まさか後宮に来て一か月ちょっとで、ここまで各貴妃の皇妃への野望が渦巻いているとは思わなかった。
ここまでで、刺客を送ってこないのも嫌味を言って絡んでこないのも周貴妃のみである。
胡貴妃もここに来て、私に仕掛けてくるあたり隠れて欣怡様へも何かしらしていたのではないかと疑いを持つには今回の事件は十分だったと思う。
「栄、居るわね?」
私の問いかけに栄は、音もなく現れた。
「だいぶ上手に隠れるようになったわね。これなら十分諜報に出られると思うわよ」
私の言葉に、栄は嬉しそうにしつつもそれでも少し悔しさをにじませた。
「確かに上手くはなりましたが、まだ梓涵様には気づかれてしまいます。もっと、精進します」
そんな真面目なのが栄の良いところだ。努力も怠らないから、猫鈴といい感じに切磋琢磨して成長している。
なんだかんだ諜報部は若手の一番手の猫鈴と二番手の若手の栄が成長たくましいのだ。
そんな年少組に負けられないと、ややお兄さん組になるメンバーも鍛錬に余念がないので諜報部若手はめきめきと成長中なのである。
「それで、胡貴妃はやはり欣怡様にも何かしら行動を起こしていたのかしら?」
私の問いかけに、栄は答える。
「是。微々たる毒だったり、呪いの品だったりを悪びれも無く送るという地味なものだったので欣怡様に届く前に排除されています。今回がかなり派手にやらかしたと言った形ですね」
栄の報告に、たしかに今回は派手だったが周囲も胡貴妃もそこまで考えて行動できていないとは感じる。
そもそも、あんな猛獣を使えば確実にどこから来たものかすぐに調べられることなど分かりそうなものなのに、短絡的過ぎると言える。
しかし、だからこそ実行犯しか捕まえられず指示したのは胡貴妃自身かもしれなくても本人が自白するはずもないのでここまでといったところか……。
「ちょっと面倒な相手かもしれないわね。今後どうしていくかは浩然様とも相談になると思うわ」
「はい。清にも報告してありますので、浩然様にもしかと報告されることと思います」
「分かったわ」
そうして、母豹は私の宮で飼うことになりその白い毛から雪と名付けた。
自分の名前も覚えたので、呼ぶとすぐに来るようになり日々私は毛並みを整えてやるのを楽しみにしている。
雪は寒いところの生き物なので、ふかふかの毛が最高に気持ちいいのだ。
保護してからそろそろ一月、お腹もだいぶ大きくなったのでそろそろ赤ちゃんが生まれてくるはずだ。
そのために、小屋も整えられているので最近雪はそこで落ち着いていることが多い。
ちょっと前までは木登りもしていたけれど、やっぱりお腹が大きくなると難しいようだ。
「雪、無理せず元気な子を産むんだよ。子どもたちもまとめて面倒見るからね」
私の言葉はやっぱり理解しているのか、雪は嬉しそうに「ガウ」と鳴くと私の手をざらざらの舌で舐めるのだった。
そんな話をした二日後の朝。
みゃーと言う鳴き声を聞いた飼育係が小屋を覗き込むと、二頭の豹が誕生しており雪はしっかりお世話しているようで雪のための栄養価の高いお肉をしっかり用意したと報告があった。
武官たちとの鍛錬の後に小屋を覗くと親子三頭で寄り添って眠る姿を見てほっこりした。
私は近づくのもどうかなと思って、ちょっと離れて見守ろうと思っていたら雪はなぜ私の可愛い子見に来ないの?となったらしく一頭ずつ咥えて私の前に連れてきて紹介してくれました。
二匹とも、お母さんそっくりの白い長めの毛を持ち一匹は黒曜石みたいな目で二匹目は蒼玉のような目の子だった。
「もう、これは黒と蒼しかないのでは?」という私の名づけのセンスはみんなに疑問視されたが、雪が気に入ってしまったこと。
本豹というか、子豹たちも自分の名前だと認識してしまったことで黒と蒼になった。
分かりやすくていいでしょ?と私が言うと陛下も星宇兄さまも苦笑いだったが、子豹たちは母豹そっくりの賢い子たちなので呼べば来るので早々の名前付けは結局正解だったということになったのだった。
この際名づけのセンスについては、突っ込み不可である。
猛獣事件からこちら、春を過ぎて夏が近づくと問題になるのは暑さ。
冬寒くて、夏暑いという立地の殷龍国の皇都の夏は冬以上に過酷。
なので、皇都の貴族たちも各領地の方が過ごしやすいので夏季はバカンスに領地に帰るのだ。
うちの父すら、暑さの前には勝てぬと早々に白旗を上げて皇宮師団の団長代理に星宇兄さまを据えてさっさと避暑にと旅立っていった。
こういう時も迷わぬ行動力を発揮するので周囲が迷惑をこうむるのだが、主にこうむるのが兄さまなのでそれは不憫だなとは思う。
「今年も、父さましっかり星宇兄さまに軍務投げつけて避暑に行ったんだ?」
熱くて仕方ないが、宮廷着や武官のお仕着せは着崩せないもので……。
皆、夏はいかに涼しく過ごせるかの工夫に余念がない。
それでも夏の終盤に入るとバッタバッタと暑気当たりで倒れて人員不足、職場環境は火の車、そして残った人が頑張って余計に人が倒れていく負のループがここ近年の皇宮でのありさまだという。
「皇都の暑さは問題よね。うちの子たちも結構しんどそうだし」
私の部屋は大理石の床のため、幾分冷たく涼しいので雪とその子どもたちの黒と蒼にも部屋が解放されている。
あの猛獣激突、壁破壊事件から一か月余り。
碧玉宮でのびのび過ごし、私に可愛がられて甘える豹の親子はだんだんと碧玉宮のアイドルとなった。
今では子豹たちはまだギリギリ抱っこのできる猫サイズなので、撫でまわされ、抱き着かれ、大いに可愛がられている。
豹は産まれて半年もたてば、母豹より少し小さい位のサイズに成長してしまうものらしい。
子豹の期間は大層貴重なのだ。
そんな豹の親子は見た目にたがわず暑いのが苦手。
ぐでぇと横になっては大理石の床で右に左にゴロゴロして、なんとか熱の放出をして暑さを我慢しているようだ。
「この子たち、野生では絶対生きて行けないよね? この姿じゃ」
私の呟きに雪はなんてこと?!みたいなショックな表情をしていたが、子どもたちは気にせず床に寝そべったままだらりとし続けている。
事件の後から一緒に暮らし始めると、雪は表情豊かな女の子でありとっても可愛らしく愛嬌も良く、元気いっぱいじゃれて遊んだりもする社交性の高い子である。
そんな雪と一緒に遊ぼうとするのが黒で、パワーが余っていると言わんばかりにパワー全開で遊ぶ。
二匹のパワフルさの陰でのんびりしているのが蒼だ。
本当にマイペースな子だが、甘えるのは好きで良く私の元にも撫でろとやってきて満足するまで撫でるとまた離れてマイペースに遊び続ける。
そんな感じで母とも兄とも違うのが蒼だった。
三者三様で面白いと、私の日々は豹の親子と武官、諜報部若手の育成、欣怡様の護衛となっている。
護衛の際には豹の親子も金華宮に行き、一緒に過ごしている。
欣怡様にも良くなついていて、金華宮でもりっぱにアイドルと化している。
そんなアイドル達も暑さには形無しであり、現在の状況となっている。
「今年は去年以上に暑いから、すでにかなりの官吏や武官が倒れ始めているそうです」
とは、後宮の侍女さんの言葉。
そんな後宮で過ごす私たちは、皇都から逃れることが出来ない。
ゆえに、各々の宮で工夫を凝らしてなんとかこの暑さを乗り切ろうとしているところだ。