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第3話 皇妃欣怡との対面

後宮入り初日から、謎に鍛錬を行ったがその日の夕餉にはしっかり皇妃様の宮に招かれて顔合わせを果たした。

 龍安様の最愛の妃、欣怡シンイー皇妃だ。

 欣怡様は明るい亜麻色の髪と淡い黄色の瞳を持つ。

 この国には少ない色だが、御母上が西の国出身で、お母様のお色を引き継いでいると聞いている。

 そのお姿は凛としていて美しい。

 龍安ロンアン様、美人好きなのねぇと内心で思いつつもまだ猫は被っている。

 そこそこな巨大猫である。

「本日は新参である私をお招きいただきありがとう存じます。皇妃様」

 私は龍安様にするのと同じ跪拝の礼を取り、皇妃様に挨拶する。

「顔をあげて頂戴。ようやくお会いできましたね。龍安様から、梓涵ズハン様のことは聞いていたのです。こうした形でお会いするのはどうかとも思うのですが、会えてうれしいわ」

 欣怡様はどうやら私のことは陛下から聞いていた様子。つまり、この猫被り続ける必要性とは?

 もう、巨大猫脱いでも良い?ちらっと部屋の端に護衛として佇む兄星宇シンユーを見るも、まだ駄目だと横に首を振られた。

 あぁ、またここにもネズミさんが居るのね……。

 ちょっとお灸をすえとこうかしら?

 私は隠し持っていた小さな球を、壁裏に続く小さな隙間に投げ込んだ。

「ぶはぁ!!」

 大きな声がすると、苦しそうにした怪しい男が壁から出てきてむせこみ涙を流してゴホゴホと倒れている。

 私のちょっといた動きの後に、まさか部屋の壁から見知らぬ男が出てくるとは思わなかったのだろう欣怡様が驚いている。

 ネズミに気を取られて、フォローが出来ていなかったのは反省点かもしれない。

 反省をしていても、私は現在目の前に現れた怪しい男をロックオン中である。

「さぁ、あなたはどのお妃さまの手駒かしら?教えてくれるわね?」

 ニッコリと微笑みながら突きつけるのは先のとがったかんざし型の暗器である。

 かんざしって、いい武器なのよね……。

 出て来た覗き犯は、投げ込んだ激しく臭いにおい玉で感覚は麻痺していることだろう。

 なにせ大型のクマ、イノシシ用に作っていたにおい玉である。

 匂いが強烈なのはもちろん、その威力と継続時間には劉家の私兵団でも評価の高い一品である。

 ちなみに開発者は私だ。

 劉家の領地は皇都から少し離れた山間の土地柄、大型の獣も多く住んでいるため日々農地の民が大型の獣に苦慮していた。

 簡単に、畑に来ると大変になると教え込ませるために開発した一品なので匂いの刺激感はとてもではないが人間でも耐えられないレベルに特化されてしまっている。

 投げる前に、兄星宇や侍女達にも口元を覆う布を渡してから実行しているので私たちはやや無事である。

 壁の間で炸裂させてこの感覚。

 まだまだ改良の余地がありそうね、いい実験になったわ。

「さぁ、あなたはどの妃の手の者なの? 答えなさい?」

 この時私はとっても楽しく、煙玉の改良も考えていたので笑顔が輝いていて、とっても怖かったのだという。

 兄星宇の言葉にやや不服ながらも、私は確かに楽しんでいたので反省したのだった。

 皇妃様を怖がらせてはいけない。

私は皇妃様の専属的な護衛になるのだから……。

『答えるわけが無かろう? 我が主の望みの妨げになるならばそなたも害される覚悟をなさるといい』

 そんな返事を自国語で語るのだから、おのずとどの貴妃の手の者か分かるというもの……。

 話した言語は呉貴のお国訛りである。

 派遣されたこの人は呉貴関連の人物とみる。

 呉貴本人か、それとも呉貴に仕える者の仕業かは分からないけれどこの人物を捉えて、何をしようとしたかによっては呉貴を追求しお国元に帰せるはずである。

 まぁ、そんなすぐすぐ尻尾を掴ませるとは思わないが……。

『あなたの話しぶりで、大体見当はついたわ。だから、しっかりお話して頂戴ね?』

 そう、自身の話し方と同じ言語で話されてネズミさんは顔色を青ざめさせた。

セイ、このネズミはあなたに任せるわね?」

 兄の側に控えていた清は私の言葉に頷くと、ネズミを受け取りサッとこの場を離れてくれた。

「欣怡様、ご無礼をお許しください。なにかあってからでは遅いので、まず潜んでいるものを捉えさせていただきました」

 私はしっかりとひざまずき、欣怡様に頭を垂れて報告する。

「さすがは星宇の妹だけあります。劉家の姫は武闘姫と聞き及んでいましたが、その言葉は真実でしたね。梓涵が私を守ってくれるのならば、こんなに心強いことはありません。これから頼みますよ」

 顔合わせでネズミを即座に捕らえたことで、欣怡様から大きな信頼を勝ち取ることができたのはいい出だしでしょう。

 あとは、このしっかりした貴妃擬態をいつ解くか……。

 え?しばらくはこのまま大猫被っていろ?

 私は早くお兄様と同じ格好で、バンバンと皇妃様を害するものを捕獲したいのですが?

 まだその時ではない?

 もっと私自身で敵を炙り出せということですね?

 それならば、致し方ありません。

 今しばらく、貴妃として優雅なふりをいたしましょう。

 苦手だし疲れるけれど、一応劉家の姫ですからね。

 優雅に振舞うことも出来ないことは無いのです。

 鍛錬と捕獲の方がとっても楽しいのだけれども、自分の貴妃らしさ、それも楽しめますものね。

 がぜんやる気に満ち溢れる私を、深いため息で不安そうにするお兄様。

 その隣に控える私の侍女舜娘ジュニャンの、お嬢様をどうお説教しようかの顔に私もピキッと引きつるのだった。

 私、姉のような侍女舜娘にだけはお兄様以上に勝てないのである。

 露露ルールーと一緒に私を育て上げたと言っても過言ではない舜娘は、露露と共に私たち兄妹にとって頭の上がらない人物なのである。

 ちなみに私より小柄で、幼く見える舜娘が実はお兄様よりもちょっと年上なのは驚きの事実である……。

「梓涵、今日より私の護衛となり後宮の綱紀を粛清せよ。これを、皇妃として命ずる」

 直接の指示に私は、しっかりと最跪拝を取り返事をした。

「是。これより後宮の綱紀を粛清せんと、しかと動いてまいります」

 私の返事に欣怡様は微笑んで頷かれた。

 その姿は龍安様とおなじく、人々を導き正す上に立つ者の姿勢そのものだった。

 龍安様は本当に、良き皇妃様を迎えられたと改めて実感する。

 実に仕えがいのあるお方だもの。

 私は、そうして皇妃様との顔合わせを終えるとまだ粛清を始めるばかりなので皇妃様との関係は貴妃としての者になるよう滞在は短めに。

 仲はそこまで悪くないと言った感じに装うこととなったのである。

さて、皇妃様の元を去って自分の宮には真っすぐ戻らず諜報部門の本部。

 その地下にある捕らえた者の収監場所へとお兄様に案内されつつ向かう。

 まぁまぁ忠誠心のありそうな人物だったので、素直に話してないだろうなという予測の元向かった。

 到着すると、やはりまだ口は割っていなかった様子。

 なので、私は清にあるものを授けることにした。


 龍安様が私を欣怡様の護衛に選んだ第二の理由。

 私は先ほどの煙玉などと共に毒薬やその解毒についても詳しく、そちら方面の警戒も出来るからだった。

 そしてそれはさまざまに応用の効くものであり、素直にお話したくなるお薬も作れるのである。

「清。はやり強情なタイプだった?」

 私の問いかけに清はニッコリと頷いて答える。

「えぇ、渡されるときに姫様におっしゃられた通りでしたので、しっかり姫様印のお薬を飲ませておきましたよ」

 私の素直になるお薬は、お口からの摂取を拒まれた時ように経皮でも効果が出るように開発した優れもの。

 つまり、反抗的な態度を取った相手に水をかける様相で薬を掛ければあら不思議、飲むよりは時間がかかっても素直にお話してくれるようになるのである。

 観察していれば、捕らえた者の表情がトロンと緩んでいく。

 この様子は薬が効いてきた合図。

「さぁ、あなたは誰に頼まれて皇妃様のお部屋に潜んでいたのかしら?」

 私の問いかけに、焦点が合わなくなったネズミさんは素直にお話してくれる。

『もちろん、我が主。呉貴妃様には皇妃様がお邪魔だからだ』

「へぇ、たかだか呉の末の姫の癖に?人質同然で来た姫に、あなたはとっても従順なのね?」

『呉貴妃様は我々を拾い育ててくださった恩人。その恩に報いるためなら死など恐ろしくもない。かの方の邪魔になる皇妃様を消すこともためらわぬ』

 あぁ、あの噂は本当だったのか。

 呉貴妃は自国ではあまり顧みられない末の姫で、第十六王女という異母兄弟多数の環境で育っている。

 呉貴妃はそんな立場だったので、自分より悪い境遇の者を救うことで自身の味方を増やしていったのだと……。

 そんな足場固めの最中にそれが不快に映った王太子によって呉貴妃はこの殷龍国へと嫁がされたのだという。

 しかし、嫁いだ先の皇帝にはすでに寵姫であり最高位の皇妃がいた。

 嫁ぎ先でも低い位の貴妃として扱われることが、呉貴妃は不服なのだろう。

 しかし、皇妃様に手を出すのは利口ではない証なのでは?と思わされる。

 こんなにわかりやすく龍安様は皇妃様である欣怡様とほかの貴妃への態度は違うし、御渡りは皇妃様以外には行っていない徹底ぶりなのに。

 そんな状況下でも諦めないタフさが、ここに残る貴妃たちにはあるのだろう。

 すべてを国元に帰すのは、なかなか骨が折れそうではあるがやりがいはある。


 どんな手を使ってでも皇妃様を守り、後宮を粛清するのが私に課せられた両陛下からの仕事なのだから。

 だって、私の力を思う存分発揮できるチャンスなのよ。

 女と言うだけで、ただ嫁ぐ道具でしかないと思っている父をあっと言わせて、さらには自分の好きな人に嫁ぐことが出来るようになるのだからこの仕事は言うことなし。

「では、あなたの大事な呉貴妃にはあなたのその働きと、皇妃様に毒を盛ろうとした罪をしっかり償ってもらいましょうね?」

 私はあの場に出た夕餉に毒が仕込まれていることにも気づき、皇妃様の食事を止めていた。

 近場に居た子ネズミにご飯を食べさせれば、即動かなくなるような毒物の混入である。

 明らかなる殺意、その証拠と実行犯、その黒幕に繋がる人物の証言。

 これだけ揃えば、まず呉貴妃は貴妃から外れて国元に帰されることとなる。


 後宮入り早々に、まずは一人を返せるめどがたったけれど。

 それは同時に今後ほかに残った妃を返すのは難儀することを意味する。

 今日の出来事は、後宮で起きたこととして知れ渡るであろうことは明らかだから。

 詳細を明らかにせずとも呉貴妃が後宮から去れば、残った貴妃達はおのずとなにが起きたのか察せるものである。

 尻尾を掴んで引きずり出すのが難しくなるが、それでもその先に私の望む方との結婚が待っているのなら……。

 やるしかないじゃない?

 私は、この証言をしっかり記録させて皇妃様と龍安様へ報告するよう清に言い残し自身の碧玉宮へと戻ったのだった。

 実に、濃い後宮一日目になったと思う。

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