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第2話 後宮入り

まず、今回の後宮入りに関しては武官の長たる父の内諾をしっかり得ていて私に話が降りてきていた。

 さすがに、護衛のためとはいえ貴妃として後宮入りするのだから父の内諾は必須。

そこは今回の計画にあたって、陛下と兄でしっかり根回しはしてあったようだ。

国内貴族である劉家からの後宮入りのためか、私に話が来てからトントンと準備が進み一週間後には後宮入りが実現していた。

実に、仕事の早いことであると同時にそれだけ皇妃様の立場が危ういことの表れだと、意識して気を引き締めて臨んだ後宮入り。

私に当てがわれたのは皇妃様の後宮銀華宮のお隣の碧玉宮だった。

現在他の国から来た貴妃は軒並み、後宮でも後方の下に位置する妃に与えられる宮のみに集中しているため後宮入りすぐからの皇妃の隣の宮への貴妃入りは後宮内に衝撃を与えた。

他の貴妃からすれば、自分たちに見向きもしない皇帝がとうとう、皇妃以外の妃を寵愛するのか?!と言った驚きだったのだろう。

かなりの貴妃が様子を伺いに来ていた。

後宮入りのために本日はかなり貴妃らしく着飾っているので、それなりに面目は保てただろう。

内心ほくそ笑んでいると、実家から来た露露ルールーの娘で私の世話役の舜娘ジュニャンは私を見てぼそっと言う。

梓涵ズハンお嬢様は、黙っていれば花も恥じらう深窓の姫君に見えますからね。立派に貴妃として振る舞えていますし、いい刺激になるのではないでしょうか?」

 さすが、舜娘。

 一言多いけれど、間違っていないからね。

 私は寛大なのでこのくらいで大事な世話役を罰したりしない。私と舜娘は姉妹のような関係なので。

「えぇ、たくさん釣って大いに大失敗を遂げて、早々に後宮からお帰りいただきましょうね」

 ニコッと微笑んで武官を見れば、崩れた笑みになる者もいる。

 まだまだしつけの必要そうな武官も多くて、私は楽しみで仕方ない。

「たしか、後宮の武官の育成。私がしても良いのよね?」

 ぼそっとした私の問いに、舜娘は是と短く答えた。

「なかなか充実した日々が過ごせそうね」

 弾んだ私の声に、小さなため息をこぼした舜娘はぼそりと返す。

「ほどほどになさいませ、お嬢様」

 そんな会話をしつつも私は自身に与えられた碧玉宮へとたどり着いた。

 ここは、今日から貴妃の部屋であると同時に皇妃様の護衛拠点の一つになるのだ。

 室内に入れば、さっそくすでに控えていた兄、星宇シンユーがいた。

「よく来たな。これから頼むぞ、劉貴妃リュウきひ様」

 後宮内では身分がすべて。自身の兄であっても皇帝の貴妃になった私の方が一応身分は上である。

 皇妃の宮の側にある碧玉宮の主人になったということは、貴妃の中では筆頭を意味するからだ。

「えぇ、でもお兄様。私が来るからといってもネズミを泳がせすぎではなくって?」

 言葉と共に私は忍ばせていた暗器を八本一気に飛ばし、的確に各所に忍んでいた怪しい人物の側に警告よろしく刺さっている。

「さすが劉貴妃様。ですが、残ったものは梓涵の護衛なのだが?」

 そんなお兄様の問いかけに私はフッと笑うと一刀両断する。

「こんなに様子伺いの子飼いを仕込まれているのにそれに対応しない護衛は使えないわ。それを踏まえて飛ばしたのよ?あなた仕事してないじゃない?って」

 そんな私の遠慮ない回答にお兄様は苦笑を漏らすと、一言。

セイ、今回は分が悪いぞ?」

 そんな兄の声に合わせて、スッと姿を現したのは今回私の護衛に任命された諜報部門の者だろう。

確かによそに気配を悟らせてはいなかったけれど、だったらその技を駆使してネズミの駆逐が出来なければ皇妃を守る人手にはならないと判断する私は間違っていないと思う。

「さすがは劉家の姫君ですね。動きに無駄が無いし、牽制としても的確過ぎます。諜報部、来ません?」

などという始末。

そんな清と呼ばれた護衛の諜報員はのほほんとした糸目の優男風な見た目ながら、その身体は鍛えているのを見逃さない。

これは、しごき甲斐がありそうで私はニッコリ微笑んだ。

この笑顔の意味に気づけるのは、この部屋では兄星宇くらいであろう。

「清、お前……。梓涵に鍛えてもらうといい」

そんな兄の言葉に清は、小首を傾げている。

「梓涵様もかなりの手練と見ますが、鍛えられるのですか?私を?」 

心底不思議そうだが、まだ磨ける所はあるのよ、あなたと清の体つきを観察してほくそ笑む私。

人を鍛え育てるのが大好きな私の癖を兄は間違いなく気づき見抜き、やる気を感じていることでしょう。

後宮の守りの強化も、皇帝である龍安ロンアン様から頼まれた私の仕事ですからね。

「えぇ。だって清、あなたまだ自分自身の身体を使いこなせていないわよ?私のメニューを訓練に組み込めば今より素早い動きも、重量感ある動きも出来るし、気配ももっと消せるようになるわ。やってみない?と言うよりやって部下を鍛えなさいよ」

 私の言葉に清は私たちに近い部類なのだろう。目を輝かせて頷くではないか。

 やはり、そうでなければつまらないわ。

「諜報部の長たるもの、自身を鍛え上げてさらには部下も育成しなければね」

 私の言葉にお兄様と清が揃って目を見開いた。

「護衛だと言いましたし、隠れていた点から諜報だとは気づかれたと思いました。ですがなぜ、私が長だと?」

 その問いには私はニッコリと背後を見た後に答える。

「だって、今まだ不完全な気配断ちの者が四人ね。ここを伺っているのはみんな清と同じような気配の消し方だもの。清の方が上手いということはこの子たちにこの気配の断ち方を教えたのは清だからかと。それなら自然立場が上と判断したまでよ」

 私の言葉に、清はお兄様を見る。

 そんな清の視線にお兄様は一つ頷くと、劉家の現状をあっさり話した。

「現在の劉家の私兵の鍛錬はすべて梓涵の監修で、ここ二年で父が監修していた時より私兵の力はおよそ二倍増加している。人員はそこまで増員していない現状でだ」

 そんなお兄様の言葉に清は今度こそ糸目を大きく見開いた。

「まず、梓涵は倒れないぎりぎりのトレーニングメニューを組む。そしてそれを十日続けてさせる。その後にその時の動きを見て、その人に最適な武器を選び、これまた一か月かけて最適な武器を最適に使えるまで徹底的に鍛え上げる。すると、一気に兵力増加したのだよ」

 お兄様は乾いた笑いをしながら清に説明しているが、事実私の観察と訓練によって劉家の私兵はもはや皇国の師団の上を行くレベルに強化されている。

 私は父が忙しくなったの時に我が家の私兵団の訓練教育を任された。

 それまでは私兵団の一部だけは、私の訓練メニューを積み、得意武器を極めた状態だった。

 それを私兵団すべてに向けられるなんて楽しいしかなかった。

 ゆえに、テンション高くギリギリを極めた特訓と訓練とを繰り返すとあら不思議。

 個々人の能力が飛躍的に上昇し、私兵団は皇国師団も真っ青の最強軍団にレベルアップしたのでした。

 強いのは正義だし、筋肉も正義だから仕方ないよねと言ったら舜娘が深いため息をついたのはご愛敬よ。

「劉家の真の支配者は、梓涵様だったのですね……」

 いやいや、結局は父采庵トーアンがすごいのよ。

 私が鍛える前に基礎を叩きこんだのはもちろん父だもの。

 私は父が作ってくれた素地を強化したうえで、ここぞの適性を見極めた武器を持たせてひたすらその武器の訓練を課しただけである。

 大したことはしていないし、体術が得意そうな者数名は兄星宇の元に送り出しただけである。

 そうして劉家私兵団は、ここ二年で歴代最強と言われるようになった。

 皇国師団が太刀打ちできない場面でも、劉家の私兵団なら解決できたこともしばしばある。

 それが私に起因することを知った皇帝龍安様が、今回の皇妃の護衛と皇国師団や諜報部の底上げのテコ入れを提案してきたのである。

 父も兄も自分の手柄にすればいいものをと思ったのだが、この人たちは脳筋であり実直、嘘の付けない人柄ゆえに正直に話したようだった。

 そうして皇国の後宮に貴妃として来ることになったおかげで私は新たな楽しみと、その先には好きな相手との結婚が約束されているのだから。

 やる気しかないと言っても過言ではないわ。

 むしろそれしかないわ。

 そんな私の考えが読めたのは、舜娘だけであり、そして私の側仕えであり侍女の舜娘は先の苦労を思い浮かべて海より深いため息をこぼすのだった。

 その内情は、うちのお嬢様も主様や若様と同じく脳筋だから……。

 そんな考えだったようである。

「素晴らしいですね。さすがは劉家の秘蔵の姫君。その手腕は星宇様にも引けを取らないのに、女性だから家を継ぐことはない。それでも武勇が聞こえてくる、期待の武闘姫です」

 この国は男子のみが家を継ぐので、女の子にはよほど女子しか生まれていない家でない限り女子が家を継ぐことはない。

 有能な子女はあまたいるというのに、この国では女子の活躍の場はほぼないに等しいのだ。

 結婚して子をなし、家の繁栄に勤めるのが女子だと思っている。

 子を産んで一人前と言うのが、価値観であり根底に流れているものだ。

 私が結婚もせず、このまま劉家で私兵団を育て続ける道もあったとは思うけれど。

 父と兄はそれを許してくれるだろうことは見越していたし。

 でも、それでは無理な相手を好きになってしまったからには仕方ない。

 私は自分の好きになった人の元へ嫁ぐため、新たな限定的居場所の後宮での仕事を全うして見せましょう。

 皇妃様の護衛も、師団や諜報部の育成もやってみせるわ。

 私は、外で見せていた穏やかな笑みの貴妃姿を捨てて不穏すぎる微笑みを浮かべて清とその部下四名を鍛え始めることにしたのだった。


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