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第13話 梓涵、妹分が出来る

 陛下からの許可を得たので昼間からどんどん、表向きで刺客を捕獲しては武官に渡すということを繰り返した結果……。

 私に刺客を送るのは無意味だということに、ようやく気付いた黄妃、張妃、楊妃からの刺客が二日で止みました。

 三日目には朝までぐっすり眠ることが出来て、睡眠不足が解消されたのは大変すばらしいことでした。

 本当に、睡眠は大事だよ……。

 星宇シンユー兄さまも昨晩は信頼できる腕のいい部下に任せてようやく夜ぐっすり眠れたことで、今朝からの若手武官の訓練は大変やる気に満ちており到着した私は元気な阿鼻叫喚を眺めています。

 うん、三週間でだいぶ基礎固めが出来てきているのは上々よね。

 そろそろ皆さんに得意の武器を持たせて訓練するのも良い頃合いでしょう。

「皆さん、各々基礎固めを行いましたが、まずますの成長です。では、本日から各武器に分かれての訓練を開始します。槍部門、弓部門、剣部門、そしてお兄様直接指導の格闘部門とします。素手が強いと判断したものはお兄様に格闘術を学び、そのほかのものは劉家の私兵団からその武器のベテラン武人を呼んで指南してもらいます」

 私の説明に頷きながらも、ある武官が一言。

「劉貴妃様は、どれか指導に入られるのですか?」

 最初にかっ飛ばして相手をしたお坊ちゃん武官も、今や立派に成長し私への意見を求めたり、改善指摘をすればすぐに直すようになりめきめきと上達している一人だったりする。

「あぁ。私が教えられるとするなら、剣か槍だろうか。棍棒は槍に近いものがあるからねぇ。でも、私の最も得意な武器はね、コレなのよ」

 シュッと出して投げつけた小型ナイフは武官のすぐ後ろの木にサッと刺さる。

 そのナイフが仕留めているのは、落ちかけた一枚の葉。それに付随した、毒蛾である。

「さすがは劉貴妃です。つまり飛び道具と言うことですか?」

 との問いかけに、ニコッと笑って一言。

「私、あまり苦手武器は無いのよ。星宇兄さまも同様にどんな武器でも扱えるの。それが劉家に生まれたものの務めとも言えるわね。でも、私が得意なのは暗殺に使われる暗器と言われる類のものよ。武官にはあまり必要ないわね?」

 それには、コクっと頷いて武官たちは一様に思った。

この国では劉家の兄妹が一番怒らせたらヤバイじゃないかと言うことに。

劉家の嫡流は一騎当千を当たり前として、幼いころから武器、戦略、戦術について学び、武官としての心得を叩き込まれ国防を担う者として育つ。

それは、受け継がれてきて長きにわたるが、それは何も嫡男だけではない。

女子も、己が身を、使える主の奥方を守れるようにと日々鍛えられる。

たとえ跡継ぎとならない女子であっても、戦えてこそ劉家の者であるというのが根底にある。

そのおかげもあって、梓涵ズハンも立派に武門の家の姫として戦えるように育っていった。

それは、兄と並べるほどの出来であった。

本当に父が惜しむくらいには腕が良く、近年の劉家の中では随一の武闘姫と呼ばれるに相応しい実力を備えている。

父の姉であり、辺境領地を預かってくれている伯母の琳華リンフォアは年に一度会う梓涵に言う。

「こと戦略も、戦術も本当は星宇より梓涵の方が向いているけれど。こればっかりは仕方ないね。私みたいに辺境を守れれば言うことも無いかもしれないが、梓涵にはきっと別向きの仕事が来るだろうね」

 それは当たっていたと言えるし、実際後宮に行くことになった経緯と理由は琳華には手紙にしたためて送った。

 きっと読んだときには、おやまぁと言いつつも頑張るんだよと言ってくれるに違いないと確信している。

「劉貴妃は、女性でも武官になれるのならばきっと良き武官となりましょう。惜しいですね」

 そんな風に話す武官たちにニコッと笑うと無残にも告げた。

「さぁ、今日から武器訓練も追加なのだからしっかり訓練を行いなさい」

 そう送り出すと、梓涵は少し外れた訓練場の端にいる諜報部の若手たちに向かっていく。

「それでは、あなたたちは気配の断ち方、足の進め方の初歩から行きましょうか」

 こうして、梓涵の午前中は武官と諜報部の若手育成となっている。

 最近はセイに依頼されて諜報部の若手育成もしているが、流石は清が基礎を叩き込んだからか基本は出来るようになっている。

 しかし、諜報という部門に居るからには応用が出来て、さらに気配は完全に断ってそのうえで行動できなければいけない。

 一朝一夕に身につくものでもないから、そこは反復訓練が必要なので努力するしかない。

 そして夜間のお客様はめっきり減ったし、昼間に狙われることも減ったが。

 まだたびたびこちらを伺う視線は無くならないので煩わしい。

しかし、視線だけなので現状即捕らえないままにこちらも様子見している。

 少しでも動けばこちらは容赦しないぞと言う気配はしっかり出しているからか、見られるだけで済んでいる。

「この視線、相変わらずですね。消しますか?」

 うん、諜報部若手の中で一番の若手。

 猫鈴マオリン、13歳。若いというより、まだ子どもである。

 しかし、身体能力がとてつもなく高く成長期ゆえに教えたことの吸収も早い。

 気配の断ち方も、移動の仕方も最初にマスターしほかの若手に教えられるほどに成長しているが、それを教えた梓涵のことを大変気にかけてくれるゆえに、こうなる。

 めちゃくちゃ好戦的なのが、若さゆえならそのうち落ち着くと思うが、さて、どうなるやら。

 心身の成長も見守らねばならない、梓涵にとって初めてできた妹分といえるのが猫鈴である。

「いいえ、あちらも様子を見ているだけでしょうから。そのままでいいわ。猫鈴はだいぶ気配断ちもそのまま行動するのも上手くなったわね。次の訓練をしましょう?」

 そう話をそらしてみたものの、視線の主にしっかり気配はロックオンしている猫鈴に苦笑してしまう。

 これだけできれば、諜報部で情報収集任務には付けそうである。

 そのためにも、身を守り情報を持ち帰るための体術を仕込まなければならない。

 猫鈴は身体能力が高く、素早い動きを得意とするため暗器と体術の組み合わせが一番理想的だと思っている。

 私の得意な暗器を教えられる相手が出来たことを喜んでいいのかは少し武器的に複雑ではあるのだが、これはきっと今後の猫鈴のためになると私自身が確信している。

 ならば全霊を持って彼女に教えなければならない。

 訓練をしていくうちに、猫鈴はすっかり私の妹分であるし、私は陛下や星宇兄さまたちに大事にされてきた。

 妹分とは大切にするものであると刷り込まれているので、すっかり姉の気分になりつつ指導していた。

 それを清と星宇兄さまも見守ってくれていた。

「お嬢様、すっかり猫鈴を気に入りましたね」

 清の言葉に星宇は笑う。

「そうだな。ずっと我らの間では梓涵が妹だったから。守るべき妹分が出来たのは張り合いがあるのだろう」

 そうして、猫鈴は着々と実力をつけていくことになる。


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