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第22話

 荷台に六人の男がいた。一から六まで、胸に番号が確認できた。

 男は紺色の作業衣に袖を通した。尿が漏れたジーンズを脱ぐと、何人かが目を逸らした。

 一人の若者が頭を抱えていた。無理に乗ったに違いなかった。マスクをしている。両親に何か伝えようとしているようだ。

「大丈夫か」

 男は言った。

「こいつ、下着盗んだって」

 別の男の声だった。

「即効ばれて乗ったわけ。あの村じゃ噂が早いもの」

 男はタイヤの音に耳を澄ませた。どこを走っているか不明だった。

 やがてトラックは止まった。荷台の扉が開くと、聞き慣れない鳥の鳴き声が飛び込んできた。町の騒めきからは程遠い。深い谷底から風が吹き上げ、作業着を揺らした。

 男たちは砂利道の上で立ち往生していた。噂など瞬時に広まる。下着を盗むと、翌日には自宅前にトラックが駆けつける。村の大人は窓から盗人の様子を覗き見し、ほくそ笑むという。山への連行は日常だった。闇組織が手を引いていた。盗人はもちろん、身を隠した逃亡犯、年寄りを狙う都会からの詐欺師を含めて、どんな悪党の名も筒抜けだった。

 住人の手による情報網は、ここ四十年あまり変化はない。どの住宅にもギャングへの窓口があり、いかなる犯罪も許されなかった。一網打尽とは小さな村のためにあるようだ。


「誰が何をしたか瞬時にわかる。だから子供たちは減ってる。都会で息を殺した方がマシって感じじゃねえの」

 男は身震いした。自分の腕を引っ張り上げたあの男も、通報を受けたに違いなかった。

「倉庫なんだけどよ、ちょっと厳しいところだぜ。覚悟しなよ」

「……塔じゃないのか」

「違うよ。塔までは倉庫を通過しなきゃいけねえの。まして俺たち囚人は簡単に通れないんだよ」

「何をするんだ。ひどい労働じゃないだろうな」

「あのね、あんたの臆病に付き合ってられねえの。黙って行きゃいいんだよ」

「お前、そんな機械みたいでいいのか? 俺たちは血が通ってるんだ。人なんだよ」

「だから何だ。動物がこんなにしゃべるかよ」

「そうじゃない。人らしくと言ったつもりなんだ。いつの時代の労働だ。トラックに詰め込まれるなんてあんまりだ」

「すぐには帰れないんだよ、おっさん。今じゃギャング以外立ち寄れなくなってる。村の連中はいい気なもんだよな。抜け殻は銭にならねえから」

 その時、男の声が飛んだ。

「こっちだ」


 建物の扉が開いている。男が一人、佇んでいた。

 倉庫内は裸電球が点々と続いていた。一個の間隔がやたら広く、次の球を望むように設置している。男たちは列を乱すことなく歩いた。視界にぼんやりと電球が当たっては暗闇へ戻る。もちろん会話もなく、聞こえるのは乾いた足音のみだった。一番から十二番、先頭に立つ監視の男に続いている。胸元の番号のみが目立っていた。

「監視のバカヤロー」

最後列から罵声が飛んだ。

一同の足は変わらず前へと進んでいた。

「止まれ」

監視が言った。

「七番です。七番が言いました」

 誰かの声が飛んだ。しんがりの男だった。

 監視は睨みつけた。急に押し黙った若者を見ると、もう一度同じ言葉を出した。

「誰だ。誰が言った? 答えないと先には進めないぞ」

「七番です」

 同じ声だった。その瞬間、監視の靴底が男の腹に食い込んだ。

 他の男たちは倉庫の奥へと進んだ。監視の様子を見て顔色一つ変えず歩き去った。

 冷たい床に七番は蹲った。激痛に声を殺している。図ったように電球の光が降りていた。

「お前が言ったのか」

 七番は辛うじて「はい」と言った。監視は七番を起こすと、意外にも頬を緩めた。

「悪かった。みんなと先へ行くがいい」

 そして肩に手をまわし、共に歩き始めた。

 白い電球の明かりが続いていた。

「監視」

「何だ」

「……どうして、俺を助けるんです?」

「こんなところで何を聞いてるんだ。お前たちを面接に運ぶのが俺の仕事なんだよ。だが靴底はいつも出すようにはしている。それが掟だ」

「選ばれてはいませんよ、とても」

「なぜだ。あの村からだろう。上の者からすべて聞いている」

「確かに俺は妻を殴りました。原型がなくなるくらい。ゴムの塊くらい」

「それを話すために来たんだろう。違うか」

 男は口を閉じた。

 廊下の先に鉄扉が構えている。〈めんせつ、こちら〉と赤い文字がある。

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