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33.〈クロイ・シリル〉

 〈失望の魔王〉・シエルとして彼女は、僕の本当の過去を、明かし始めた。


「〈古代の勇者〉。それは、クロイ君の叔父が正体さ」


 シエルの口から明かされたのはまず、〈古代の勇者〉が僕の叔父だったこと。バーナさん以外、全員正体を知らずにいた。


「クロイの叔父様だったのか!?」


「えっ!? シエルちゃん! それ本当なの!?」


「事実だとも! 叔父の名は〈ロイド・シリル〉。最初の勇者。そして、彼を生涯支えた人物こそ、〈時の魔法使い〉であるクラリスとの間に生まれたのが、かの有名な〈雨の魔女〉・アイリス。彼女が、君の本当の母親なのさ!」


(母親……? 僕の中では存在していないはずの母親が、〈雨の魔女〉?)


 しっくりきていない僕の顔を見たシエルは、両腕を前に組み、『そこもか~』と呟いた。


「もしかして、クロイ。本当に記憶がないのか? 母親の記憶も……」


 ルキアの問いに、僕は頷く。


「嘘だろ」


「嘘じゃない。父の記憶はあるが、母親がいたことまでは知りもしない」


「そうでしょう」


 バーナさんは意味ありげな言葉に、僕たちは耳を傾けた。


「バーナ殿。それは一体どういう意味で……?」


「クロイ様の記憶。母親の記憶を、と過ごしたかのように、という事です」


「その通り。〈雨の魔女〉は、クロイの〈勇者の血〉が欲しかったのさ。そのためには、クロイを殺さなければいけない。それを阻止したのが、〈時の魔法使い〉・クラリスだった」


(僕が、実の母親に殺されかけた、のか?)


「そうさ」


「僕の記憶に存在している父親は……」


「〈雨の魔女〉に殺されているよ。何故、〈勇者の血〉に執着しているのかまでは分からないけど、クラリスがいなければ、君はここへは居なかった」




───シエルの言葉が、耳に残る。


 頭を誰かに殴られたような衝動が駆け巡る。


 それに、心臓がギュッと掴まれるような痛みが、襲い掛かる。


「っ……」


「お辛いのですね」


 静かだったプリムラが、口を開いた。


 彼女の言動が、あの〈ユーベル〉で起こった出来事と同じ感情だという事に気づかされた。


(記憶にない母親に、殺されかけたことが。そうか、〈ユーベル〉にいた時、貴族らに奴隷扱いを受けていた、あの人たちを見た瞬間、【辛い】【怒り】【悲しみ】。そして、【】だと感じた。その感情が、今になってまた……)


「叔父には会ったことはあるのかい?」


「物心つく前に死んでいるから、会ったことはないな」


「そうかい。それなら、記憶を書き換えられる前のことを、実際に聞いてみようじゃないか! そのほうが、クロイにとって〈勇者〉としての自覚を持てるようになるだろうしね!」


 シエルはそう言うと、プリムラの膝から飛び降りた。


「祖母ちゃんは、もういないが?」


「だろうね。でも、会う方法はあるのさ!」


「〈時の水晶〉ですね。それなら、〈エレドリヌ〉にある〈大樹の木〉の中に封印されていると思います」


 バーナさんが、僕の顔を見ながら、真剣そうに言う。これは、相当の〈覚悟〉が必要だと悟った。


「エレインに事情を話せば、立ち合いをしてくれるはずだよ」


「そうか……。じゃあ、〈エレドリヌ〉に向かうか?」


「しばらくは、スノーバーグここに留まった方がよいかと。ルモンドはまだ、クロイさんたちを追っていると思いますよ。諦めの悪い男ですから」


 プリムラは、スノーバーグに留まることを提案してきた。するとシエルは、プリムラに頷いた。


「〈雨の魔女〉が復活するのには、時間はまだある。最低でも、一月は留まろうじゃないか」


「復活、するってどういうことだ?」


「あたしが、君たちに〈失望の魔王〉だと明かし、クロイはカミュに目をつけられているせいで、〈雨の魔女〉が人類を支配しようと、復活する。君が、〈魔王〉に認識されたと同時に、復活する時間が動き出すように、呪いをかけられているのさ。〈悪魔〉は〈魔王〉の支配下。〈魔王〉は〈雨の魔女〉の道具。だから、あたし達より立場が上である〈雨の魔女〉が、全て思い通りできるのだよ」


「そのせいで、シエルは自分が〈失望の魔王〉だと明かすのを戸惑っていたのか」


 シエルは下を俯きながら、『そうだとも』と小さく頷いた。


「世間は、〈魔王〉が世界を脅かしているというけど、実際は〈雨の魔女〉の道具として、動かされていたんだ。カミュは〈雨の魔女〉を慕っている。だから、世界を支配したいと言っているのさ。もう一人の魔王は、〈雨の魔女〉を嫌っている。そして、あたしはあまり好んではいない。気に入らないからさ。クロイを殺そうとしていることにね」


(シエル……)


「プリムラの一番上の兄・フォードは、カミュに命を捧げている。プリムラが生まれ、女王陛下という地位を取られ、君を気に入らなかったフォードは、カミュと契約をし、封印を解き、スノーバーグを滅ぼしかけた。二番目の兄・ルルは、フォードを止めるために、自ら共謀したと言い、この国から出て行った。今もどこかで生きていると思うよ」


 シエルがプリムラの兄たちの話をし始めた瞬間、プリムラは眼に涙を浮かべた。


「お兄さま……」


「そのうち会えるさ。生きてさえいれば、きっとね」


 シエルはプリムラの手を握った。出逢ったころには見せなかった、優しさが目に見えて伝わってくる。


「姉妹に見えるな」


「そうだな。ん?」


 ルキアは突然、その場から立ち上がり、玄関に向かって歩き始めた。


「ルキア? どうしたんだ?」


「外が騒がしい気がして……」


 僕も彼の後ろからついて行き、ドアを開くと、外が吹雪に覆われていたのだった。

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