今回は肝を冷やしました。
梓涵を碧玉宮の舜娘のところに送り届けたのち、浩然様は皇宮の執務棟に戻るところだった。
その先から歩いてくるのは龍安様である。
きっと執務をいったん止めて刺客に襲われた欣怡様の元へ行くのだろう。
頭を下げて、龍安様にお声をかける。
「龍安様、欣怡様は梓涵様が無事にお守りしたので問題ありません。梓涵様も少し毒にやられましたがすでにご自身で持ち歩いている解毒薬を飲んでいるので問題ないそうですが、まだ影響があるため一時碧玉宮へ戻り休養しております。欣怡様は現在雪と星宇が警護についております」
報告すると、龍安様はすこしの安堵のあとに心配そうに聞く。
「欣怡が無事なのは大変喜ばしいが、梓涵が手負うとは厄介な相手だったのだな?」
との問いには是と答えるしかない。
私では近寄ることも出来ず、解決した後に駆け寄ることしかできなかった。
それでも、負傷には気づいていたので倒れる前に支えることは出来たが……。
一緒に戦い守ることも出来ない自分がふがいない。
皇帝の側近であるならば自分の身も守りつつ、最低限でも主が逃げるだけの時間の確保くらいは出来なくてはいけないと気づき星宇に師事することになった。
基礎体力作りから、棍棒術を習いすでに半年。
それでも、まだまだ今のメンバーの中では太刀打ちすら出来ない自分。
ようやく少しだけ身辺警護くらいにはなったが、実践経験も足りず年下の幼馴染の足元にも及ばない。
もっと精進しなければ、凛とした梓涵の相手にもならず見向きもされないのではと危惧している。
可愛かった幼い梓涵もすでに貴妃として後宮に入れる年齢になっているのだ。
今回の任務が終われば、どこかに嫁ぐことは間違いない。
武闘姫の異名は、文官家系では異質に映るらしいが武家の家門ではかなり重宝される逸材である。
劉家とは反対の辺境を守る部門の一族の琳家は梓涵を嫁に欲しいと既に梓涵が十二歳のころから打診しているらしい。
幸いにも、采庵様が梓涵はまだ子供だからと断ってくれていたので許嫁にもなっていないが。
今回の事件が終わる頃には下賜されるにしても、嫁ぐには良い年齢の適齢期の令嬢だ。
琳家だけでなく、金家も打診を出したいという話も聞いているので梓涵は引く手あまたのご令嬢だ。
このままでは、自分の想いを告げることも出来ぬままになってしまうのは嫌だと思い鍛えることにした。
身を守る術を梓涵に頼りきりにならない男になるために。
彼女の隣に立つにはやはり戦える必要もあると、そう感じたが故だった。
実際、龍安様の参謀であることが知れると、私を狙う者も少なからずいるのだ。
その時に主である龍安様に守られるのも違うだろうというのもある。
龍安様は幼き皇太子時代から劉家で星宇や梓涵と共に武芸をたしなんできた。
半年前に始めた自分では到底三人に追いつけないことは分かっているけれど、せめて同じ場所に居て危機に直面した時。
足手まといにはなりたくないから、必死に日々鍛錬を続けている。
星宇は割とスパルタなので、食らいつくのも一苦労だが先日武官と手合わせして勝てたので少しは成長していると思う。
「浩然、梓涵は今後も何かしらあるだろう。もしかしたら下賜するにしても良くない傷を負う可能性はある。そんな梓涵がもし、浩然の嫁になりたいと言ったら?」
そんな龍安様の問いには、即答することになる。
「傷のありなしなど関係なく、梓涵のことが好きなので」
俺の答えに龍安様は満足そうに微笑むと言った。
「それなら安心だな。浩然も鍛え始めていることだし。俺の治世は臣下に恵まれているな」
そう言って肩を叩くと、龍安様は金華宮へと向かって行ったのだった。
そして今の会話を、推測するに……。
俺は一人、その先を読んで自分の恋の先を想像し赤くなった頬を 自分ではたき、気合を入れなおして執務に向かうのだった。
「そうだ。俺は梓涵のことが好きで大切に思っている……」
だからこそ、自分が足手まといにならないように。
梓涵傷の原因になどならないように、鍛え続けようと思う。
その前に、今回捕らえた暗殺者にその依頼先をしっかり話させねばならない。
「早く、火種を摘んで。堂々と迎えたいですからね」
浩然は、決意を胸に歩みを止めずに進む。