体力をつける持久力鍛錬に走り、その後は体幹を鍛え、筋肉を鍛え、まずは武官に渡される長剣の基礎型からスタート。
たった一日でも、彼らは大いに成長したことだろう。
なにせ、一応毎日鍛錬はしていたのだ。鍛え方が違っていたけれど。
それでもまっすぐに鍛えてはいたから、基本の習得が早かった。
若いというのは素晴らしい。
呑み込みの早さは、若さの現れだと思う。
「劉貴妃様。三十周終わりました」
最初にたてついた武官は、吹き飛ばしたらしっかり改心し私の側でこまごまと仕事をしている。
「筋肉の鍛錬も、長剣の基礎型も終わりました」
そんな報告に私は立ち上がると、微笑んで言う。
「さぁ、今度はその基本の方で撃ち合う訓練を開始なさい」
私の言葉に、吹き飛ばされた武官を筆頭にみんなしっかり着いて来てくれる。
そして指示通り二人一組になると、長剣の打ち合いになった。
やはり、まだまだそのあたりは難しいようだ。
素振りで基本の型は出来ても、それは誰かが作ったひな形。
それだけでは完全再現は難しいということ。
相手は形通りに動くわけがないのだから、打ち合いは必須。
経験こそがものをいうのが武道なので実践を積むことは大切だ。
それには相手はいくらでも変えるべきであり、同期だけでなく経験値豊富なベテラン武官と打ち合いも大切であるし、集団戦を試みるために私やお兄様が一人で複数相手に打ち合いをしたりもする。
そして極限まで疲れても短時間の休憩で再び鍛錬に臨む。
それを昼まで繰り返せば、武官の打ち上げられた浜辺状態が完成する。
「まぁ、頑張った方かしらね?午後はお兄様にお任せいたしますね。私は皇妃様の元へ行かねばなりませんから」
私の言葉に、お兄様は頷き答えた。
「あぁ、この後もビシビシ訓練させるから。明日にはきっとこいつらの顔つきも変わるだろうよ」
そんな言葉を聞いて私は満足して碧玉宮に戻り、貴妃の装いに着替える。
休ませていたジュニャンもしっかり回復して、私の装いを手伝ってくれる。
朝から昼までは武官服で過ごしていたし、滞在地が鍛錬場だから許される装いであって現在後宮において貴妃と言う立場にある以上装いは一種の戦闘服のようなものである。
しっかりとしていなければ足元をすくわれかねない、後宮は寵を競う女たちの戦場である。
私は別に寵のために動いているのではないのだけれど、立場と場に合った装いは大切だから。
一応自分もそれなりに釣り餌とならねばならないので、着飾るのも仕事なのです。
「はぁ、武官服って楽なのになぁ……」
たくさんの衣を重ね、かんざしできっちり飾って結い上げる頭の重いこと。
いつも妃として装いを崩さないシンイー様や、ほかの貴妃様方をちょっと尊敬する。
「うちの姫様は、規格外ですからねぇ。でも、ここではこれですら控え目なのですよ?もう少し飾りを増やしたっていいくらいですのに」
ジュニャンは頬に手を当てて、大きなため息と共に言う。
「だって、結局武術時は武官服が一番動きやすいもの。この服でも戦えるけれど」
そう、女子には女子の格好であることの方が多いのだから、着飾っても動けるようにあるべしというおばあ様の考えの元訓練もされたので、貴妃の装いでも十分戦うことは可能であり、服装で戦闘力に差が出ることはないところまで鍛え上げられてしまった。
ゆえについた通り名が劉家の武闘姫である。
間違っておらず訂正のしようもないので、そのままにしている。
「うちの姫様も、着飾れば立派にご令嬢ですもの。この見た目に騙される輩はきっと多いでしょう」
ジュニャンも、今の格好が格好の獲物になることを狙ってのものであることを理解していて綺麗にしてくれているのだ。
「まぁ、見た目に騙されるようではいけないというのもこれで学んでくれるといいわね?」
私の強気な発言にもジュニャンは苦笑と共に、最後の仕上げの紅を引いてくれた。
「さぁ、今日もたっぷりと私に引き付けて潜んでいる後宮の不審者たちを早々におびき出さないと。後宮の治安と安全化は私に掛かっているものね!」
そんなわけで金華宮の主であるシンイー様の元へと参じる。
移動は優雅に、私を見せるように移動していく。
すると、あと少しで金華宮と言うところで意外な貴妃に出会う。
黄国の姫である、黄貴妃である。
「そなた、皇宮入りしたというのに先に入った妃である私に挨拶も出来ないものなのかしら?」
くすくす笑って話す黄貴妃の従者や侍女達に、私は演技で教えた。
「あなた方の本拠地は大丈夫かしらね?」
そんな私の一言ののち、黄貴妃さまの従者たちの奥では不意の表情に揺れる者を見つける。
私は小さな合図でセイから付けられた諜報部の護衛に黄貴妃の部屋にしっかり監視を付けるよう指示する。
「いくらこの国で高い地位にあるお家の娘であろうと、黄貴妃様は黄潘国の王女様ですからね。身分が違います」
なんてことを偉そうに言うので私はとっておきを暴露して差し上げることにする。
幼馴染でもある私とお兄様とロンアン様は実は遠いが血のつながった親族である。
私たちのお母様とロンアン様のお母様は従姉妹同士。
そしてその親である祖母たちは同じく皇国の皇族出身であり、皇女だったが降嫁しているので皇族からは離脱しているのだが、私たち兄妹も一応皇族の血筋なのである。
継承権も無いし、そこにこだわりが無いので公にしていないだけである。
劉家の名前だけで殷龍国内では皇族の次に通るくらいの名家ではあるので。
「王女であることがそんなに偉いの?劉家の家系図を知らないの?私の祖母はこの国の皇女。ロンアン様とも親戚なのだけれどね、私は」
私の言葉に驚いている従者や侍女は、王女の嫁ぎ先について情報不足だろうと内心呆れる。
次の問題を起こしてもらって返送するのは黄貴妃かもしれないなと、次のターゲットの目星を付ける。
「親戚って、こうして嫁げるくらいには遠いということでしょう?ならばやはり黄貴妃様の方が偉いのです!」
うん、この侍女は我が家だったら即不採用。主に盲目すぎるのも良くないわね。
その点うちのジュニャンは、私がおかしいと思えば速攻で指摘してくれる大変優秀な侍女である。
こんなのばかりでは黄貴妃も大変だと思うが、これで良いと思っているなら黄貴妃は貴妃の資格にあらずと心のメモに書き加えておく。
「でもここは、殷龍国よ?ここでは同じ貴妃だし、私は碧玉宮の主なのだけれど?それはどうお考えなのかしら?」
私は扇で口元を隠しつつ微笑んで問うた。
地位を振りかざすのは好きじゃない、けれど権力や地位に弱いものにはしっかりとその差を知らしめねばつけあがるのだから仕方ない。
彼らもこの国に来てから二年は経っているのだから、この後宮の宮の立地で地位がはっきりしていることも知っているだろう。
自分たちの主の宮が遠く離れていて、小さく皇帝のお渡りも無いこと。
そして、なにも無かったとはいえ昨夜いつも金華宮にしか行かないロンアン様が私の碧玉宮に来ていたこと。
それがどんな意味があるのかも、ここで過ごすものには分かることである。
どんなに自分たちが頑張っても振り向かない皇帝が皇妃以外の貴妃の元に初めて行った。
それはこの後宮では衝撃的過ぎて、一気に話が駆け巡ったのだから……。
「それは……。お渡りの無い貴妃の虚しさは同情いたしますが、私は皇妃様に次ぐ貴妃なのです。お前たち、道をいい加減お開けなさいな」
そう言うと私は空いた道を突き進み、皇妃様の金華宮へと向かい招き入れられるさまも見せつけて姿を消した。