夏の宵祭りのあとは、まだまだ暑さの厳しい季節である。
そんな暑い夏のさなか、最初に異変に気付いたのは欣怡様と私の定期お茶会の時だった。
今回は氷菓子と、くちどけの軽いふんわり食感が新鮮な洋菓子のシフォンケーキなるもの。
紅茶や柑橘の皮を使い薫り高く、そしてふわふわの生地のケーキは大変美味しい。
「今回も大変美味しいです!このふわふわのケーキが!」
会ってすぐは元気そうだったのに、どうしたのだろう?
私は心配になり立ち上がり欣怡様の側へ。
「欣怡様、なにかご気分すぐれぬものがありましたか?」
私の問いかけに、欣怡様はちょっと苦い笑みを浮かべて言う。
「そうね、少し前から今まで平気だったものでも気分が悪くなることがあって……。侍医に診てもらったら懐妊したと言っていたわ。まだ、陛下と浩然、女官長しか知らないの」
顔色は悪くとも、その笑みはこぼれんばかりの喜びに溢れている。
陛下と欣怡様の待望のお子様が、出来たということ!喜んだものの、私が聞いても良かったのだろうか?そんな疑問はありつつも、祝いと体調について聞くことにした。
「それは、おめでとうございます。大変喜ばしいですが、では現在の不調は悪阻でございますね?」
薬師としての知識もある私は一応薬の関係上で医学も少しかじっている。
薬の中には妊婦に禁忌なものもあるので、其れこそお薬知識だけなら妊婦に関する知識もしっかりあると言ってもいい。
「えぇ、これもいつまで続くか分からないと侍医には言われたわ。しばらく公務はお休みする予定よ。でも気晴らしになるから、お茶会はここで開催しましょうね」
よそへの移動も負担になるのだろう。なにせ、どんな状況で悪阻の症状が出るかもいまいちわからないのだから。
悪阻は妊婦の数だけいろんな組み合わせで症状が出ると言っても過言ではないと、露露も言っていた。
「かしこまりました。護衛の手も増やしましょう。若手の中にも、数名欣怡様の護衛に付けても問題ないものも出てきましたので」
私の言葉に欣怡様は驚いた表情を浮かべて、そして言った。
「梓涵のスパルタについて来られる猛者が居たのね?それは皇宮としては大変喜ばしいことだわ」
そう、武器訓練開始から一か月。
元々のセンスの高さとポテンシャルの高かった武官数名がすでに後宮の護衛デビューを果たした。
基本はまだ碧玉宮のみであるが、それはいざという時のフォロー体制が整っているからである。
しかし、ここ二週間でしっかり曲者の捕縛は出来るし、私が気付くより早くに対処する猛者も出て来た。
実に満足な仕上がりっぷりなので、そろそろ碧玉宮以外でも実地させたいと思っていた。
それにはなにがなんでも守らなければならない現在の皇妃様の護衛はうってつけである。
もちろん、なにかあっては大変困るので私も金華宮の護衛に就くことが条件になるが。
本日も部屋に来ているのは雪や黒蒼の兄弟も一緒である。
黒と蒼は一回り大きくなり、現在は中型犬サイズになっている。
二匹一緒に飛び掛かられると、持ちこたえることは難しい状況になって来た。
それでもまだまだ甘えん坊の二匹は私に撫でられたくて、結構ハッスルして飛び込んでくることもある。
そんな雪家族は、もちろん今回の護衛にも参加してもらう予定だ。
犯人を捕まえるために、においを覚えてもらう必要があるからだ。
「そんなに優秀な武官も居たのですね。素晴らしいことです」
私は育成の進捗情報を、しっかりと浩然様に伝えた。
「それはいいことですね。 梓涵の頑張りも大きいでしょう。ここで悪さをしようものなら武官のお世話になってしまうということですか。雪親子もここに来るならば、欣怡様のいい警護になるでしょう」
雪は元より、黒と蒼も索敵が鋭く警護には大変向いている。逃げた相手も匂いで覚えて追えるので、取り逃しもない。
武官と別方面で大変優秀な警護隊員となっている。
特に黒と蒼は、取って来たよと誇らしげに報告に来るので犯人は私の目の前に差し出されるのである。
武闘姫の前に差し出される、皇妃様への暗殺未遂犯はその後きっちり刑罰を与えられて次々と鉱山送りとなっている。
殷龍国の鉱山は皇都よりさらに北にあり、環境は猛烈に過酷で苛烈。
生きて刑期を終える者は、ほぼ居ないと言われる場所に現在結構な囚人が送られていて鉱山は絶賛フル稼働とのこと。
次の冬を越しやすく過ごせるように、燃料たる石炭の採掘を主として鉱石の採掘も進めているのだとか。
「北の鉱山も大変にぎわっているので、そちらの警備にも人員が回せるくらい武官が成長してくれると良いのですが」
新人武官は最初の配属で地方に行き経験を積むこともある。
その経験が生かせるくらいの身のこなしが可能になると、皇都に戻ってこられるのだとか。
武官の配置も、良い感じに過酷なのが殷龍国だなと思う。
この仕組みを作ったのも、皇国師団の長たる父なので、武官の界隈ではとてつもない有名人である
「雪も黒も蒼も、やる気は十分なのできっといい働きをしましょう。楽しみにお待ちください」
「えぇ、楽しみにしていますよ」
そんな私と浩然様との会話は、欣怡様には頼もしく、今回一緒に来ていた若手武官には背筋に汗の流れる緊張感をもたらしたという。
だって、護衛対象は未来の皇帝にまで及ぶのだから責任重大でしょう?
さぁ、きりきり働くのよ。
もちろん、私もその筆頭である。