目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第9話 後宮、武官育成計画本格化

 さて、春の儀は無事に完遂したものの、新たなる問題の浮上。

 それは後宮の警備が完全に大甘な件である。

春の儀はそこまでの間にセイをはじめとした諜報部と若手武官を大急ぎで教育したため、行事もあって普段監視に向けられているベテラン武官も参加したおかげでなんとか無事に済んだだけ。

 毎夜、訪れる碧玉宮のお客さんは相変わらず舜娘ジュニャンや私に星宇シンユー兄さまで相手をしていて、回収のみ清たち諜報部のお仕事になっている。

「このままでは、私たちの蓄積疲労が尋常ではないわ。早急に武官と諜報部員の武力対応の底上げをしなければ……」

 私の言葉に舜娘もしきりに頷いて同意を示している。

「お嬢様のおっしゃる通りで、流石に三人で連日連夜お客様の相手はそろそろ限界ですよ」

 一番頑張っているのが星宇兄さまと舜娘なので、疲労度は二人が一番上である。

 私も毎夜出ているので、それなりに疲れているが劉家の中では兄に次ぐ体力の持ち主ではあるので耐えられているだけで確かに三人とも疲労度合いは危ない辺りまで来ている。

 そんな私たちに朗報をもたらしたのは、諜報部の長たる清と浩然ハオラン様だった。

「さすがに、連日連夜碧玉宮にお客様が来るのは憚られますので。本日より三日ほど、劉貴妃護衛のために劉家の私兵団の碧玉宮警護の許可を出しました」

 私兵団の護衛許可は何よりありがたい。

 他国の妃にはさすがに自国からの兵を入れる許可は出せないが、殷龍国出身である劉家の私兵団は皇宮師団とも連携を取ることもあるため許可を出しやすかったようだ。

 皇宮師団の師団長が父である、劉采庵リュウ・トーアンだからこその采配ともいえる。

「それは助かります。さすがに星宇兄さまも私も、舜娘も疲労が強くて。ありがとうございます、浩然様」

 改良を重ねたインク弾やにおい玉など以上に攻撃系の罠を仕掛けてもなお、昼間に密談会議会場となる碧玉宮へのお客様が途切れないのだ。

 そのおかげか、碧玉宮が狙われてからの金華宮は平和そのものであり、一夜にお二人ほどのお客が来る程度らしい。

 それくらいであれば、諜報部と皇帝直属の暗部で始末がつけられるとのこと。

 皇妃である欣怡シンイー様の安全のためならばと耐えてきたものの、疲労の蓄積には人間も抗えないものがある。

 睡眠不足は、活動能力を低下させるには十分なのである。

「むしろ、武官の育成が滞っていたのは皇宮の怠慢でもあるので、ビシビシしごいてくださいね」

 良い笑顔で、更なる訓練と鍛錬の許可が出たので私は若手武官たちを早急に育成せねばと気合が入る。

 そろそろ、武官たちの得意な武器への特化訓練に入りたいと思っていたところだ。

 武官は基本剣か弓か槍の三種の武器に分かれるものだが、見ていると星宇兄さま同様に素手が強そうな者もちらほらいるのでそちらは兄に鍛えてもらおうと算段を付けている。

 しかし、今回に限ると若手は剣と槍に比重が大きく弓はやや少数と言った感じだった。

 夜間の警護には弓の得意な者を配置したいのだが、夜目が効き弓の扱いが上手いとなると育成に時間がかかるのである。

「やはり、育成にはどう頑張っても最短半年、弓に至っては一年教えなければ難しいか……」

 私の呟きに、星宇兄さまは静かに答えた。

「基礎を鍛えて、これから武器一本特化の育成をするなら確かに弓はそれくらいの時間がかかるだろうな」

 私たち兄妹の会話を聞いて、龍安ロンアン様と浩然様は若干唖然としていた。

「若手の武官を一年で後宮の護衛として使えるように育てるのに半年から一年であれば、十分早いのではないか?」

 そんな風にこぼしたのは武術に心得のある龍安様だった。

 確かに、それで護衛の武官として鍛えられたのなら十分なのかもしれないが、私とお兄様は先を見越してまだ十分でないという見解なのだ。

「だって、これから欣怡様は後継者を懐妊すると身動きに支障のある時期もありましょう? その時の守りが万全でないのはいただけないので、急ぐ必要があるのです」

 私の言葉に、龍安様も浩然様もそこに至ると唸るように納得していただけた。

「まぁ、私がやや嫁ぎ遅れになる覚悟で御子がお生まれになるまで警護するという手もあるにはありますが。今後を考えれば御子様にも護衛が必要なのですから、守り手は多いに越したことはないのです」

 そんなわけで、強固で強い武官の育成は急務で優先事項的にはかなりの優先度を誇っていると言ってもいい課題だと思う。

「では、星宇と梓涵ズハン的には現在の武官の状況はいかがですか?」

 それには武官を率いる星宇兄さまが答える。

「ベテランは、経験値もあり、監視なども出来るほどに技能もあるが若手は経験値も基礎もなにもかもが足りていなかった。特に梓涵が後宮入りする前までは。この一か月で梓涵はまず体力持久力の底上げと共に基礎を徹底的に叩く込んだうえで、若手武官各人の向く武器の検討までは終わっている。ここからはひたすら特化訓練で早いものなら三か月で劉家の私兵団と手合わせできる位にはなるだろう」

 それは私の育成訓練のメニューを確実にこなしきってついて来られる者限定である。

 少しでも遅れると、育成期間も伸びると考えてほしいと星宇兄さまは付け加えた。

「それと、劉家の私兵団がいるうちに数名ずつ若手武官も碧玉宮の夜間警備に加えようと思う」

 私の発言に、お兄様と龍安様が驚いた顔をした。

「まだ、早いのではないか?」

 龍安様の言葉はごもっともだが、私は一言。

「彼らは圧倒的に実地経験が足りないのよ。だから、本気の相手との訓練が必要なの。それには私たちがかなり間引いて、現在お客様の質が低下した今が実地訓練にはうってつけだと思うのよ」

 私の言葉に、浩然様は考えた後に言った。

「見守り、フォローのできる劉家の私兵団がいるうちに実地を体験させたいのですね?」

「えぇ、そうです。うちの私兵団のベテランたちなら、若手が危なくなってもフォローしつつ、お客様の相手が出来るはずなので」

 うちの私兵団の実力を知るお兄様と龍安様は頷いて浩然様に言った。

「梓涵の案が一番育成に重要かもしれない。実地で本気の相手とやり合う機会は、若手が自分の実力を自身で把握するのに有効だ。明日からの三日若手武官も碧玉宮の夜間警護に組み込んでくれ」

 お兄様と浩然様は龍安様言葉に是と応えて、頭を下げると碧玉宮から夜間準備のために退出したのだった。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?