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第27話

 塔の中は安全だった。幹部の下、厳重に個人情報を取り扱っている。各家庭の平均所得、出生数、転入、および転居の届。各種社会保障。月のゴミ収集にまつわること。例えばフライパンは不燃ゴミ、三〇センチまでの炊飯器は燃えるゴミ。プラスティックごみは週二回。古本、段ボールは毎週末、村と提携する業者に任せている、等々。     

 背の高い男が黙々と続けていた。十一番である。クスリともしない顔だった。

「お前、よく動いてくれるな。すごく助かるよ」

 ミノルは言った。

「あと一階だ」

 十一番の男は頷くだけだった。夜が降りていた。星が瞬き、黒い森を照らしている。

 正面玄関へ続く階段にジローがいた。

「おい」

 一番の横に着いた監視が睨んだ。

「入口で待つと約束したはずだ。階段に立つのは御法度なんだ」

「十一時過ぎましたが」

「ここには時計がない。なぜそんなことが言える?」

「窓からみんなの姿を見ていたんです。地上からでも辛うじて見えますから」

「なぜ時間がわかるか聞いている」

「それは動きが同じだからです。一時間経てば窓からいなくなる。ちょうど二階の景色もそうでした。背の高い十一番のおかげです」

「ジロー」

 一番は言った。

「俺たちを通してくれ。頼む」

 ジローは口を閉ざしている。

 ミノルは一番の横に立って言った。

「通せ。入口で話しを聞いてやる。我々は地上に向かう」

 ジローは道を開けた。男たちはミノルに続いて塔を出た。ジローは声を押し殺して十一人の列に付いた。暗闇が降りている。 

 正面付近でジローは七番に近づいた。

「村に帰るのは十一人。今から俺が決める」

「何のことだ。お前は仕事していないだろ? 俺たちはせっせと汗水たらしてここまでたどり着いたんだよ。何も頑張っていないのにでかい口叩くなよ。俺みたいに苦労しないと村には帰れないぞ。ミノルさん、そうだろ? こいつ間違っていませんか? 仕事していないのにさ」

「間違っていないな。あんたの胸の番号、もう一度見るといい」

 七番の目が見開いた。胸に手を当てる。ラッキーセブン。手汗で濡れている。 

「怯えるって意味、わかるか?」

 七番は逃げ出した。その瞬間、背の高い十一番が壁となった。

「やめろ……!」

 十一番は男の両手を後ろから掴んだ。

 血の海だった。ミノルの顔も真っ赤に濡れていた。森から梟が鳴いた。男たちは茫然と死体を取り囲んでいた。

 ジローは溜息をつき、ナイフを地面に落とした。



「鬼は森の侵入者を許さないだけ。別に俺たちが狙いじゃないんです」

 一番は例の女性について説明した。十歳。小学四年生の春休み、この森で見た蜘蛛。体が割れて、鬼たちを丸呑みした記憶について話した。

 荷台の中は静かだった。厚い布が男たちを囲っている。トラックは闇夜の中を突き進んでいた。

「今もどこかに。鬼たちを食らって生きていると思います。俺、そのお姉さんと少しだけ話したんです」

「そいつは信じねえな。裸の女なんかどこにいるんだ。転がってるなら俺がぶち込むぞ。体めいっぱい使った仕事の後は、無性にやりたくなるもんだ。港に娼婦がいるのはそのためなんだよ。あの村じゃ、クソババアしかいないけどな」

 八番は言った。額から汗が流れ出ている。

「鬼については知ってるぞ」

十一番が言った。 

「ミノルさん、俺たちを村に届けるまで止めないと思う」

「てめえで鬼、殺せってか」

「善悪で判断できるほどこの森は甘くない。ギャングも鬼程度で止まるわけにいかないんだ」

 男たちは押し黙った。

「外の様子、俺が見る」

「ジロー」

「大丈夫だ。鬼なんか殺せばいいだろ」

 ジローは荷台から顔を出した。布の隙間から風が吹き込んできた。

下から赤い手が伸びた瞬間、一番は咄嗟に手を伸ばした。爪先が肩に食い込でいる。ジローは苦痛に歪んだ。

 それはヒトではなかった。目を凝らすと二本の角が見える。笑っている。

 荷台は声が入り乱れ、あちこちで罵声が飛んだ。

 今の誰だ、十番か。違う。死んだ七番じゃねえの。違うよ。

 ああ、そうだ。ここは昔からお化けが出ると聞いてる。

 ジローはいなくなった。

 十一番は荷台の下を覗いた。

「ジロー」

 反応はなかった。トラックはスピードを上げている。赤い化け物も去ったようだ。

「おい!」

 八番は蒼白していた。残る男たちに向けて言った。

「てめえら、こんな時にぼさっとしてんじゃねえよ。ちっとは動いたらどうなんだ? 見てみろよ。みんな今みたいに食われちまうぜ」

「黙れよ、おっさん」

 一番が言った。

「さっき言ったこと覚えてないのか? ミノルさんは村までトラックを走らせる。俺たちを信頼してるんだよ。おっさんこそ、ちっとは頭働かせて物言えよ」

「お前」

「何ですか」

「俺の方が先輩だろうが。鬼程度で偉そうに」

「あなたこそ先輩程度で偉そうに」

「うるせえ! 倉庫の時から生意気言ってんじゃねえよ! 鬼に連れ去られた野郎、見たか? もう肉すら残ってねえんじゃねえのか?」

「……俺が、遅かっただけです。ジローは生きていますよ、きっと」

「死んだよ。ここはガキ一人で生きる世界じゃねえの。お前も村のジジババから聞いてるだろ? 一度足を踏み入れたら最後。肉片すら残らねえところなんだ」

 一番は荷台から森を覗いた。闇一色だった。夥しい樹の影が過ぎる。冷たい風が頬を叩いた。ジローの姿はなく、ただトラックの走行音のみが響いている。果てしなく、深い森が続いている。

「静かに」

 耳に飛び込んだのは梟の声だった。

 ついさっき血の海と共に響いた声と同じだった。

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