刺客祭りも落ち着いて、平穏さが漂っていますが。
現在、私に与えられた宮で事件です。
碧玉宮に、大穴が開いています。
なんでかと申しますと、後宮には家畜小屋もあります。
家畜小屋には、乳牛やヤギ、鶏やら鴨やらと飼育されています。
後宮で美味しく食べるために。
しかし、中にはなぜここに?という生き物もおりまして。
それが絹の道にある国から送られてきた、ネコ科の生き物。
豹と言うらしいのですが、脱走して弾丸のように駆け抜けて碧玉宮に激突して来たのです。
幸いにも、壁と家具が一部破損したものの豹も、中にいた私や舜娘やほかの侍女も無事でした。
しかもこの子、可哀想に無理やり口にされたにおい玉が嫌で暴走してしまった様子。
しかし、調子が悪いのは可哀想なので、ここはしっかりせねばならぬと腹をくくり私は豹に向かって言います。
「お前、腹の子のためにもこの薬は必須だよ。しっかり飲んで、お産を頑張るのだよ」
私の言葉が理解できたのか、激突後にその後の暴走を止めた恩人だからかは分からないものの、私の手からならお薬を飲んだのを見た飼育員が大層喜んで、そして豹自身もなぜか懐いてきたので。
壁激突から二時間。
なぜか碧玉宮でくつろぎ始めた豹の様子を見て、ここでの飼育が検討され始めました。 解せぬ……。
まぁ、かなりの大きさのネコ科の猛獣のはずなのですが……。
野生にいた生き物らしく、自分より強いものは本能で察するのか、分かるよう。
薬の影響も落ち着くと、ごろんとお腹を見せて甘える様子は、大きいけれど猫。間違いなく猫でした。
そして、私は猫が好き。
すっかりそんな許した姿の豹を撫でまわして過ごしてしまったのが運の付き。
度重なる脱走に頭を抱えていた飼育員は、この様子に光明を見出して、現在碧玉宮の壁の修理と共に早急なる飼育小屋の作成だとトントンと騒がしくなっています。
これには、少し聞いていただけで様子を見に来た龍安様も驚いた様子でこちらにやって来る。
「豹が宮に激突して壁に穴を開けられ、さらにはその豹が梓涵に懐いたと聞いてきたが……。本当だったな」
現在、外の喧騒とは違って碧玉宮の中では絶賛撫でて、撫でての豹とそれを撫でまくる私の空間が広がっている。
豹の大きさに慄く侍女たちは現在、他の部屋を整えるのを任せて一緒に居るのは大丈夫な舜娘くらいである。
「この子、暴れるように嫌なにおいのにおい玉を無理やり口に入れられて困っていたの。壁に激突してやっと吐き出せたけれど、口の中が不快だったみたい。私の落ち着くにおい玉を嗅がせて、鶏の乾燥肉を食べさせたら落ち着いたのよ」
そう、この子が暴れるように仕組んだ人物がいるということ。
それも、碧玉宮に向かうように仕向けた人物が……。
刺客がダメなら、野生に近い大型動物でどうだと言わんばかりの仕打ち。
それで、動物に対してひどいことを平気で出来る人物だなどと、許せないという思いがふつふつとしている中で気配を感じる。
「猫鈴、誰の仕業か分かったの?」
私が育成中の諜報部の期待の新人、猫鈴がスッと室内に姿を現し私の言葉に答える。
「是。この豹が胡国付近からの贈り物。胡貴妃の手のものがこの子ににおい玉を仕込んだのを確認しています。栄」
猫鈴の声掛けに、栄と呼ばれた猫鈴と同じ諜報部の若手が姿を現す。
「胡貴妃の担当をしております。胡貴妃の連れて来た下女の一人が、この豹ににおい玉を飲ませて暴れ出すのを見てから碧玉宮へ通ずる道の門だけ開けておりました。その前に碧玉宮までの道のりにネコ科の好きな香りを蒔いてそこに進むように仕向けることも行っておりました」
この報告に、陛下はスッと目を細めて私に問う。
「諜報部の報告だけで捕らえることも可能だが、どうする?」
私は嫣然と微笑むと、それにはしっかりと返事をした。
「それは、私とこの子が許せませんわ。この子は自身の腹の子まで危うくされた身なのですから。自分の手で仕返し、したいわよね?」
そんな私の問いかけに豹は「ガウガウ」と答えた。
その瞳は、やり返したいとやる気に満ちている。
「それじゃあ、私の言うとおりに出来るかしら?」
そんな問いかけに、賢い子である母豹は「ガウ」と低く短く答える。
「さすが、いい子ね。私と陛下と一緒に胡貴妃の宮にお邪魔しましょう?あなたをうちの子にしてくれたお礼詣りに行きましょう? そこで、嫌な人のお洋服をちょっとかじって破いてあげるの。お洋服だけよ?器用だから出来るわね?」
私の言葉に豹はやはり視線を合わせて、任せろと言わんばかりに「ガウ」と返事をする。
そんな私と豹の様子に、見守るメンバーはそれぞれの表情をしている。
舜娘は、また動物を従えたといった呆れた様子を。
龍安様は、まぁ、いつものことだよなと言った様子で。
栄は、豹って懐くんだという驚きの様子で。
猫鈴は、すごいッといった表情で。
そしてすべてを総括するように、舜娘は言った。
「動物に懐かれるのは、梓涵様においては日常ですからね。犬も猫も絶対服従で、すりすりゴロゴロとなり、犬に至ってはゴーと言われれば駆け出し子ウサギを仕留めてきますし、馬はもはや乗ってもらえることに至福の表情で、指示通りに駆け抜けますもの」
身近な動物はだいたい懐かれてしまうので、じつは劉家の庭は結構犬猫が入り乱れ、伝令役の鷹もお兄様より先に私のところに来てしまうくらいである。
劉家では動物と言ったら私に任せとけと言う感じだ。
「そうだな、これは梓涵にとっては日常的風景だった。ちょっと今回は普通の猫とは違うけれど、ネコ科はネコ科だからな」
そんな納得の仕方をしたのは龍安様だった。
それを聞いた諜報部の二人は、身近な二人が納得しているのならばそういうものなのだろうと納得した様子だった。
そんな面々の言葉もしっかり聞いた豹は私が撫でると柔らかく「ガウ」と一鳴きしたのだった。
「さぁ、それじゃあこの子のために行きましょうか」
私は豹を横に従えて、陛下と共に胡貴妃の宮のある鏡花宮へと向かったのである。