傾げながらこう言った。
「さぁ……。
ルモンド王の答えにより、ルキアさんが背後から、彼の首元に剣を突き付けた。ルキアさんの行動により、街の中は一時騒然とした。ルモンド王は、額から冷や汗を流し、ルキアさんにこの行動について、説明を求め始めた。
だが、ルキアさんの目つきが物凄く鋭く、
「うるさい。
「ル、ルキア! お主!
「思い出したか? ルモンド王。あぁ、そうだ。
ルキアさんの今まで隠してきた、心の中にあった悲痛な叫びが、グローリア帝国中に、響き渡った。
「ルキアッ!! お主、今何をしているのか、分かっているんだろうな!?」
ルモンド王は、大声でそう叫ぶが、ルキアさんは呼吸を整え、彼の鼓膜を破る勢いで叫んだ。
「貴様を殺す!! そういう意味に決まっているんだッ!! 貴様が、起こしてきた悪事を今ここで、この国中に教える! 貴様の人生も、ここまでだッ!!」
ルキアさんは、そう叫ぶと、宣言通りに水晶玉に向かって、彼の起こしてきた悪事を、次々と明かしていった。
すると、ルモンド王はその場に座り込み、店の中に被害に遭った人たちを含めた、国民の方たちが押し寄せてきた。
───何が神だッ!! 神なんて存在しないじゃないかッ!!
───私たちの娘を返して!!
───ママを返してよ!!
───全て、王様のせいじゃないか!! いや、
───信じた俺たちが、馬鹿だった。このまま消えてくれよ。頼むから。
次々と、国民たちの期待を裏切った彼に対する、言葉が溢れ出す。
「これで、貴様の時代は終わった。これからは、新たな時代の幕開けだ。そもそも、神を信じる者なんて、いないんだよ。いたとしても、少数派しかいない。そして、その神を信仰していた貴様は、その神に裏切られたんだよ。行いが悪いからな。ここで、首を刎ねたいところだが、あまりにも人が多い。だから、この国の人たちに、貴様の処刑方法を決めてもらおう。火炙りか、追放か。それとも、水責めか、毒蛇を放った牢屋の中で死ぬか、猛獣に肉を引きちぎられるのも良いな。まぁ、どれにせよ。俺にはもう関係ないことだ。俺は……この国から出て行く。この先のことは、このグローリア帝国に任せる」
ルキアさんは言葉を吐き捨てると、この場を後にした。
「ルキアさん……」
「クロイ。行って来なよ。復讐を遂げたルキア君を導けるのは、君しかいない。さぁ、言って来給え!」
シエルの言葉に背中を押され、僕はルキアさんの後を追おうとした時、ルモンド王に手を掴まれた。
「お主も我を置いて行くのか……?」
「そうだが?」
僕の本当の声に、ルモンド王は身体を震わせた。
「僕は、クロイ。クロイ・シリル。〈勇者・クロイ〉と、名乗っておく。これで、どういう意味だが、分かっただろう? ルモンド王。これに懲りたら、もう二度と僕たちの前……ルキアさんの元に、現れるな」
彼の手を振りほどき、僕は急いで、ルキアさんの元まで走ったのであった。