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第8話 春の儀

初日と二日目に、大捕り物状態だったのがウソのように、現在後宮は平和な状態になっている。

 おもに表面上はなのだけれど。

 私に差し向けられる刺客が、人数も回数も増えた。

 まぁ、諜報部のセイたちにも満たない刺客なので日々返り討ちにしているけれど、こうも続くと各貴妃の抱える人材の多さに辟易してくる。

 捕まえても、裁いても、どんどん湧いてくる様はさながら世間で嫌われているとある虫のよう……。

「殺虫剤でも開発しようかしら……」

 私の呟きに、日々同じく対応している舜娘ジュニャンもほとほと飽きてきているのか同調する。

「殺虫剤はもちろん、捕獲機も作りませんか?もう、どこまでも湧いてくるので最近手加減するのも疲れてきました」

 そう、あれこれ事情と共に証拠とするため基本生け捕りにしているけれど、その加減が私や舜娘、お兄様には大変なことで……。

 全力でやっていいならそれこそ、すぐに鎮圧できるような状況でも生け捕りになると気を遣う。

 急所を一発とかで仕留めるのはダメだし、動けず適度に生かした生け捕りって難易度高いのよ。

 出来るけど、続けざまだと疲れるしやるのが面倒になってきてしまう。

 それでも、それすら鍛錬にしてしまう兄はこの短期間で動けなくなるツボへの攻撃をマスターして現在嬉々として碧玉宮の刺客捕獲に乗り出している。

 今まで暗器は私の得意分野だったのに脅かされそうなのが悔しくって、私もいかに動けないままの生け捕りにするかを実戦で検証中だ。

「うちの坊ちゃんと姫様は競うように自身の手管を増やしていくので私も頑張らなければならず、とにかく大変です。さっさと片付けちゃいましょう!」

 舜娘の叫びと共に三者三様に潜んでいた刺客に向けて暗器を飛ばして捕獲していく。

 動けなくなった刺客を回収するのは、もちろん清とその部下たちだ。

 あちらも、どんどん送られてくる刺客たちに、牢がパンクするとこぼしている。

 なんと刺客送り合戦になってから、現在一か月が経過しているのだから本当に人材の無駄遣いである。

「しかもそれだけの人数がこの後宮に潜んでいたと考えると怖いわね。欣怡シンイー様がよくぞ無事だったわ。まぁ、一番強い人が常に夜は警護していたわけだから無事だったのだろうけれど」

 龍安ロンアン様と欣怡様は相変わらず仲の良いご夫婦で日々夜は金華宮でお過ごしである。

 しかし、昼間は私の宮に来ることも多い龍安様のため夜間はこちらに集中するという状態になった。

 欣怡様をどうにかしたくても夜は常に龍安様と一緒のため、そこに刺客は送り込めない。

 それに、昼間の陛下は私の元に通っている。

 それも気にくわない。

 夜こそ渡りが無いものの、昼間は存分に会っているのだから各貴妃が気にくわない要因だろう。

 まぁ、昼間は今後どうするかの作戦会議なのですがね。

 お兄様もいるし、時には浩然ハオラン様も来る。

 そんな宮で陛下と二人っきりにはならないというのに、そこに通っているという事実だけで想像であれこれ補完されてしまうのだから怖いものだ。

「龍安様とは兄と妹みたいなものだから、どうこうなりようもないのに。周囲には仲の良い皇帝と貴妃に映るのでしょうね」

 私の言葉に舜娘は頷いて答える。

「龍安様も梓涵ズハン様と一緒の時は表情が和みますし、良くお笑いになりますからね。朝議の際やほかのお妃に会った時は無表情でしか答えないのでかなりの挑発行為になっているだろうことは明らかですね。この刺客の数的に……」

 本当に、日夜連日お送りいただいている刺客さんはご丁寧にお返ししているのに、どこかから日々調達されてくる刺客にうんざりしている。

 そろそろ本気で刺客は処分しても良いのではないかと言う考えが頭をかすめる位には、刺客が多いのでどうにかしたいところだ。

 そんな折、季節の行事。

 春の儀の催しが開催されることになった。

 皇宮には花園があり、春は花が咲き乱れた見事な園になっている。

 春の儀は、寒い冬を終え春の訪れに感謝し種まきの始まりを合図する大切な儀式。

 これは皇妃様と皇帝である龍安様が揃って儀式を行うもので。

 その場に参加こそするものの、貴妃は見学のみである。

 それも、見やすい位置は高位の貴妃からなるので今回一番いい席は私になる。

 納得できないだろう妃は、私が後宮入りする前まで先頭に座っていた周貴妃だろうと思われる。

 しかし、今のところ送り込まれてくる刺客に周貴妃の周辺や手のものは居なかった。

 唯一、今もって動いていない妃となる。

六華宮と言われる花園に近い宮を与えられている周貴妃は私の次に位の高い貴妃である。

今まで動いていなくとも、春の儀で席が変われば動き出すかもしれない。

 そんな警戒の中で、春の儀の準備は進み当日を迎える。


 先に各席に貴妃達が座ると、後方にほかの貴族たちも入って来る。

 ここには今日も父は警護の監督責任者として詰めているので劉家の代表は星宇シンユーお兄様である。

「劉貴妃様、はじめてお目にかかります。周貴妃でございます」

 一応しっかりとした挨拶をしつつも、どんな貴妃かもわからない私には、愛想笑いを浮かべているしか逃げ道が無いのだ。

「えぇ、周貴妃様、ごきげんよう。すっかり温かくなり、ようやっと春の儀が始まりますね」

「えぇ、ようやく温かくなって過ごしやすくていいですね。先日はうちのお庭の花に虫がついていたので除去したのです。すっきりしましたわ」

 私の晴れやかな笑顔に周貴妃は微笑まし気に私を見ると、言った。

「それは大変でしたでしょう?今後は周囲に協力を仰ぐのも悪くないと思いますわ」

「えぇ、そうしようかと思います。陛下も頼れと言ってくださいますので」

 私の返事にも微塵も揺らがない周貴妃。

 この方は手ごわい相手となりそうだと、この時実感した。

 周国は、後継者争いは男女問わず優秀なものが引き継ぐ生業の国。

 そこでこれほどまでに立ち回れるというのに、嫁がされているのではかわいそうとしか思えなかった。

 自由の利かぬ貴妃と言う立場。

 隣国とはいえまるで違う文化圏の国。

 私にとっては、女の子でもお家を継げるのは少し羨ましいけれど。

 そこでお家が継げなかった周貴妃としてはいかばかりかと思う。

 周国の王太子である周貴妃の兄は、賢姫と言われた周貴妃に追われることに疲れたのだろう。

 弱い五つにして、文字の読み書きと計算、其れだけでなく帝王学に天体学まで飲み込んでいく様は確かに少し想像がつかないのだけれど……。

 妹に野心が無ければ問題も起きないし、支えると言えたならどれだけ良かったのだろうか。

 しかし、兄弟間でそんな会話は成り立たないので、こうした形になってしまったのだろう。

 五歳の時十五歳だった王太子は二十歳で立太子すると妹である周貴妃の賢さは、近隣諸国が欲しがるだろう。

 「龍の守国、殷龍国ならきっと喜んで受け入れるであろう。あちらの王は私と年が近いのだから」

 そんな王太子の言葉に騙され、周囲の人々は周貴妃の言葉には耳を傾けられないまま。

周貴妃は殷龍国へと嫁いできたのだ。

 そんな経緯のある周貴妃は、やはり賢姫の呼び名にふさわしく私たちにどう思っているのかを悟らせることはこの時なかったのである。

 そんな周貴妃を見つめる、悲しそうな思いつめたまなざしを見つけた私は清にしっかりと合図を送ったのだった。

 やはり、この方は賢いところのある方だが周囲は嫁いで二年。

 陛下のお渡りのない周貴妃へと、侍従や侍女は周国へ戻ることを促し始めたらしい。

 しかし、周貴妃は国に戻ることには頷かなかった。

 始まった春の儀の中で各貴妃を観察していた私は、周貴妃の視線の先に気づいてしまった。

 周貴妃が陛下の寵を得るために活動に積極的でない理由。


 まさか、まさか……。

 周貴妃の視線の先がお兄様って。

 周貴妃の周囲も貴妃の視線の先に気づいているもの、数人。

 周貴妃に近い、侍従や侍女としては位の高い者たちだったので何も起こさなければ、その道も開けるかもと私はそっと見守ることにしたのだった。

 一か所に勢ぞろいするから分かることもあるのだなと感じていたその時。 

 皇妃様の元に放たれる刺客からのナイフを私は弾き飛ばしてしっかり護衛し、なおかつナイフを飛ばしてきたものに同じようにナイフを投げてやると、こちらはヒット。

 静かに、清たち諜報部が片付けに回収していく。

 春の儀を滞りなく進めるための措置としては最善で正解。

 私の行動に気づいた欣怡様と龍安様は私に微笑むと、そのまま儀式を続行し、春の儀は混乱なく無事に終えることができた。

 しかし、やはり刺客が多すぎる……。

なんとか刺客対策も進めなければいけないと、新たな課題にぶつか

るのだった。

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