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35.〈クロイの不安〉

 突如、僕たちの前に現れたプリムラの兄・フォードが、〈破戒の魔王〉に操られていることが判明し、〈スノーバーグ〉を凍り付かせ、シエルがフォードにかけられている呪縛を解呪したのち、呼吸は正常だが、呪縛の代償として、長い眠りについてしまった。バーナさんがの説得により、プリムラはこの現状を受け入れ、共に旅をすることとなった。


 そして。その晩は、プリムラの経営する宿屋に留まり、次の日に〈エレドリヌ〉へ向かうことに話がまとまった。


───宿屋・二階


 ルキアと同室になった僕は、眠りにつくことが難しかった。今日あった出来事が多すぎて、神経質になっているせいだろう。


「……記憶か」


 窓を開け、月を眺めた。僕自身の過去の記憶が、祖母ちゃんに封じられていたことをシエルから明かされ、実の母親にも命を狙われていることも知った。


「過去を全て知ってしまったら、僕は……」


 不安な気持ちで一杯になっていると、布団の掠れる音が聞こえ、後ろを振り向くと、ルキアが眼を擦りながらベッドから起き上がっろうとしていた。


「起こしてしまったな」


「いや。平気だぞ。クロイこそ寝れないのか?」


「あぁ。だから少し風を浴びているところだ」


「風邪ひくぞ? 元々寒がりなくせに、強がるなよ」


 ルキアはそう言って、ベットから離れ、僕の頭にブランケットを被せてきた。


「別に、強がってなんかない」


「フッ、そうか。それで、なんで寝れないんだ?」


「……今日会ったことが色々ありすぎて、考えてしまったんだ。全て知ってしまった後の僕が、本当の僕のままでいれるのかを」


 ルキアに本心を告げ、夜空に浮かぶ三日月に目線だけを向けた。


「クロイなら大丈夫だと思うけどな……。でも、不安だよな。実の母親が、血のつながりのあるクロイを殺そうとしていることや、自身の記憶がどのような物なのかも、知らずにいるんだ。不安な気持ちがあって当然だ」


「そういうものなのか?」


「あぁ。クロイに前話したよな? 俺が同性愛者だということ。誰にも受け入れてもらえなかったとき、クロイと同じ気持ちで過ごしていた。不安と劣等感に苛まれていた。そんな時に、姉さんが僕を受け入れてくれて、幼いクロイと出逢った。そして、こうしてまた再会することができ、こんな俺を救ってくれた。ルモンドに復讐した後、生きる意味もなくなった俺を、仲間に加えてくれた。命の恩人であり、俺の初恋相手でもあるクロイに、身も心も救われた。だから、今度は俺がクロイを守り、何があっても救って見せる」


 僕を背後から、抱きしめるルキア。ルキアの温もりを感じると、自然と心が軽くなった気がした。


「ルキア……」


「例え、記憶が戻り、今のクロイじゃなくなったとしても、俺はクロイの傍を離れない。そうじゃなくても、離れるつもりはない。全てのクロイを受け入れる〈覚悟〉があるからな!」


 ルキアはそう言いながら、僕を抱きしめる力が、少しだけ強まった。僕は、前に回してあるルキアの手を、握りしめた。


「ルキア。すまない」


「そこは、『ありがとう』だろ? クロイが教えてくれたんだからな?」


「あぁ。そうだったな。ルキア、ありがとう」


 ルキアに感謝の言葉を述べると、急に眠気が襲い掛かってきた。全身の力が抜けそうになっていると、僕を横抱きにし、ルキアが使っているベットへ運ばれた。


「ル、キア?」


「眠いんだろう? なら寝た方がいい」


「いや、そうだが……。何故ルキアのベットへ?」


 疑問を抱いていると、突然ルキアは、僕の横で寝ころび始めた。


「ん~? 不安な時って、誰かと一緒に寝た方が良いんだぞ。姉さんがそうしてくれたようにな」


「それは姉弟の仲であり、僕たちは……」


「形はなんだっていいんだよ。だから、今だけは俺に身を預けてくれ」


 そして、ルキアに抱きしめられると、眠気が強くなっていき、瞼が開かなくなった。微かにまだ、意識はある。そんな中、ルキアの声が耳元で聞こえた。


「クロイは、俺が絶対に守る。こいつだけの騎士であることを、最後まで貫いて見せる。誰にも邪魔はさせない。クロイ。どうか、俺だけを見てくれ。お前を想っているのは、俺だけじゃないことは知っている。だが、それでもお前を一番に想っていると、思わせたい」


(ルキア……)


「お前が、俺をどう思っていようが構わない。一方的な片想いでもいい。二番目でもいい。最終的には、それでもかまわないと思っているが、本心はそうじゃないことだけは覚えていて欲しい。って、もう寝てるか。寝顔も可愛いものだな。今日寝れるか分からないな。この状態が、続けばいいのにな」


 ルキアの想いを聞いてしまった僕は、寝たふりをして過ごしていると、次の瞬間。頭に柔らかいものが当たり、『おやすみ』と一言だけ言われた。


 目を瞑っている状態だが、何が起こったか分かった瞬間、血が上るような感覚を覚え、その感覚を隠すように、ルキアを強く抱きしめ返し、自然と身体の熱が引くのを待っていると、いつの間にか意識を手放し、次の日を迎えていたのであった。

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