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第10話 皇妃、毒混入事件

 話がついたところで、碧玉宮へ欣怡シンイー様がお忍びでいらしたので、迎え入れる。

「欣怡様、ようこそ。陛下はここにおりますよ」

 私が、対面にいる龍安ロンアン様に視線を向けて話すと龍安様は振り返り欣怡様を迎え入れる。

「欣怡、ここに来るのは珍しいな?」

「だって、陛下や浩然ハオランばかり梓涵ズハンと過ごすのはずるいもの。私も可愛い梓涵と過ごしたいのよ?今日は週に一度のお茶の時間なのよ」

 欣怡様微笑みながら、筆頭侍女に持たせた菓子と茶器を示して話す。

 後宮に来てから一か月余り。

 週に一度は皇妃である欣怡様とお茶会を開催している。

 基本は金華宮で行われていたのだが、碧玉宮の池がいたく気に入った欣怡様の提案で先週からは碧玉宮でお茶会を開催している。

「さ、今日は梓涵の好きな月餅とゴマ団子にしたのよ。お茶は茉莉花茶を持ってきたの。さぁ、会議は終わりにしてお茶にしましょう?もちろん、陛下の分もありますわ」

 そんなわけで、碧玉宮では本来の立場であればライバル同士である皇妃と貴妃の穏やかな茶会が毎週開催されているのであった。

 前回の春の儀の様子であれば、そのうち周貴妃も参加できるかもしれないなと思う。

 それに今までの襲撃に確実に周貴妃の近辺のものが紛れていないから、いずれとも言えるのだけれど。

 それでも現在の碧玉宮は毎夜、満員御礼のお客様をおもてなし中なのでまだまだ落ち着かない限りは周貴妃を招いてのお茶会は難しいかもしれない。

 取り調べに関しては、諜報部が嬉々として実施し現在では要警戒されている貴妃は周貴妃と胡貴妃以外の三人の貴妃である。

 二日目に金華宮への移動中に喧嘩を売って来た黄貴妃、隣国張波国の姫の張貴妃、少し離れた島国から嫁いできた楊貴妃の三人の貴妃達の関係者から私の碧玉宮へ刺客が贈られているのが現状だ。

 お国元に送り返された呉貴妃の関係者もしばし混ざっていたので、そちらは劉家の私兵団を向かわせたところやっと大人しくなったところである。

 呉国と劉家は国境にて接しているので、売られた喧嘩は買って差し上げました。

 領地の私兵団こそ、皇都の私兵団よりも国境を守る辺境の私兵団として辺境領の皇宮師団との日々の連携もあり、かなり強い。

 そこに鷹便で、後宮での私の現状と出来事を知らせたので私兵団のベテランたちが殺気立って喧嘩を買ってくれました。

 劉家の娘として、年に数か月は領地の私兵団でも過ごしていた私は領地の私兵団からも可愛がられている。

 なので、喜んで私兵団のベテランたちがガッツリ国境でお仕置きしてくれたらしい。

 そんな振り返りをしているさなか、欣怡様の持ってきた茉莉花茶の香りに異変を感じる。

「欣怡様、その茉莉花茶はどこから?」

 私の問いかけに、お茶を入れていた欣怡様の筆頭侍女が答える。

「こちらは島国出身の楊貴妃様からの頂き物ですわ」

 そんな回答に、私はとうとうやや大人しかった楊貴妃も、要観察対象に入ったことを察してしまった。

「これは飲んではいけません。このお茶には月の巡りをゆっくり悪くさせる効果のある毒が仕込まれています」

 亡くなったお母様の家系が薬師の家だったおかげで、資料と素材が存分にあり毒にも慣らされているからこそ気付けるもの。

 露露ルールーにお母様の実家の薬師関連の教育も受けたからこそ、分かるもの。

 お母様も結婚するまではしっかりと薬師の教育を受けていたし、その侍女だった露露もお母様と共にその知識をしっかり蓄えていた。

 おかげで母の実家の支援もあり、私は武門の武術と共に薬師の知識も付けることができた。

 こればっかりは、兄の星宇シンユーには向かなかったために私が引き継いだ形である。

「まぁ、それはいけません!」

 欣怡様の筆頭侍女は急いで茶器を片付けようとしているのを止める。

「これは、本当に楊貴妃からの差し入れの茉莉花茶ですか? 茶葉の残りを確認させていただけますか?」

 私はその腕をつかみながら、確認する。

 やはり、茶葉には何の問題もない。

 片付けられそうになっている茶器の方を、鼻先に持ってきて確認する。

 茶葉には匂いが全くなく、茶器から匂う微かな毒の香り。

 もしかしたら、日常的に摂取させられていたかもしれないという疑いすら持つ。

「星宇兄さま、この侍女を拘束してください。茶葉ではなく、茶器に毒が仕込まれています」

 私の言葉に星宇兄さまは、侍女を拘束し部屋から出す。

「欣怡様、侍医と共に私も診察させてくださいませ」

 私の言葉に、顔色を悪くした欣怡様は頷いて答えた。

「分かったわ」

 そうして侍医と私の診察により、欣怡様にこの毒をふた月ほど間飲んでいたことが分かり、量も少しずつだったことから今から辞めれば飲んだ期間と同じくらいで抜けていくだろうということが侍医の意見だった。

 私はそれを踏まえて、さらに抜けやすくするためのお薬を処方することを侍医に相談すると許可された。

「まさか、雪蘭シュエランが二か月も……」

 欣怡様は後宮に来てから、ずっと側に居た筆頭侍女からの仕打ちにショックを隠せていない様子だった。

 それは、侍女として雪蘭を付けた龍安様も同様だった。

 真面目な人柄から、信頼して欣怡様の侍女にした雪蘭がまさか毒を盛り続けていた。

 しかも、子が出来にくくなるように仕向けるような毒を盛るなどあってはならないことだった。

 その後、諜報部と武官の取り調べに雪蘭は素直に話したという。

 幼少期から後宮にて働き、龍安様のことも見て来た雪蘭は憧れ続けていたが下級貴族の出身ゆえに貴妃にもなれず侍女のまま。

 それが、皇妃の侍女になると龍安様とも近くなったが、それでも欣怡様とは違って自分が龍安様の瞳に映ることはないと気づいてしまった。

 そうなるとこのまま欣怡様が幸せになり、御子まで抱く姿を見るのは耐えがたいと犯行に及んだという。

 皇妃に身近にいる侍女が毒を盛るなどあるまじき事態であり、雪蘭はひっそりと侍女から外されてのち皇妃に手をかけたとして闇に処された。

 表立った事件にこそならなかったものの、少しの間皇帝夫妻に影を落とすこととなった。

 私が来てから、何度かお茶をしていたがその時には普通のお茶しか出さなかった。

 今回楊貴妃からの差し入れが来たことで、ほかの貴妃を警戒しているからこそ雪蘭を疑わせないためにあえて出したことがあだになった。

 私が毒に詳しいことは知らなかっただろうから。

 その後、龍安様の乳母を務めた女官長が皇妃である欣怡様のお世話の責任者として着任することになった。

 少しでも気安く過ごしやすいようにと有能ながらも年の近い侍女を付けたことが災いしたので、陛下も考えた様子だった。

 楊貴妃への疑いは、少し残るものの毒を盛られる事件は一つ解決したのだった。



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