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第20話

 梟の鳴き声がした。トラックに乗り込む合図として、必ず聞く声だった。

 骨董市で買った古い腕時計を見る。日付が変わろうとしていた。

 連絡網は今も健在だった。本部から無線が入る。そのままハンドルを切る。幸い住民のほとんどは組織を歓迎していた。

 村に変わった様子はなかった。いつ訪れても住宅の窓から点々と光が見える。しかし、外で人の姿を見かけることは極端に少ない。ギャングに頼っては避けているのだ。

 珍しく人影がコンクリートに伸びていた。連絡した男らしい。見たところ、これまでの依頼人より数倍も若かった。十五の少年にも見える。


 ジローと名乗る青年は言った。

「俺がしんがりでいいです。一番だって、同じ苦しみ背負っているんです。あいつの性格、知ってますから」

「お前はどうすんだ」

「そう決めましたから。決めたんです」

 明日、赤い下着を盗む。トラックを待つ。倉庫へ消える。

「保証はないぞ。K地区は甘くない」

「構いません。屋根があれば」

「誰も止めはしないぞ。てめえでケツ拭くんだ」

 住人が去ったその家には陰口ばかりが付いたという。一家心中した、と噂が独り歩きしていた。

「お前たちはいろんなことを聞かれると思うぜ。だが無言で通したり、反抗的な態度を取っては駄目だ。塔に行けなくなる」

 青年は黙って話を聞いていた。

「一度決めた番号は変えられないぞ。塔を出るまでの間、一度も変更は許されないんだ。もし番号の変更を求めたら村へは帰さない。これも事業の一環だ」

 青年の顔に変化はなかった。

「トイレの清掃員、見たことあるか? 組幹部のパンダさんだ」

「……あのおじさんが」 

「なぜ清掃やってるかわかるか? 監視を兼ねているんだよ。幹部クラスが地上に降りてはしっかり見ている。ジジババども、みんな清掃のおっちゃんが誰のことか知ってる。塔に連れていかないよう、ガキにはうるさく言うんだよ。それで若い奴らが村から出ていく一方なんだ」

「……ご挨拶に」

 青年は言った。自ら十二を志願した若者は初めてだった。

「各部屋にモンスターがいるとか、そういう修行じゃない。逆だ。降りるんだよ。地上までな」

 十二を選んだ者は、一人殺す。それがルールらしい。

 村で唯一の公衆便所に、男はいた。髭を蓄え、寡黙に便器を磨いている。

 ジローはしばらく男の仕事を眺めていた。バケツとモップを両手に、中へ消える。村ではよく見かけるような老人だ。どう見ても幹部クラスではない。

 仕事を終えたのか、男はバケツ片手に出た。ジローは急いだ。


「すみません」

 男は気付いた。

「ジローか」

「……はい」

「ミノルから聞いてるぞ。爆薬、ほしいんだってな」 

 小柄だが、レスリング選手と同じ体型だった。

「条件だ」

「はい」

「まずはバケツ、運んでくれ。話はそれからだ」

 ジローはバケツを持った。わずかな水がある。

「ここにお前さんの欲しいものを入れる。決行当日は俺みたいに清掃員として入れ。あそこは基本、外部からの客を拒んでいない」

「施設なのに、ですか」

「誤解だよ。施設だから人を受け入れているんだ。掃除をすると言えばいい」

「……子供たちを殺すかもしれません」

「では聞こうか。弟を助けたいのか、それとも罪を被りたいだけなのか。前者を選んでも、この村では偽善者扱いだ。他の子供を犠牲にしてるわけだからな」

 ジローはバケツを置いた。乾いた音がした。

「一人だけ助かればいいわけじゃない。しかし、全員を連れ出すのは不可能だ。連れ出す前に捕まる」

「……シェルターをどう思われていますか?」

「孤児を預かる者に、私たち悪党は何も言えない。追い出すこともだ」

「一体、何人殺せば罪なんですか? たった一人を救うために、何人の犠牲を出せば許されるんでしょう? わからないんです」

「答えはモップに聞いてくれ。悩んでいるうちは青いな」

「僕は忠の兄でしかありません。人は殺せない」

「わかった。そいつを聞いて安心した。バケツを置いて正解だよ。火薬の威力を舐めてはいけない」

「忠を救えますか? あいつをこの村に戻せますか? パンダさん、教えてください」

 パンダは微笑んだ。

「炎はすべてを焼く。正義すらもだ。君がそれを確かめるのなら、帰りのトラックを手配しよう。だがケツは拭かないぞ。拭くならてめえでやるんだ」

 ジローはバケツを荷台に乗せた。モップの先が薄汚れている。車は村の通りを過ぎていった。 

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