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第21話 ハプニングには甘さも付きます

 光花を走らせた後に、欣怡様の元に戻ると今日は落ち着いた様子で顔色も良い。

「今日は良い感じみたいですね」

 私が声をかけると欣怡様は微笑んで答えてくれる。

「そうね、今日はいつもより調子も良いし匂いへの反応が少ないの。今日なら選ばなくてもなんでも食べられそうよ」

 そんな会話をしつつ、今日も欣怡様と共に昼餉を頂くために金華宮のダイニングである部屋への移動中。

 明らかな殺意を感じ、すぐさま欣怡様を庇える位置取りをする。

 私の動きに欣怡様もすぐに私の側に寄ってくれると、欣怡様を狙ったように飛んでくる短剣を叩き落とし、次に飛んでくる矢も叩き折る。

 その二回をやり過ごしてもなお、殺気は消えることなく人数を増やしているので私は雪を呼ぶ。

「雪、黒、蒼!おいで!」

 私の声が聞こえたのか、欣怡様の私室の近くだったこともあり声と共に三匹が颯爽と現れて唸る。

「ガルルルル」

 雪は唸るとともに、低い姿勢になると一気に飛び出して金華宮の壁に近いところに潜んでいた暗殺者を一人戦闘不能にする。

 黒と蒼も近くの暗殺者を二匹で一人戦闘不能にする。

 最後、一番近くに潜んでいた暗殺者が飛び出してきて私はその相手と対峙する。

 その頃には雪と黒と蒼も戻ってきており、私の側に三匹も控える。

「まさか、ここまで豹も懐いて指示に従うとは驚きを隠せぬ。それに武闘姫の名は伊達ではないのだな」

 暗殺者は少々苦い気持ちを混ぜつつも感心したような声音で話す。

 短剣は叩き落とし、矢は叩き折っている。

 どれもしっかり狙っていたからこそ筋も読めて叩けただけだが、目の前の暗殺者は距離を取って狙ってきたすでに戦闘不能になった者とは少し違う。

 親玉とも言えるような老獪さと、隙の無さ。

 手練れと言える暗殺者だろう。ここまで対峙して気の抜けない相手は久しぶりである。

 隙の無さと殺気の強さは、本気でやり合う時の星宇兄さまと同じレベルである。

 気を引き締めねば、私でも危うい相手だということ……。

 緊張が走る中で、仕掛けて来たのは暗殺者の方だった。

 私は自身の武器を取り、飛んできた暗器の針を弾く。

「キーン」

 良い音とともに弾いた針は近くにいたネズミに刺さり、ネズミはすぐさま倒れて動かなくなる。

 毒付きの針なのは、暗殺者の武器としては十八番であるが即効性の高い毒であることがコレで判明した。

「どうしても皇妃様を亡き者にしたいのは、胡貴妃?それとも黄貴妃? でも、この即効性のある毒の感じからだと張貴妃かしら?誰でも構わないわ。あなたの雇い主もしっかり追い込んであげる」

 私はそう宣言すると一気に距離を縮めて、仕込み針を五本飛ばす。

 四本は弾かれたものの、五本目がしっかり手に刺さった。

「く、これも即効性の高いしびれ毒か」

 そんな暗殺者の言葉に、私はにこやかに答える。

「そんな簡単なしびれ薬ではないわ。薬師特性のしびれと共に眠ってしまう二つの効果を持ち合わせたものよ」

 私の言葉に、しびれと共に倒れた刺客はしっかりと眠ったのを確認して縛り上げた。

「さすがは梓涵ね。倒し方も万全じゃない」

 欣怡様の声掛けに私はニコッと微笑むと、ぐっと踏ん張っていた力が抜けて倒れかける。

 それを支えてくれたのは雪と、現場に駆け付けた浩然様だった。

「欣怡様の最初の短剣二本は叩き落としたけれど、三本目が掠っていました。毒が回ったのでしょうが、梓涵様は毒に慣らしているし、こういったものの解毒薬は常にお持ちでしょう?早く飲んでください」

 支えつつも、そこまで見られていたなら避け損ねた自身のふがいなさを感じる。

 自分も無傷で、無効化せねばその後の護衛対象を守れなくなるのだから今回は私の失策である。

 ここ最近は手練れが来ていなかったからと、油断がこの事態を招いた。

私は少し力の入らぬ指先で、自身の胸元から解毒薬を取り出すと一気に飲み干す。

これで、効きの早い致死毒も解毒できる。

もともと毒に慣らして耐性があるからこの程度で済んでいるのだけれど。

「梓涵様、今回は少々反省も必要でしょう。そして休養も。碧玉宮へ送ります」

 ひょいっと抱きかかえられて、私は息をのむ。

 文官で鍛えているわけではないはずの浩然様に抱えられるのは想定外だった。

「解毒剤も効いているので歩けます!」と言う私に浩然様は深いため息を吐いて言った。

「普段なら私に抱えられる前に歩き出すでしょうに、そうじゃないのだから抱えられていなさい」

 ぴしゃりと言い放った一言に、まさにぐうの音も出ない私は従うほかなかった。

 しびれは改善されたが、まだ力が入りきらないのだ。

「梓涵、ありがとう。でも、そういうことならゆっくり休まなきゃダメよ。浩然、ここには星宇を寄こして頂戴。そうでないと梓涵がゆっくり休めないものね」

「えぇ、そう思ってすでに呼んであります。じきに龍安様もお越しになるでしょうから、それまでは雪と共においでください。雪、欣怡様を頼む」

 そんな浩然様の言葉に雪は「ガウ」と了承の返事をして、私を抱えた浩然様には黒と蒼が付いてきて碧玉宮へと戻ることになった。

 碧玉宮と金華宮は近いので、移動距離はそこまで長くは無いものの成人女性であり、そこそこ背丈もある私は決して軽くはない。

 そんな私を抱えても揺らぐことなく歩き続ける浩然様に疑問がわく。

 いつ、体を鍛えているのだろう。

 抱えられて落ち着いてみると、ほんのりと身体に筋肉をまとっているのが分かるのだ。

 武官ほどではないが、定期的に運動している人の身体つきに私はつい聞いてしまった。

「いつ、鍛えているのです?前は運動などしていませんでしたよね?」

 私の疑問に、浩然様はすこし気まずそうにしながらも答えてくれた。

「皆が皇妃である欣怡様をお守りしているのに、私まで無力では大変だと気づいて最近星宇に棍棒術を習うようになりました。それなりに筋は良いらしいです」

 まさかの、師事は星宇兄さまで棍棒を習うとは。

 確かに、剣とかより細身で背丈のある浩然様には向いているかも。

 リーチも長くなるから、相手と対峙するときの安全圏の確保にもつながるし。

 などと納得していると、浩然様は言った。

「ずっと戦っている梓涵は強くてかっこいいでしょう? 負けられないじゃないですか、年上の幼馴染としては……」

 もはや、頭脳では右に出るものなしの神童から今や次期宰相と目される補佐官の浩然様が。

 私に負けないがために、体まで鍛えだしたというの!?

 なに、この尊いが過ぎるでしょ!な幼馴染は!!

 抱えられたままで、悶えておかしくなる顔を必死に隠すしかない私はぎゅっとその首筋に顔をうずめるしかない。

 爽やかな香りの漂う、大人になった幼馴染のはずなのに、尊くて悶えさせてくるなんて卑怯すぎません?!

 やっぱり好きだなってなるのだもの。 ずるいよね。

「さ、着きましたよ」

 碧玉宮の自分お部屋に着くと、すぐに舜娘が出迎えてくれる。

「お嬢様、油断しましたね?普段であれば、こうはならないでしょうに。星宇様が、稽古するぞって言っておりました」

 うへぇ……、兄さまの稽古はもはや耐久レースだよ……。

「分かった。とりあえず解毒薬は飲んだから少し休めば大丈夫よ。むしろ今この毒が欣怡様に被害とならなかったのは良かったわ」

 そんな私の言葉に、浩然様が頭を垂れた。

「確かに、其れに関しては御子まで守られました。両陛下に変わり、良き働きをしてくれた劉貴妃に御礼申し上げます」

 そんなかしこまった様子なのは舜娘以外の侍女が到着したから。

「ごゆるりと、お休みなさいませ」

 こうして、欣怡様の暗殺未遂危機数度目を乗り越えたのだった。

 浩然様がかっこいいのに可愛くて困る、ほんと困る。


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